第101話 ※警戒を怠ってはいけません。
少年少女が二人、仲睦まじく一日を過ごしていた頃。
──むむむ……。
ショッピングセンター内にある水着売り場では、一人の少女が唸っていた。
「わ……」
「すご……」
そこにいるだけで周囲の視線を集める彼女は、しかし慣れているのかまるで気にした様子もなく、お眼鏡に適うものをひたすらに物色していた。
──うーん、やっぱワンピースよりビキニの方が良いのかな……。
物珍しい純白の髪に、くりくりに輝く青い瞳。
口もとは黒いマスクで覆われながらも、間違いなく可憐である彼女──
──これなんか露出凄いし、日並くんごときなら一撃で落とせそう……。
二人きりでプールに出かける親友の疑惑を晴らすため、エルナには用意が必要だった。
昔から、泳ぐレジャーとは無縁だったため、まともな水着を持ち合わせてはいなかったのだ。
故に、着られさえすれば何でも良くはあったのだが、
──って、見られちゃ駄目でしょっ……!
エルナの中では今、葛藤が生まれていた。
──でも、どうせなら可愛いの買いたいしっ……うぅっ……。
それは、地味で目立ちにくいものにするか、それとも華やかで魅力的なものにするか、である。
本来の目的を達成するためなら圧倒的に前者なのだが、乙女心としては後者も捨て難い。
──それに……。
加えて、後者であれば憎き少年に一泡吹かせられるかもしれないというメリットもある。
見せる機会があるかは別として、水着姿を披露して驚かせてやりたいという気持ちは少なからずあったのだ。
『い、石徹白さんっ……その格好はっ……!?』
目の前のセクシーで大胆な水着を見ていると、彼の動揺する姿が目に浮かんでくる。
──っ……は、はずっ……。
が、そこまでは良かったものの、実際に見られると思うと顔に熱がこもってしまった。
自分自身、こんな薄着で人前に出たことがないというのに、それをあの少年にと考えるだけで堪ったものではない。
──よし、無難に行こう。
誰に見せるわけでもないのだ。
ここは隠密性を考えて、地味なワンピースタイプのものにしようと手を伸ばし、
「あれ、エリーだ!」
「っ!?」
直後、背中に聞き覚えのある声が叩きつけられる。
完全な不意打ちに、肩を跳ねさせながら振り向くと、そこには予想通り知り合いである少女の姿があった。
「お、大好さん、奇遇だねっ」
「ほんとほんと! 驚いちゃったよ〜」
鼓動が煩くなる中、努めてそれを表に出さないように返事をすると、彼女は連れの二人を伴ってこちらへと近づいてくる。
──何でこんな時にっ……。
決してやましいことをしていたわけではないが、極秘の任務中であることも事実。
簡単に言いふらしそうな彼女の前では、特にボロを出すわけにはいかなかった。
「みんなも水着を買いに来たの?」
「ううん、もう買ってるよ〜。そんで今から帰るとこ」
とりあえず様子見に聴いてみれば、幸いにもすでに事を終えた後のようである。
「そっか、それじゃあ──」
ここは、用事があるからと撤退をして、彼女たちがこの場を去ってから戻ってくればいいだろうと企てるも、
「えぇ!? それ買うの!?」
「──っ!?」
バカでかい声によって遮られてしまう。
「無い無いっ! どうしたの、おしゃれ大好きなエリーとしたことがぁ!!」
「え、ええっと……」
だから彼女は苦手なのだと、エルナは心の中でうなだれた。
中学時代から一緒の彼女だが、いつも遊愛ちゃんの周りをうろちょろしてはウザ絡みをしてくるため、面倒なことこのうえないのだ。
嫌いというほどではないが、あいにく今相手するには最悪の人物。
何とか逃げ出す方法は無いかと言葉を探ろうとし、
「あ、そっか! エリーって水着とか買ったこと無さそうだもんね〜」
しかし、彼女は一人で勝手に盛り上がり始めると、
「あい分かった! ここは
完全に逃げ道を塞いできてしまった。
こうなったら、優しくて可愛いで通っているエルナは断るわけにもいかず、
「じ、じゃあお願いしよっかな……?」
余計なお節介を受け入れることしかできないのであった。
──ま、まあ、水着選びの手伝いくらい大丈夫でしょ。
抵抗することを諦めたらエルナは、ひとまずそう納得しておくことにする。
彼女が危険なのは、日並くんや遊愛ちゃんとのことがバレた時だけ。
油断さえしなければ、彼女は大して相手にならないだろう。
「ほら、これとかいいんじゃない!?」
「えー、石徹白さんはこっちだよ〜」
