第114話 ※思春期な会議は踊ります。

 通話ボタンを切ってからしばらく。


 件の少女を待っている間、引き続き作戦会議に興じていたトオルは、妙な緊張感に襲われ始めていた。



 ──お、落ち着け……あくまでそういうていだ……。



 というのも、景井と恋バナらしきものをしていたせいか、どうにも変な方向に意識が向いてしまうのである。



「いいか? 友戯さんが来たら俺と大好さんの件についてだけ話す。そして、俺は用事があるからと言って先に帰るから、後は上手く呼び止めて会議のフリをして距離を詰めるんだ」



 そんなトオルの気を知らない景井は、いつになく饒舌に作戦を語っていた。


 一応、景井の恋を応援するという形で始まったこの企てだが、本当はその気などなく、トオルを罠に嵌めるためだけに嘘をついている説すら浮かんできてしまう。


 そうだとしたら大した策士だが、ここで親友の言葉を疑うのもはばかられるので致し方がない。



「おう……って言っても、何をすれば良いんだ? 普段通りだとゲームをするだけで終わりそうだぞ」



 今は大人しく彼の提案に乗り、アドバイスを仰ぐことにした。



「ふっ、決まってるだろー?」



 すると、彼はカッコつけたように鼻息を吐いた後、



「恋の相談と言えば、やはりシミュレーションだ」



 自信満々にそう告げてきた。



「シミュレーション……」

「ほら、漫画でよくあるだろ? 試しに壁ドンしてみたりーみたいなの」

「ああ〜……」



 トオルがボソリと繰り返すと、景井が補足説明を入れてくれる。


 確かに、ラブコメでは定番のイベントであり、練習と称して色々試しているうちにドキドキしてしまう、みたいな展開はトオルも見たことがあった。



「いや、でも流石に現実でやるにはあれじゃないか?」



 しかし、創作はあくまで創作。


 もし仮に友戯に同じことをやろうものなら、何やってんだこいつといった目を向けられることは想像に難くない。



「何を言ってるんだ日並、壁ドンだとかはあくまで物理的距離を詰めるための口実だぞー?」



 ところが、景井にとってはそうではないらしく、何やら勝算があるらしかった。



「壁ドン自体はふざけてる感があるかもだが、それは前フリだ。自然と壁際に追い詰めて、至近距離で目を見つめ続けることにこそ真価があるのだよ」

「ほ、ほう……?」



 インテリキャラのごとく解説する景井に、トオルは不思議と説得力を感じて頷いてしまい、



「結局、心の距離と物理的な距離はある程度比例するのさ。少なくとも、俺から見た二人は充分に仲良いし、これを機に物理的距離を詰めれば意外とあっさりいくんじゃないかと思ってるぜー?」

「そう、か……?」



 気がつけば、頭はその気になる寸前までいってしまっていた。


 実際、景井の言葉はかなり的確で、以前友戯にハグをされた時などはあっさり一線を超えそうになったという過去があった。


 つまり、自分がその気になれば友戯と恋仲になることも簡単なように思えてくるのは当然のことで、



「ああ、もし上手くいけば、今はできないようなこともできるようになるかもしれないんだ。やらない手はないだろ?」

「今はできないことっ……」



 その先に待つ、身に余るほどのご褒美に目が眩むのはもはや自然の摂理であった。



 ──友戯と、そういうことを……?



 思考回路は瞬く間に思春期男子のそれに変わっていき、



『ひ、日並……?』



 この後、友戯と二人きりになったシーンへと飛んでいた。



『おい、今はシミュレーション中だろ?』

『そ、それはそうだけどっ……』



 景井の言う通り、壁際に友戯を追い詰めたところで、役になりきったフリをして顔を近づけていき、



『あっ……!』



 そのまま、腰に手を回して抱き寄せると、



『待って、それはっ──んっ……!』



 顔を真っ赤にしながらも、大した抵抗もしないその唇を奪う。


 そして、互いの身体を包む甘い熱が最高潮まで達したその時。



『友戯、いいよな?』



 言い出しっぺの自分が演技も忘れてそう尋ね、



『……ん──』



 おそらく、矛盾に気づきながらもなんの文句も言わない友戯をそのまま床の上に押し倒し……



「……やばいな、それは」

「だろー?」



 そこからはもう自主規制せざるを得ないが、くんずほぐれつな事態になることは間違いなく、否が応でも期待は高まるというものである。


 もちろん、友戯に対して邪な考えをもつことへの忌避感は多少あったが、ここ最近の過激なスキンシップだとか水着姿だとかで溜まっているものがあるのも事実。



 ──流石に無いと思うけど……もし本当にそうなったら……。



 というわけで、本気でそうなるとは思っていないが、かといって下心がないわけでもないという葛藤に苛まれたトオルは、



 ──ま、まあ、あくまで作戦だしな……!



 結局、やることは変わらないと余計な雑念は一旦置いておくことにした。


 なったらなったで損があるわけでもなく、また少しでも仲良くなれれば儲けものなのだ。


 ひとまず、景井の作戦を呑むことには是非もないだろう。



「よし、じゃあ、具体的にどんなのがあるか話そうぜ」

「そうだなー……」



 そう考えたトオルは作戦の続きを話すことに決め、景井と共に案を出し合っていった。



「やっぱり、学園祭が舞台だから、人気の無いとこで休憩してる時とかに──」



 例えば、実戦でありえそうなシチュエーションに限定したり、



「それなら、旧校舎の階段とかか……なら、座りながらできるような──」



 その状況で行えそうな胸キュンアピールを考えたり、



「おいおい日並、それを友戯さんにやりたいのかー?」

「いやいやっ、あくまで一例ねっ──」



 少し攻めた提案をして景井にからかわれたりしながら、時間はあっという間に過ぎていった。


 そして、



 ピンポーン……!



 丁度話も佳境に入ったというタイミングで、インターホンの音が鳴り響いてきた。


 想定通りのはずのそれに、トオルは反射的に緊張を走らせると、



 ──落ち着け、平常運転だ……。



 変に悟られぬよう、一つ大きめに深呼吸をするのだった。

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