第104話 ※初手ハプニングです。
友戯と共に施設内を歩き始めてからほんの数分のこと。
──め、めっちゃ視線を感じる……。
トオルは周囲から向けられる人の目に──厳密には友戯へと注がれる熱い視線に自分まで緊張させられていた。
──そりゃそうだよな……。
忘れていたわけではないが、友戯は正真正銘の美少女である。
アップにまとめた黒髪から覗く細いうなじに、スラッと長くハリのある白い脚。
加えて端正な顔は大人びていると同時にあどけなさも残った、可愛らしいという他ない素敵なもの。
そんな女の子がまだ上着を羽織っているとはいえ、水着姿という露出の多い服装で歩いているのだから、この事態はむしろ当然と言えた。
「とりあえず、そこの流れるプールにでも入るか?」
「ん、そうしよっかな……」
その友戯を連れ歩いている自分は何て幸せなのだと、優越感のようなものを感じてしまうが、このまま人目につき続けるのも当人に悪いだろう。
自然、近場のプールに入ろうと促し、
「えっと、じゃあ……」
友戯が恥ずかしそうにファスナーに手をかけると、
「おぉ……」
周囲の男性たちから、感嘆の声が上がった。
もちろん、その中にはトオル自身も含まれており、
華奢な腰のくびれに、標準よりも豊かであろう双丘を包む黒の水着。
それらは否が応でも彼女を女性として意識させるほどに魅力的で、すでに何度か見ているはずなのに目が離せなくなるほどに抜群のスタイルだった。
「っ……は、入らないの?」
「あ、おっ、そ、そうだなっ!」
が、顔を真っ赤にする友戯に尋ねられたところで目的を思い出したトオルは、動揺を表に出してしまいながらも何とかプールへと足を踏み入れる。
「つめたっ!」
「あはは、でも気持ちいいねっ」
直後ひんやりとした感触が足先に走るも、同じく足を浸からせた友戯に笑顔で話しかけられれば、楽しい気持ちが勝ってくるもので、
「だなっ!」
気がつけば勢いよく中へと飛び込んでいた。
全身を冷たい水に包まれつつ、水流に押されるトオルは友戯の方を振り向き、
「ご、ごめん、上着ロッカーに預けてくるねっ」
しかし、ここに来て友戯の抜けている部分が発揮されてしまったようだ。
確かに、預ける人がいない以上、その辺に放置しておくわけにもいかないだろう。
──仕方ない、のんびり歩いてるか。
止める間もなく再び早足で駆けていった友戯を見送ると、トオルは流れの弱い端の方に寄ってゆったりとくつろぐことにした。
──はぁ〜……気持ちいい……。
特別泳ぐのが好きな方ではないが、こうして流れに身を任せてたゆたうのは悪くないものだと、ぼうっと考える。
周りを見れば家族連れの子どもが浮き輪に捕まりながら流されていたり、密着するような距離感でイチャつくカップルなどが映り、
──友戯がいたらああいう風に見られるのかな。
自分自身も彼らの仲間入りを果たせたような気がして、勝手に鼻が高くなっていた。
ただ、友戯とはそういう関係ではないうえ、ほぼほぼ彼女のスペックで成り立っている優越感であることにすぐ気づいたため、思わず苦笑してしまう。
──ああ、早く戻って来ないかな……。
それでも、友戯の存在が大きいものであることには変わりない。
すぐにでも合流して、この楽しい時間を共有したいと思うのも当然で、
「きゃっ!?」
「っ!?」
タイミング良く背中にぶつかってきた柔らかい感触に肩を跳ねさせる。
ようやく来たかと、トオルは笑顔で後ろを振り向き……
「あ、しまっ……!」
そこにいた、紛れもない色白美少女の姿を見た瞬間、一転して頭の中は困惑に満たされてしまった。
それもそのはず、
──あの、どなた様ですか……??
恋人どころか、友戯ですらない謎の人物の巨峰が、しっかりと自身の身体に触れていたのだから。
トオルは困惑した。
友戯がうっかりぶつかってきたのかと思ったら、その正体が全くの見知らぬ女性だったのだから、当然だろう。
──でっ……やわらかっ……!
