第113話 ※こうなっては仕方がありません。

 辛うじて和やかだったはずの雰囲気は、景井の一言を機にピシリと凍りついた。



「な、なんだよ急に……性格悪いぞその質問はっ……」



 トラウマを突っつくような発言につい固まるトオルだったが、このままでは空気が悪くなるばかりだと正直に彼を咎める。


 トオルにとって、友戯と離れ離れになった頃の話は言うまでもなく苦い思い出であり、それは景井も理解しているはずだったからだ。



 ──どういうつもりだ……?



 故に、そこまでして知りたいことなのだろうかと、逆に意図が気になってくるも、



「……あー、そうだな、悪い。今のは忘れてくれ」



 相変わらず感情の読めない顔をしている景井は、それ以上詰めてくることなく、あっさりと引いてみせた。


 想定外の反応に肩透かしを受けるトオル。



「じゃ、気持ちを切り替えて、次は石徹白さんについて思ってることを聴こうかなー?」



 未だ心の整理がつかないが、景井は早々に次の話題へと変えてくる。


 その時にはもう神妙な空気は消え失せており、トオルは狐に化かされたような気分になってしまう。



「え、ええっと……ま、まあ普通に可愛いと思うけど……」



 とりあえず、目の前の問いに答えることにしたトオルだが、これはこれで困るものだった。


 何せ、ついこの間、彼女から告白に近いことをされていたのだから当然だろう。


 トオルもそれに応えそうになったうえ、諸事情で全て無かったことになったという複雑な事情があるため、そもそも自分でも何が正解か分かっていなかったりもする。



「付き合う、とかはイメージ湧かないなっ」



 なので、嘘ではない範囲で無難な解答をすることに決めた。



「でも、告白されたら付き合うくらいではあるんじゃないか?」

「っ……い、いやぁ、どうだろうなっ……!」



 が、どうにも勘がいいのか、景井は見事にトオルの考えを的中させてくる。


 実際、あのレベルの美少女に告白されたら、よほど事情がなければ好意的な返事をしてしまうのが思春期男士というもの。



「別に隠さんでも。たぶん俺でも釣られるだろうしー」

「そ、それもそっか……ははっ……」



 景井もそれをよく理解しているのか、トオルは手のひらで踊らされてしまい、



「ワンチャン挑戦してみないのか?」

「流石に高嶺の花すぎるかなっ!」



 背中を押してくれる彼にそれらしい理由をつけて断ろうとするも、



「じゃあ友戯さんにするか?」

「ぐぬっ……」



 彼の頭の中ではもう二者択一らしい。


 どちらかを選ばねば、絶対に引き下がらないという強い意志を感じ、



 ──まあ、仕方ないか。



 ここでようやく、トオルも諦めることにした。


 大好さんにアプローチをしろと焚き付けたのだから、こちらも相応の姿勢は見せるべきだろうと、そう考えたのだ。



「だったら──」



 トオルは考えた。


 もしどちらかを選ぶなら、どちらが最適かと。



「──友戯、かな」



 意外なことに答えはすぐに出た。



「おー、やっぱりかー!」

「なんだよ、やっぱりって……」



 その答えに景井が喜ぶが、もちろん積極的な理由ではない。



 ──石徹白さんは、流石に難しいしな。



 単純に、以前の件から石徹白さんに接近するのが躊躇われたからという、なんとも情けない理由だった。


 対し、友戯とは離れてしまった距離を立て直したいという思いがあったため、付き合うかどうかは別として都合のいい面もある。


 よって今回は友戯の方を選んだというだけで、深い意味は決して無かった。



「で、お互い相手を決めたとこで、どうするよ」

「ん? それはほら……あれだよ、あれー、ええっと……」



 ということで、なんとか自身も納得させたトオルは、これからどうするかを景井に尋ねる。


 すると、景井も特に考えていなかったのか、顎に手を当てながら思索を始め、



「そうだ、ダブルデートだ」



 陰キャ男子であるトオルには馴染みのない単語を呟いた。



「ダブルデート?」

「ああ、それも普通のじゃない。学園祭ダブルデートだー!」



 そして、自信満々に声を響かせると、



「いいか、あの大好さんのことだ。お前と友戯をくっつけよう大作戦とでも称すれば、きっと乗っかってくるはず」



 そのままブリーフィングを始めだした。



「ついでに、もうすぐ学園祭があるのを利用する。四人で学園祭を回るというていで、さり気なく仲を深めるというわけだ」



 今考えたとは思えない説得力のあるアイデアに、頭の回転が速いなと尊敬の念を抱きつつ、



「もちろん、友戯さんには俺と大好さんの仲を応援する作戦ということでこっそり説明しておけば、自然と互いのグループに分かれることもできる……後はもう分かるだろ?」

「あ、ああ……」



 非の打ち所のない完璧な説明を聴き終えたトオルは、内心で景井の恐ろしさに恐れおののいていた。



 ──なるほど、これなら問題なさそうだ。



 同時に、景井の提案に乗ることにデメリットが無いことにも気がつく。


