第100話 ※ここでそれはまずいです。
買い物から帰った後。
なんだかんだと時間の余った友戯は、もはやお決まりのようにトオルの家へとやって来ていた。
「あぁ涼しい〜」
「うん……だね……」
暑い帰り道の後ということもあって、クーラーをガンガンに効かせた部屋で二人してダラダラとするのはいつも以上に至福の時であった。
──やっぱり家が一番落ち着くなぁ……。
プレゼントとしたヌイグルミを抱きかかえながら座椅子の上でくつろぐ友戯を見て、トオルはのほほんとした気分になる。
友戯という友人と他愛のない話をしながら、特に気兼ねなくダラけられるこの時間がいつまでも続けば良いのにと思い、
「……ね、ねえ日並」
「ん? なんだ?」
そこで、ちょうど友戯から話を振られることになった。
「水着、どうだった?」
何かと思えば、どうやら改めて感想を聴きたかったようである。
「ああ、もちろん良かったと思うぞ。ちょっと可愛いくらいのやつの方が友戯に合ってたというか……」
そういうところはやはり女の子なんだなと思いつつ、肯定的な言葉を伝えてあげるも、
「そっちじゃなくて、その……」
友戯はモジモジと視線を逸らすばかり。
一瞬、何のことか分からなかいトオルだったが、
──ま、まさか。
他に思い当たるものもなく、再び緊張が走ってしまう。
「それって、もう一つの方……ってこと?」
「う、うん……」
恐る恐る確認してみればやはりそうらしく、友戯はコクリと小さく頷いてきた。
もちろん、あの時の光景は目に焼きついており、感想などいくらでも言うことはできたが、
──えっちな感想しか出てこん……!!
正直に吐き出せるようなものがまるで見当たらない。
多少はぐらかすことはできるが、それでもセクシー方面の褒め言葉になることは間違いなく、どう思われてしまうのか怖くて仕方がなかった。
「えっと、あれはあれで似合ってたと思うぞ……!」
故にここは、女子に感想を求められた際に便利な便利なワード第一位(※個人の感想です。)を用いるも、
「た、例えば?」
友戯が想像以上に欲しがりさんなせいで呆気なく突破されてしまう。
こうなったら、仕方がない。
向こうが求めているのだから、応えてあげるのが男というものだろう。
「そうだな──」
意を決したトオルは、意識を評論家のようなものに切り替え、
「──まず、友戯の黒髪とマッチしてて、全体的に黒色だったからかクールビューティーな感じがして良かったな。それに、白い肌との対比もあって凄いセクシーだったとも思う」
めっちゃ早口で率直な感想を語っていった。
「友戯の身体ってシュッとしてるから、色気とかはあっても露骨にやらしい感じはあまりしなかったし、添えられたリボンもまたギャップがあるしでかなりグッドかな、うん」
一度走り出した口は止まることなくお気持ちを吐き出し続け、
「あ、もちろん、胸がほどよく強調されてるのも素晴らしいし、鼠径部とかお尻とか太ももが余すことなく晒されていたのも大変にえっちだと──」
「も、もういいっ……大丈夫っ……!!」
やがて、顔を真っ赤にした友戯が大声でさえぎってきたことでトオルはハッとなる。
──やべぇ……なんかヤバイこと言ってた気がする。
あまりに集中しすぎていたせいか、何を言ったかも曖昧だったが、友戯の顔を見る限りとりあえず余計なことを喋ってしまったことは間違いない。
「あ、いやっ、今のは客観的な感想と言いますか……!!」
焦ったトオルは言い訳がましく割り込むも、
「ち、ちょっとトイレっ……」
友戯は心底恥ずかしそうにそそくさと部屋を出て行ってしまった。
やらかしたと思ってももう遅い。
友戯の頭の中には、トオルのキモい感想が生涯残ってしまうことだろう。
──ぐっ、何とか挽回できないか……!?
一人になったトオルは、上手く誤魔化す手は無いだろうかと頭を悩まし、
「ん、も、戻ったよ」
「っ! お、おう……」
気がつけば、何の解決策が生まれることもなく、友戯が帰ってきてしまっていた。
どこかぎこちない友戯の言葉に、トオルはおろおろとさせられつつ、
「さ、さっきのはっ──」
とりあえず何か言わねばと口を開いた、次の瞬間。
「日並っ……」
突如、友戯は目を閉じ、声を震わせながらパーカーのファスナーに指をかけ、
──ジィィッ……。
特有の擦れる音を響かせながら、胸もとから下へ切り開いていくと、
「…………へ?」
そこに見えた予想外の格好に、トオルは思わず間抜けな声を漏らしてしまっていた。
何が起きているのか分からず、しかしそこに吸い寄せられるように目を奪われるが、それも無理はない。
何せ、
「じ、実は買ってましたーっ……」
パーカーの下にあったのは、先ほどべた褒めしたばかりの、あの黒ビキニそのものだったのだから。
「…………」
恥ずかしさを隠すためか、友戯はおどけたように告げてくるが、今はそんなことはどうでも良かった。
ここはプールや海のような水場でも無ければ、ましてや試着室でも無い。
紛れもなくトオルの部屋であり、つまるところ水着を着るにはいささか不相応な場所なわけで、
──友戯お前っ、それはまずいってぇ……!!
