第102話 ※天敵が現れました。
まるで想定していなかった言葉に、時が止まったかのような錯覚さえしてしまう。
──日並くんと、遊愛ちゃんが……え?
彼女の言葉をそのまま信じるのであれば、その関係を疑ってしまうのも必定であったが、
──いやいやっ、あの二人のことだし、どうせしょうもないオチでしょっ……。
これまでの経験から、即座にその可能性を否定する。
二人の性格からしても、人目につきそうなところでいかがわしいことをするようには思えないと、何とか心を落ち着かせることに成功し、
「えぇ……!? 意外〜っ!」
一応、驚いたフリだけはしておくことにした。
そもそも、なんでそんな場面を目撃できたのかも不明なため、こちらを動揺させるためのでまかせという可能性も充分にあり得るだろう。
あくまでもその気は無いことをアピールをしようと、エルナは落ち込むような素振りは一切見せないようにする。
「まあ、本人は不可抗力だとか言ってたし、もしかしたらヨッシーの声聞いて慌てて隠れたのかもだけどね」
「っ……へ、へー?」
すると、やはりというべきか、何らかの事故であることが察せられてきた。
──ほら、そんなことだと思った!
これに、ほれ見たことかと余裕を取り戻すエルナだったが、
「…………」
「な、なにかな?」
「なんか、安心してない?」
「し、してないっ……」
ジーッと見つめてくる彼女にまたもや図星を突かれ、落ち着く暇が与えられることは無かった。
「……まあ、私の気のせいだったらあれだけど、もしそうなら気をつけた方がいいよ?」
そんなエルナの体勢が整うのを、彼女が待ってくれるわけもなく、
「友戯さん、結構攻めたの着てたから」
「っ!」
的確に揺さぶるような情報を仕込んでくる。
「そ、それがどうかしたの?」
強がろうとするも声は震え、
「だって、黒のビキニだよ? あんなのもう、落としにかかってますって言ってるようなもんじゃない?」
「…………」
追撃を受けようものなら、もはや反論すらままならなかった。
──やっぱり、そうなの……?
遊愛ちゃんが日並くんに向ける感情──それが何なのかの確証は得られないものの、徐々に明らかになってくる情報から、胸が苦しくなってくることだけは間違いなかった。
もし頭の中には浮かんでいることが真実なのであれば、それはつまりエルナにとって何かを諦めなければならないということであり、
「ねえ石徹白さん」
そんな不安が表に出てしまったのか、目の前の少女は優しげな声で名前を呼んだかと思うと、
「余計なお節介かもだけど、恋は恥ずかしいことじゃないよ?」
求めていないはずの、しかし心に響く言葉を投げかけてくる。
「そ、それはそうかも、だけど……」
もはやタジタジとなったエルナは、ノせられていると分かっていながらも強く否定することができず、
「で、実際のとこどうなの?」
そう、全てを受け止めてくれそうな声色で尋ねられようものなら、
「わ、分かんないっ……」
今まで心の奥に隠そうとしていたせいか、堪えられなくなった欲求が溢れ出し、
「でも、このままは嫌、かも……」
訥々とではあるものの、ついに核心に近い言葉を曝け出してしまっていた。
直後にハッとなるも、一度出てしまった言葉を引っ込めることはできない。
「うん、そっか」
ワタワタとしているエルナを、名も知らぬ少女は温かい目で見つめながら頷き、
「じゃあ、今回だけ特別。良い水着、選んであげよっか?」
「え……?」
ニカッと笑いながら、耳元で囁いてくるのだった。
それからしばらくして。
「──ありがとうございました、またお越しくださいませ〜!」
レジで一着の水着を購入したエルナは、自然と口が綻びそうになるのを抑えるのに必死になっていた。
「ま、負けた……この大好恋花が……」
「うぅ……まさかサワコがダークホースがだったなんて……」
落ち込む二人の少女を背に、心なしか軽くなった足でどんどんと前へと進んでいき、
「良かったね」
「う、うん……ありがとう、
不意に声をかけてきた勝者──
あの後、こっそりと二人で水着を探し回ることになったのだが、彼女の的確なアドバイスのおかげで、とても満足の行く一品を見つけることができたのだ。
まだ彼女の論説を認めたわけではないが、良い買い物ができたという点においては評価すべきであろう。
「彼のこと、落とせたらいいねー?」
「っ、だ、だからそれはっ……!」
が、こうしてからかってくるせいで、心から感謝する気持ちが湧いてこない。
現状のままでは嫌だと言っただけで、決して付き合いたいだとかそういうことは無いのだから、彼女の言葉はお節介でしかなく……
「ほら、男の子って単純だから、上手くいけばエッチなとこまでいけちゃうかもよ?」
「えっ──」
しかし、やはり彼女の方が
興味は無いはずなのに、そんなことを言われた瞬間、エルナの純情な心は狂わされ、
『い、石徹白さんっ……!』
『きゃっ……!?』
気がつけば、プールサイドの情景が思い浮かんでしまっていた。
『俺、石徹白さんのそんな格好見てたら、もう抑えられないよっ……!』
『だ、だめっ……こんなところでっ……』
『大丈夫、誰も見てないよ』
『そんな──んっ……!』
なすがままに唇を奪われると、太ももに這わせられた指にゾクリと跳ねさせられ、
『あっ──』
やがて、その指が躊躇いもなく上へと登ってきたところで、
──んなっ、何考えてるの日並くんはッ……!!??
とんでもないことをしようとする悪漢に、顔を熱くさせながら怒りをぶつけていた。
傍から見たらとんでもない責任転嫁だが、当のエルナからすれば自身の発想とは認め難かったので仕方がない。
「あははっ、想像しちゃった?」
「っ……な、何がっ……?」
とはいえ、一部始終を見ていた彼女はそう思わなかったらしく、全くもって見当違いな発言をし始めるのだが、
「いやいや、顔、真っ赤だし」
「ぬ、くっ……」
どうにも相性が悪いのか、的確に指摘されてしまい、にっちもさっちも行かなくなる。
「くくっ……石徹白さんモテそうだし、もっと慣れてるのかなと思ったけど、本当は凄いピュアなんだ?」
「っ〜〜!!」
小馬鹿にされたような物言いに苛立つが、反論しようにも言葉が出てこない。
結果、
「わ、私先に帰るねっ」
「え、わ──」
情けなくも、逃げ出すように走り去ることしかできないのだった。
白髪の美少女が顔を真っ赤にしながら消えていった後。
「あれ、どうしたの?」
その場に呆然と立ち尽くしていた澤谷香澄の背に、聴き慣れた少女の声がかかる。
「用事あるから……あ、いや、ヨッシーがウザいから帰るって」
「なにその言い直しっ!?」
いつものように適当に返すと、怒り心頭といった様子でぷりぷりと怒る友人を無視して、再びあの少女のことへと思考を切り替えた。
──石徹白さん、か。
今までほぼ接点の無かった、高嶺の花ともいうべき存在。
しかし、ひょんな偶然の出会いによって、そんな彼女の印象は大きく変わっていた。
──まさか、あんなに面白い反応をするとは……。
常に笑顔な彼女には不気味ささえ覚えていたが、弱点というものは誰にでもあるものらしい。
──これは、ヨッシー以上の逸材を見つけたやも……。
思わずニヤリと笑うと、目の前の少女の顔が怯えたように引きつる。
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
「ん、なにが?」
何故か敬語になる彼女に苦笑しつつ、歩みを再開した香澄は、
──あの三人……これから面白くなりそうっ……!!
当人たちの預かり知らぬところで、イジりがいのある恰好の獲物として認定するのだった。
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