 景井の方は素直に応援し、友戯とは普通に友達として仲良くなればいいのだ。


 結果がどうなるかは当人次第であり、やってみた結果付き合うところまではいきませんでしたで済ませたとしても、流石の景井も文句は言えないはずであろう。



「良い……んじゃないか? 景井、才能あるぞ」

「はは、そう言われると照れるなー」



 よって、こちらとしても問題が無いと判断したトオルは、裏の企みに目をつけられないよう景井を褒めそやす。



「じゃあ次は、細かいところを調整してくかー!」

「おう……!」



 そうして、一応の団結を果たした二人はその後、珍しくゲームをすることもなく、思春期らしい会議に盛り上がるのだった。









 そんな、男子二人が和気あいあいと話していた一方。



「ねえねえ、学園祭なにやりたいとか考えてる?」

「うーん、私別クラスだからな〜……」

「細かいことは気にしない!」



 偶然にも、ファミレスに集っていた女子三人組もまた、学園祭という一大イベントの話題で賑わいを見せていた。



 ──はぁ……。



 しかし一名、心の中では深いため息をつきながら、



 ──日並、今何してるんだろ……。



 全く関係の無い人物のことばかりを考えていた。



 ──日並、日並、ひなみ……。



 すぐ横で友人が会話しているにも関わらず、頭には同じ名前と顔が延々と浮かんでは消え、悶々とした時間が流れ、



「──ちょっと遊愛〜、自分は関係ないみたいな顔してないでよ〜!」

「っ!? え、あっ……ご、ごめんっ……!」



 不意にかけられた声に、当然のごとく心臓を跳ねさせられる。


 決してやましいことを考えていたわけではないのだが、どうにも心はそう単純ではないらしい。


 例えるならば、ダイエット中に甘いお菓子のことを考えてしまったかのようなもどかしい感情なのかもしれないと、ひとまずの答えを見出した遊愛は、



「えっと、私は二人と一緒に回れたらそれでいいかなって……ルナはどう?」



 咄嗟にこれといったものも思いつかず、とりあえずは親友と楽しめればという方向で話題を振ることにした。



「あ、うんっ、もちろんそれはいいけど……」



 これに、隣に座る白髪の少女──ルナが、少し困ったような反応をするも、



「……いいけど?」

「う、ううんっ、なんでもないっ……!」



 残念ながらその答えを知ることはできなかった。



 ──うーん、どうしたんだろ……。



 プールでの一件以来、遊愛はできるだけ彼女に寄り添おうと努力してきているつもりだった。


 が、こういった様子を見るとどうにも上手くいっていないような気がしてきてしまう。



 ──もっと喜んでくれると思ったのに……。



 今回に限ったことではないが、おそらく遊愛の行動は空回っていた。


 しかし、その理由も分からないため、どうすることもできないというのが現状。



 ──はぁ……何やってるんだろ私。



 つまるところ、日並と距離を取った挙句、ルナにも喜ばれていない──そんな悲惨な状況に遊愛は置かれていた。


 当然、上手くいかない日々は鬱屈とした感情を溜めていき、結果として先ほどのような禁断症状が出てしまったというわけである。



 ──? 電話……?



 と、さらに気分が沈んでいった遊愛は、ポケットの中で振動するスマホに気がつく。


 そのまま、何も考えず反射的に取り出す遊愛だったが、



 ──っ!!



 画面に映った名前を見た直後、無意識のうちに席を立ってしまっていた。



「どうしたの、遊愛ちゃん?」

「あ、ちょっと、電話出てくるっ……」



 怪訝な目を向けられた遊愛は若干焦りつつも、なんとかその場を脱し、店の外へと出ていく。


 その心は、出てはいけないという気持ちと、向こうからかかってきたのだから仕方ないという喜びでない混ぜになり、



「ひ、日並っ……?」



 結果、後者が圧倒的に優位だったため、声が裏返りそうになりながらも、気がつけば通話ボタンを押してしまっていた。



『お、おう友戯。今、大丈夫か?』

「えっと、うん。ぜんぜん大丈夫っ」



 電話越しながらも確かに分かる彼の声に、ダメだという心とは裏腹に気持ちが昂っていく。



『実は今、景井の恋愛相談に乗っててさっ』



 故に、本当は待たせている友達がいるにも関わらず、



『友戯の力、借りたくて』



 彼からそんな風に頼られようものなら、



『今から俺の家、来れたりしない?』



 もはや、頭の中の理性というものは蕩けきってしまっていた。



「うんっ、行くっ……!」



 だから、思わずらしくもなく興奮した声で了承してしまったのも仕方のないことで、



『そ、そっか……! じゃあ、待ってるから──』



 通話が終わってもなお、心臓はドキドキと高鳴っていたのだが、



「あ」



 少しして、店内に戻らないといけないことを思い出した瞬間、



 ──あ、あ〜〜っ!!??



 自身の盛大なやらかしに、沸騰しそうなほど顔を熱くさせられるのだった。

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