第105話 ※傍から見ればカップルです。
楽しいプールが始まって早々、トオルの前には不機嫌真っ只中の友戯が立ち塞がっていた。
──しまった、友戯はこういうのアウトだった……!!
先ほどの事故は完全に不可抗力ではあったが、鼻の下を伸ばしてしまっていたのも事実ではある。
もちろん、友戯と恋人というわけではないため浮気でもなんでも無いのだが、彼女が構ってちゃんであることは知っていたのだ。
ここは存在を忘れていたことを素直に謝罪して、機嫌を取り戻してもらうべきだろう。
「えっと、さっきはごめ──」
そう思ってこちらをジトっとした目で見つめ来る友戯に声をかけようとし、
「──あっ!」
残念なことに、それよりも早く前を通り過ぎた友戯は、流れに乗ってすいーっと離れて行ってしまった。
これは相当なお冠だと、人を避けつつ追いかけるも、
「と、ともっ……」
「…………」
「あぁっ……!」
近づくたびにわざとらしく逃げられてしまう。
──友戯めっ……!
ここまで来ると、段々面倒くさいという感情の方が強くなってくるもので、
──絶対捕まえてやるッ!
こうなったら意地でもとっ捕まえて謝罪を受け入れて貰おうではないかと、トオルも本気を出すことを決意させられていた。
──くっ、流石は友戯っ……だがっ!!
しかし、そんなトオルの思惑を察したのか、友戯も逃げる行動に力を入れ始める。
運動神経の良さで一歩リードする友戯だが、トオルとて男子の端くれ。
流れるプールということもあって全力で泳ぐことは叶わず、身体能力の差は徐々に埋められていき、
「あっ!」
やがて、一周はしただろうかというくらいのところで、ようやくその細い腕を掴むことに成功した。
「はぁ……はぁ……! つ、捕まえたぞ……!」
運動不足の自分には些かキツイ時間だったが、何とか目標は達成できたので良しとしよう。
後は改めて謝罪をするだけだと、友戯をこちらに振り向かせ、
「っ、ふふっ……あははっ……!」
直後、堪えきれないように笑い出した眩しい顔を前に、一瞬にして毒気を抜かれてしまった。
「もうっ、必死すぎっ……!」
「お、お前なぁ……」
今さら、友戯がからかっていただけだということを理解したトオルだが、もはや怒る体力も残っておらず、
「私のこと忘れてた罰だから」
「うっ、すみません……」
ぐうの音も出ない正論にただうなだれることしかできない。
「……ごめん、楽しく無かった?」
が、そんなトオルを見た友戯は、急に不安そうな顔になって機嫌を伺ってくる。
おそらく、本人としては遊びのつもりだったらしく、実際トオルとしてもそれなりに楽しくはあったが、
「…………」
「あ、ぅ……そのっ──」
このままやられっぱなしなのも納得がいかない。
故に、困ったように言葉に詰まる友戯が、何かを言おうとする直前、
「──わぷっ!?」
顔面に思いっきり水をかけてやった。
目をパチクリとさせながら固まる友戯を置いて、トオルは一足早く先を行き、
「ははっ、お返しだっ!!」
「っ〜〜! 元々は日並が悪いんでしょっ!!」
盛大に煽ったことをきっかけに、再び緩いチェイスが始まる。
後ろを振り返れば、口調は怒っていながらも楽しそうな様子で追いかけてくる友戯の姿が映った。
トオルはそれに釣られるように笑うと、
──プール、楽しいっ!!
