第112話 ※親友なので当然です。

 学校からの帰宅後。



「ほい、飲みもんとお菓子」

「お、さんくす」



 景井と共にしばらくゲームを楽しんだトオルは、休憩がてらに冷蔵庫から土産を持参して部屋へと戻る。



「いやー、久々にやるとぜんぜんダメだな」

「だなー、序盤ですでに怪しかったしー」



 適当な位置に座りつつ、ちょっとした隙間時間をゲームの反省点を駄弁ることで埋め、



「次どうする?」



 今やっていたゲームにも飽きたところだったので、何か提案は無いかと持ちかけることにした。


 それを聞いた景井は、小さく唸りながら頭を悩ませると、



「……そういやさ、石徹白さんとの件、結局どうだったんだ?」

「えっ……!?」



 急に予想外すぎる質問をぶち込んできた。



「なんだその反応、まさか本当になんかあったのかっ……!?」

「い、いやいやっ、それこそまさかだわっ!!」



 思わず動揺が表に出てしまったトオルは、案の定と言うべきか隙を突かれてしまう。


 実際、何かあったのかと言われれば、あったのは間違いない。


 だが、結果だけをみると、何も起きていないとも言えるような、そんななんとも繊細な案件なのである。


 迂闊に話せるような内容ではなく、気取られてしまった自転車で大きな失態であった。



「思い出してみろっ、俺になんかそういう雰囲気あったか?」

「……言われてみれば確かに」



 とはいえ、起きてしまったことは仕方がない。


 今は悔いるよりも、リカバリーすることに注力するべきだと、なんとか納得を引き出してみせる。



「やっぱ噂は噂だったんだよ。そもそも大好さんのあの恋愛脳が発端だし……」

「うーむ、それもそうかー……」



 幸い、トオルが不利になるような情報を景井が得ていなかったおかげで、そこまで苦労もなく目標を達成できた。



「じゃあ最初の反応はなんだったんだよー」

「すまんすまん、いきなり過ぎたからビックリして」



 一瞬焦りはしたものの、落ち着いて考えてみればバレる要素は何一つない。


 そう思うと、あんなに露骨に狼狽えたのが恥ずかしくなってくるレベルだ。



「それより、景井の方はどうなんだよ」

「ん、俺ー?」



 なんだか気恥ずかしくなってきたトオルは、話題を切り替えるついでに景井へと攻勢に出る。



「ほら大好さん、なんか良い出会いあったみたいなこと言ってただろ?」

「あー、言ってたねー。それがどうかしたんか?」

「どうかしたのかって……あれ、大好さんのことそうでもない感じだったり?」



 が、残念なことに反応は芳しくなく、これは大した手応えもなく終わりそうだとガックリするトオルだったが、



「……まあ、誰が今一番可能性ありそうかなーって話なら大好さんなのは合ってるかもなー」

「っ!!」



 意外なことに、景井はこの話題に乗っかって来てくれるようだった。



「な、なんかハッキリと聞くとドキドキするな、そういうの」

「あはは、まあ分かるよその気持ち。とは言っても、恋してるかと言われたら怪しいくらいなんだけどねー」



 恋バナなどまともにしたことのないトオルは、自分で話を振っておいて勝手に緊張してしまう。


 軽く笑い声をこぼす景井を見ると、どっちが暴露している立場なのか分からなくなるが、むしろ平然と答えられる彼がおかしいだけなのでこちらは悪くないはずである。



「へえ? じゃあ、浜辺の彼とやらは気にならないの?」

「気にならない……と言えば嘘になる」

「お、おお……」



 これが純新無垢な乙女の気持ちかと、親友がさらけ出してくる素直な言葉への反応に困るトオル。



「それで、どうするんだっ……?」

「うーん、それなんだよなー。本人が良い相手を見つけてるなら、そこに割り込むのもなーっていう」

「そ、そっか……そういうのもあるか……」



 前のめりになるトオルに、景井も特に躊躇うことなく語っていき、



「でも後悔したりしないか……?」

「……無きにしもあらず、だな」

「なら、何かした方がいいんじゃないか? 俺に出来ることなら手伝うぞ?」



 恋バナの魔力に魅了された二人の会話は白熱していく。


 そして、



「日並が言うなら、まあ頑張ってみるかー?」

「おう、その意気だ!」



 乗せられるがままにその気になった景井に、トオルは自分のことを棚に上げつつ鼓舞することとなっていた。


 まあ実際、親友の恋を応援したいという気持ちは本物で、そこに関しては嘘偽りがないので何も問題は無かったが、



「そうと決まったら次はあれだなー」

「お、何か考えがあるのか?」



 故に、非日常感からくる高揚で油断させられていたトオルはすっかり忘れていた。



「ん? 決まってるだろ、今度は日並の番だぞ?」

「はい?」



 景井という男が、一筋縄でいくような男ではないという、当たり前の事実に。



「俺ばっかり応援してもらうのもだからな〜、親友としてちゃんとお返しはさせてもらうぞ」



 ニヤリと笑いながら、傍迷惑すぎる善意を向けてくる景井に、トオルは頬を引き攣らせる。


 しかし、罠にハマったと気がついたところでもう遅い。



「は、ははっ、良いって! 俺、そういうのいないし!」

「は? まさか、あんな美少女二人が近くにいて、全く興味が無いと申すかー?」

「う、それはっ……!」



 なんとか抜け出せないかと試みるも、粗方の反応は予想していたのだろう。


 あっさりと正論で返され、言葉に詰まらされてしまう。



「日並だって彼女欲しいだろー? 遠慮するなってー!」

「い、いやぁ、彼女とかってなんかめんどくさいイメージあるしぃ……」

「毎日のように友戯さんに付き合ってあげてたくらい活力あるのに?」

「…………」



 もはや勝ちを確信しているのか、肩をガッチリと掴んでくる景井に弱々しく反論するも、今までの功績が仇となってまるで効果が見込めない。



「まあ、とりあえずはそれぞれの所感を話してみてくれたまえー」

「は、はい……」



 結果、反抗する気力を一時的に失ったトオルは、半ば俯くようにして頷くが、



 ──いや、大丈夫だ、まだ舞える……!



 だからといって諦めているわけでも無かった。


 確かに、協力すると申し出てくれてはいるが、逆に言えばただそれだけのこと。


 上手く立ち回れば、一日限りの他愛のない話として処理することも不可能ではないはずである。



「じゃあ、まずは友戯さんについてから!」

「えーまあ、小学校からの親友……だな。普通に可愛いし、ちょっとドキッとすることはあるけど、それ以上の関係を望んでるわけじゃないって感じだよ」

「ふむふむ」



 そう考えたトオルは、景井から振られた通り、まずは友戯について思うことを率直に述べる。



 ──まあ、これは大丈夫だな。



 友戯との間におかしな距離感が生まれてしまってはいるが、それと恋バナは特に結びつかない。


 よって、この話はここで終わりで、次のために石徹白さんに関する感想を考えるべきだったのだが、



「じゃあ次の質問──でも、離れられるのは寂しい?」

「え」

「イエスかノーで答えてくれ」



 どうやら、まだ友戯の方の尋問も終わっていなかったらしい。



「そりゃ、イエスだけど」



 仕方なく、わざわざ言うまでもないだろう答えを教え、



「さらに質問──」



 この程度の揺さぶり、いくら来ようとも問題は無いと、僅かな余裕を取り戻した、次の瞬間、



「──もし、友戯さんがそのまま、また遠くに行ってしまったらどうする?」



 突如として飛んできた古傷を抉る質問に、トオルの心臓はズキリと痛むのだった。

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