どこか背徳的にも思えるそれは、思春期男子にとっては毒とも呼べるほどに危険な姿であった。
しかも、自らの手でパーカーをガバッと開いている体勢も妙なエロスを醸し出しており、とても正気ではいられそうにない。
「ど、どうしたの急に?」
「せっかくだから、ちゃんと見てもらおうかなって……」
辛うじて出た言葉も救いには繋がらず、むしろ友戯の無垢さを教えられたせいで指摘しづらい結果となる。
よく見れば、ちゃんとニーソを脱いで裸足になっているあたり、本当に試着室での続きを想定しているらしい。
「わ、分かったから、もう閉じていいぞ?」
このまま直視していては、自分が何をしでかすか分からない。
ひとまず、トオルは視線を逸らしながら元凶を隠してもらおうとするが、
「もっとちゃんと見て欲しいんだけど……どっち着てくか、決めるから」
「っ!?」
あろうことか、友戯は逆にパーカーを脱ぎ捨てると、
「ど、どう?」
その場で後ろを向いたり、軽くポーズを取ったりし始める始末。
どこを見ても肌色の大変におエロいその光景に、ついに限界を迎えたトオルは、
「もう、そっちでいいです……」
反射的にその場に屈みながら、諦めたようにそう呟くしかないのだった。
それからすったもんだの末、何とか服を着せ直すことに成功したトオルは、これ以上何かが起きる前に、友戯にはなる早で帰ってもらうことにしていただいた。
「じゃあ、また今度ということで」
「ん、またね」
玄関まで友戯を見送ったところで軽く別れの挨拶を交わすと、ドタバタとした一日もやっと終わりである。
──それにしても、水着を買いに行ってたとはな……。
思い返してみれば、ショッピングセンターでの出来事もしっくりきた。
最初は白の水着だけを買っていたのだが、やはり内心では気になっていたのだろう。
こっそりと買いに戻ったのが恥ずかしかったのか、どこかソワソワとしていたため、トオルには違和感に映った、ということのようである。
「…………」
「友戯?」
と、そんなことを考えて一人納得していたが、ふと友戯が未だ動いていないことに気がつく。
「その、色々と大変だったね」
「ああ、まあ確かに……大分疲れたかも」
尋ねるトオルに、友戯はゆっくり喋り出すと、
「これ、ほんとにありがとね」
「おう、気にすんな」
袋に詰められたヌイグルミを掲げて礼を言ってきたり、
「あ、でも確かにそうかも? 日並、なんだかんだで鼻の下伸ばしてたし」
「おいっ、そんなわけ……無いとも言い切れんけど……!」
一転してからかってきたりと、他愛の無い時間が続く。
「…………」
「…………」
すると、またもや奇妙な静寂が訪れる。
話が終わったのに帰らないのだろうかと不審に思っていると、
「……今日は無いの?」
友戯は照れくさそうに、何かを期待するような呟きをこぼした。
その言葉の意味を探るべく、僅かな時間考えたトオルは、
──あ。
理解が追いついた途端に、思わずドキッとさせられてしまう。
「そ、そうだなぁ……」
要するに、友戯様は別れのハグを御所望のようであった。
何とも可愛らしい甘えに胸がキュンとすると同時、しかし昼の友戯にされたハグの感触が残っていたトオルは逡巡させられ、
「どうしても……?」
困った末に確認してみれば、
「……ん」
コクリと小さく頷かれてしまった。
半ばそんな気がしていたトオルは、しょうがないと思いながら息をつくと、
「……ほい」
「っ……」
ゆっくりと彼女の背に手を回し、優しく背中をポンポンと叩いた。
「これでいいか?」
「…………ん、ありがと」
至って普通の短いハグに、友戯はまだ物足りなさそうな顔だったが、今回ばかりは素直に引き下がってくれるようだ。
「ねぇ、日並」
そして、ようやく扉を開けて外へと出たところで、友戯が薄く微笑みながらこちらを振り向くと、
「今度のプール、楽しみだねっ……!」
「……おう!」
爽やかにはにかむ、その眩しい表情を見たトオルもまた、本心のままに笑顔で返すのだった。
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