そして、そんな人物の胸が友戯よりもさらに大きいうえ、自らに押しつけられているという状況。
こんなもの、女性経験の無い思春期オタク男子には整理しようが無かった。
「す、すみませっ──」
とりあえずできることといえば、謝りながらその場を離れるということだけだったが、
「──んっ!?」
パッと距離を取った直後、またもや背中に同じ感触が走ったせいで、より困惑が深まってしまう。
──どういうことッ!?
どう考えてもわざととしか思えず、これが噂に聞く痴女というやつかと鼓動を加速させられるが、
「ち、違うんですっ……! 流れに逆らえなくってっ……!」
そんなトオルの心を読んだのかとばかりに、背後から弁解の声が聞こえてきた。
反射的に振り向いてみれば、ワタワタともがくもまるで動けていない小柄な女性の姿が映る。
サングラスをかけているせいでやや大人びて見える黒髪の彼女だが、よく見ると耳まで真っ赤になっており、嘘をついているようにも思えなかった。
「わ、分かりましたっ、すぐにどきますっ……」
仕方なく、今度は横にズレることで彼女から離れることにし、
「わっ……!?」
これは成功したように見えたが、
「と、止まらなっ……!?」
憐れなことに、彼女は流されるままに前へと進んでいってしまう。
その先にはまた別の男性がおり、このままでは第二の事故が発生してしまうことは容易に想像できた。
「あっ……」
故に、咄嗟に手を差し伸べてそれを止めたトオルだったが、
──し、しまったっ……!?
見ず知らずの女性の手を触ってしまったことに罪悪感を覚えることになっていた。
「あ、すみませんっ──」
当然、二度目の謝罪が飛び出しそうになるも、
「い、いえっ、ありがとう、ございますっ……」
「──っ、はいぃ……」
むしろ、強く握り返されたせいで、なんとも言えない感情に苛まれてしまう。
──ナニコレッ!? ナニコレッ!?
海は人を大胆にさせるというが、それはプールにも適用されるのだろうかと思考回路がぐちゃぐちゃに混乱する。
分かるのは、こんな流れでトゥンクするラブゴメのワンシーンがあったなというくらいで、まるで現状の打破に役立たない。
「それじゃっ、私もう行きますっ!!」
「え、あっ……!」
が、不幸中の幸いというべきか。
彼女は体勢を整えると、岸へと手を伸ばしそのまま這い上がっていった。
──あ、しり……。
その光景をただ眺めていたトオルは、あしらわれたフリルの裾から覗く紺色の三角地帯に目を奪われて語彙力を失い、
──あれっ、もういないっ……!?
正気を取り戻した時には、すでに彼女の姿は消えていた。
まさか、真夏の暑さが見せた幻覚だったのではないかと、まだ若干寝ぼけた思考をするトオルだったが、
「──ハッ!?」
その時、熱気など軽く吹き飛ばすような冷たい視線を感じ、今度こそ完全に目が覚める。
「と、友戯……?」
気配を頼りに探ると、いつの間にかプールの中に戻ってきていたもう一人の美少女と目が合い、
「……随分楽しそうだったね?」
その、見るからに不機嫌なぶっすーっとした顔に、また別の問題が発生したことを即座に悟るのだった。
全身から水が滴り落ちる中、プールサイドをそそくさと歩く少女──エルナは、
──あ、危なかったぁ……!!
突如、崩れ落ちるように尻をつくと、痛いほどに跳ねる胸に手を当て、何とか呼吸を整えようとしていた。
──まさか、流れるプールがあんなに危険だったなんてっ……。
というのも、先ほどようやく標的を発見したのだが、喜び勇んで入った場所が想定以上に身体のコントロールが利かない所だったのだ。
おかげさまで、流されるままに日並くんへとぶつかり、危うく正体がバレてしまう可能性さえあったではないか。
幸い、遊愛ちゃんがいなかったことと、変装が上手く機能したおかげで助かったが、もう二度とあそこには入れそうに無かった。
──でも、温かかったな……。
が、しかし、不可抗力とはいえ彼と触れ合ってしまったエルナの心には、確かな達成感のようなものもあり、
バチンッ!!
つい緩みそうになった思考と口を、思い切り顔を叩くことで阻止した。
──私は冷徹マシーンッ……!!
頬がヒリヒリと痛む中、喝を入れて気持ちを切り替えたエルナは、彼らの後を追うために再び元の場所に戻るのだった。
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