これがプールの真髄かと、チケットを渡してくれた母に初めて感謝の念を抱くのだった。
その後、めちゃくちゃ周回させられたトオルは、
──も、もう動けん……。
案の定、全身を強い疲労感に苛まれ、椅子に座りながら死んだように脱力していた。
「はい、買ってきたよ」
「おう、ありがとう友戯……」
そこに、二人分のかき氷とつまんで食べられる軽食を幾つか持ってきた友戯が戻ってくる。
ちょうどお昼時ということもあって、最高の空腹感を感じていたトオルはすぐさま食事に取りかかった。
「んぐっ……? ど、どうした?」
そうして夢中になってかき込んでいると、ふと友戯がこちらを見ていることに気がつく。
食事の手も止めて何をしているのだろうかと思って尋ねると、
「なんか、たくさん食べるなーって」
「なんじゃそら」
なんとも曖昧な返事が返ってきた。
「ふふっ……なんか良いね、こういうの」
「? おう……?」
くすりと笑う友戯の意図はまるで読めなかったが、とりあえず楽しそうなことは伝わってくる。
「まあ、そうだな──」
故に、どうにか応えてあげたいと思い、
「──友戯と二人でこうしてるの、ちょっと大人になった感じがして良いかもな」
頭に浮かんだ感想をそのまま口に出してみた。
今までも二人きりということ自体は多々あったが、今回は普段来ない場所ということもあるのだろう。
どこか新鮮味のようなものが感じられるのかもしれない。
「そ、そうっ! そんな感じっ……!」
そう何となく思っただけの感想に、意外にも友戯は良い反応をしてみせた。
「ほら、何て言うかっ、デー──」
そして、興奮した様子で言葉を続けようとしたかと思えば、
「──あっ……」
途端に顔を赤くすると、前のめりになったせいで浮いていた腰を、ゆっくりと椅子の上へと戻してしまう。
「デ……?」
「あ、あーっ! 食べ終わったらあれやろっ!!」
当然、トオルは気になって追求しようとするも、友戯はあからさまに話題を変えようとしてきたので、
「ウォータースライダーか」
「うんっ、やっぱあれはやらないと!」
仕方なくそれに乗ってあげることにした。
「それは間違いない!」
「だ、だよねっ」
実際のところ、同じくやってみたいと思っていたところなので丁度良い。
残った物を二人で食べ終えると、些細なことは忘れて楽しむことに意識を集中させるのだった。
仲睦まじく食事をして、そのままウォータースライダーに向かう少年少女。
──むむむ……。
傍から見たらカップルにしか見えない彼らを、同じくフードコートの座席から観察していたエルナは、口をへの字に曲げながら唸っていた。
──今、完全に『デートみたい』って言おうとしてたよね……?
もちろん、会話を盗み聞きしていた結果、それらしい証拠が出てきたためである。
流石に発言の意図まで読めるわけでは無いが、問題はそこではない。
そう言おうとしたにも関わらず、恥ずかしがってやめたところにあるのだ。
──意識、してるんだ。
つまるところ、少なからず彼のことを異性として見ていることの証左に他ならなかった。
──で、でもそれくらいは普通にあるかもだし……。
ただ、それだけで恋心と判定するのは性急に過ぎるだろう。
いくらあの二人とはいえ、異性同士なのだ。
こんな開放的な場所で戯れていたら、多少なりとも気になってしまうのが人間というものである。
「はぁ……」
そして、例え分かっていてもため息がこぼれてしまうのもまた、人間の性であった。
──二人で追いかけっこ……二人でウォータースライダー……。
思い浮かぶのは、疲れきるまではしゃいでいた彼の姿と、そんな彼がこれから向かった先で楽しむ姿。
その横にいるのが自分だったらと、平静だったら絶対に考えないようなことを想像してしまい、
──やめやめっ……!
ネガティブな思考をかき消すように、首を振った。
今はやるべきことがあるだろうと、席を立とうとし、
──ん?
ふと、周囲から視線を浴びていことに気がつく。
まさかと思い頭を触ってみるも、そこにはちゃんとウィッグの感触があり、
──あっ……!?
しかし、向けられる視線のほとんどが男性のものであることを察したところで、ようやく違和感の原因を理解する。
──上着が無いッ……!?
そう言えばと、プールに入る際にどこかに置きっぱなしにしていたことを思い出したのだ。
すると、今のエルナは地上で水着姿を曝け出していることになるわけで、
「っ〜〜!!」
途端に、恥ずかしさで顔が熱くなる。
もちろん見られて良いものを着てはいるが、見られ慣れているものでもない。
水の中であれば何とかなったが、流石に直接見られていると感じるのには耐え難い羞恥心があった。
──は、早く見つけないとっ……!
すぐさま駆け出したエルナは、両手でできる限り身体を隠しながら、朧げな記憶を頼りに奔走させられるのだった。
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