実際、それからしばらく、大好さんを中心にした彼女らは、あーでもないこーでもないと自由に楽しんでいた。
エルナ自身はそれを眺めながら、意見を聴かれたときに適当な相槌を打つだけで良いのだから、思ったよりも楽なものである。
「……そういえば、そもそも誰と行く感じなの?」
と、熱量の大きい二人に対して、残った比較的クールな子が唐突に質問を投げかけてくる。
──来た。
相手は想定外だったが、質問自体は想定済み。
「家族のみんなで行くんだよね。だからそこまでオシャレなのじゃなくてもいいんだけど……」
苦笑しつつそう答えれば、もはや誰も疑いをかけられない理屈の完成である。
「ふーん?」
これに、質問者の少女は曖昧に頷き、
「てっきり、日並くんとかと行くのかと思ってた」
「っ!」
不意に図星を突かれ、危うく表に出そうになってしまった。
「えっと、なんで?」
「え、いやほら、ヨッシーがなんか良い感じみたいなこと言ってたから」
「…………」
何とか気を取り直し、そう思った理由を冷静に尋ねてみると、案の定原因を作ったのは彼女のようだった。
いったいどこからそんなデマを思いついたのかは分からないが、全くの事実無根なので迷惑も
「──くっ仕方ないっ、こうなったらみんなで一つずつ選んできて勝負だ!」
そして、件の人物が何をしているかと思えば、急に妙な提案を持ち出してきて、
「あ、いいね! ヨシコには負けないよ!」
大人しそうな見た目に反してノリノリなもう一人の少女もそれに乗っかり、
「んー、いいんじゃない?」
クールな子もこれに同意を示す。
「あはは、そうしよっか」
当人であるエルナとしてもさっさと終わって欲しいので、ここは大人しく頷いておくことにし、全会一致となったところで品評会がスタートしたのだが、
「じゃあまずはこれからお願い!」
開幕早々、大好さんから水着を手渡されたエルナは思わず顔が引きつりそうになった。
──際どすぎるでしょっ……!
それもそのはず、目の前に提示された青い紐ビキニは、初めて着るにしてはどう考えてもハードルの高いものだったからだ。
「こ、これはちょっと……」
臆したエルナはやんわりと拒否しようとするも、
「ちっちっ、甘いよエリー。そのナイスバデーを生かさないなんて、天が許してもこの私が許さないっ!」
張本人は気にせずにやたらと推してくる。
「もうっ、分かってないなーヨシコは。石徹白さんはこれだって!」
すると、張り合うようにずいっと出てきた友人の子が、ピンクのワンピース水着を差し出してきた。
露出が少なく、可愛らしくもあったため、それでいい気もしてくるが、
──でも男の子はやっぱり……。
ふと頭に浮かんでくる少年の顔のせいで、すぐに決められない。
──いや、だから日並くんは関係無いってばっ……!
再びギャーギャーと言い争う二人を前に、エルナは頭を悩ませ、
「……ねえ、石徹白さん」
それを見かねたように、もう一人のクールな子がちょいちょいと手招きをしてくる。
なんだろうかと思いつつ、導かれるように喧騒から離れていくと、
「あのさ、やっぱり男の子に見せたい感じ?」
またもや似たような質問をぶつけられてしまった。
大好さんに似て恋バナ好きなのだろうと呆れながらも、
「ううんっ、さっきも言ったけど、日並くんは関係な──」
何度やっても結果は変わらないとはっきりと否定し、
「──あ」
そんな慢心が、呆気なく身を滅ぼした。
ハッとなって口を押さえた時にはもう全てが遅かった。
ニタリと笑う彼女に、エルナは急に汗が止まらなくなり、
「へぇ、やっぱそうなんだ」
「っ、ち、ちがっ……今のはその、パッと思いついただけでっ!」
「その、パッと思いつくのが日並くんなんでしょ?」
「う、くっ……!?」
古典的な誘導尋問に引っかかったが最後、一度崩れた体勢は簡単に直せず、
「大丈夫、ヨッシーには言わないから」
「ほ、ほんと──って、違うけどっ……!」
やりたい放題に攻められてしまう。
このままでは、『石徹白エルナは日並トオルが好き』という図式が成り立ってしまうではないかと、急ピッチで打開策を探るが、
「うーん……じゃあこれはヨッシーにも言ってないんだけど──」
無慈悲な少女は一つ溜めを作ったかと思うと、
「──君の好きな子、さっき試着室で友戯さんとイチャついてたよ?」
「え……?」
トドメとばかりに、とんでもない情報を囁いてくるのだった。
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