第99話 ※なんだかんだと仲良しです。
自分はなぜこうも決定的瞬間ばかりを目撃されてしまうのか。
いくら考えても答えは出ないであろうその問いに、ただ自身の不運を呪うことしかできないトオルはもはや無我の境地へと達していた。
「…………」
「え、ええっとぉ……」
ジーッと見つめてくる、あまり見知った顔ではないクラスメイトの女子兼、大好さんの友達。
知ってはいるが、知り合いと呼べるほどの仲でもない。
そんな微妙な間柄の女子に、彼女にとっても同級生である友戯を際どい格好で押し倒しているところを見られるという状況。
中途半端に知られている分、親しい人間に見られるよりもよほど恥ずかしいということを初めて知ったトオルは、答えに窮して固まってしまい、
「んっ……ぁっ……!?」
直後、横から色気のあるくぐもった声が耳をくすぐってくる。
ドキリとしつつ見てみれば、無意識のうちに手の位置がズレていたのか、トオルの親指が内ももの柔らかい部分にめり込んでいた。
「ふ、ぅっ……!」
くすぐったそうに身悶えする友戯はこれまた色っぽかったが、これ以上余罪を重ねたくはない。
早急に両腕を離し友戯を解放してやると、
「そのっ、試着手伝おうとしてたらバランス崩しちゃって!」
意識を切り替えて、何とか言い訳を試みる。
正直、男の自分が試着を手伝っていたというのは厳しい気もしたが、変質者に間違われて人を呼ばれるよりはマシだろう。
それに、友戯との仲はそれなりに知れ渡っているはずなので、多少引かれはしつつも無くはないと思ってくれるかもしれない。
「…………」
これに対し、彼女はなおも沈黙を見せた後、
「あー……そういうこと」
何やら納得した様子で頷いた。
状況が状況だけに、理解に時間がかかったのだろう。
これでひとまず安心だと思い、ほっと一息をつこうとするとトオルだったが、
「ごめんね? 良いとこ邪魔しちゃって」
残念ながら、全くもって理解されてはいなかった。
「え、いやっ」
「大丈夫、ヨッシーには言わないでおくから。それじゃ」
期待を裏切られたトオルは慌てて止めにかかるも、類は友を呼ぶというべきか。
恋愛脳であることと、人の話を聞いてくれないというところは大好さんと変わらなかった彼女は、無駄に気を利かせてくれながらカーテンを閉じると、何処かへと消えていってしまった。
──えぇ……。
残されたトオルは妙な気恥ずかしさに苛まれつつ、
「あ」
同時に、真っ赤な顔でこちらを睨んでくる友戯の圧に板挟みされてしまう。
「日並……?」
「い、いや、そのだなっ……」
口は弁解を試みようとするも、更衣室への侵入に加え、太ももへのボデータッツまで現行犯で確認されていてはどうしようもない。
「す、すみませんでしたっ……」
意図はどうあれ、やったことだけを見れば変質者と何も変わらなかったトオルには、大人しく降参する他に道はないのだった。
試着室での一件からしばらく。
「あ、あの友戯さん……」
「…………」
すっかりおこになってしまった友戯は、まるで口を利いてくれる様子が無かった。
──まあ、そりゃそうだよな……。
恋人でもない相手にデリケートな部分を触られるのは、女子にとっては相当に気分の悪いことであるはず。
反省することはあれど、こちらが責め立てられる非など存在しないだろう。
──はぁ……。
とはいえ、無視され続けるというのがしんどいのも事実。
何か打開策は無いかと頭を捻るも、そう簡単に出てくれば苦労はしなかった。
「……ちょっと、トイレ行ってくる」
「あ、おう……」
そうこうしているうち、友戯は耐えかねたようにその場を立ち去ってしまう。
それにまたダメージを受けつつも、一人になったことで余裕のできたトオルは思考に全ての神経を集中させ、
──よし、こういう時はっ……!
数あるラブコメ作品の知識を漁ることで、ようやく一つの答えを導き出す。
──物でご機嫌を取る作戦だ!!
それは、ショッピングセンター内にあるゲームセンターで、友戯の好きな景品を入手し、プレゼントフォーユーするというもの。
UFOキャッチャーでゲーム性を楽しみつつ、達成感とご褒美が献上されれば、流石の友戯も復活してくれるに違いない。
「ごめん、お待たせ」
「いや全然……それよりゲーセン行かな──」
そう結論づけたトオルは、友戯が戻ってきたところで早速提案しようとし、
「──い?」
ふと、友戯の姿を見て違和感を覚える。
──気のせいか?
が、相変わらずパーカーとニーソのスタイルはそのままで、表情に関しても若干赤い気はするかもしれない程度。
「ん……」
軽く観察するも原因は分からずじまいで、友戯の返答が返ってくる。
──まあ、いいか。
何か変化はあるのかも知れないが、きっと今まで起きたことに比べれば些細なことだろう。
トオルは気を取り直すと、意気揚々と目的地へと足を進めていくのだった。
そんな意気込みからおおよそ十数分後。
「ぬ、ぬぅ……」
とある
「……ねぇ、そろそろ諦めたら?」
「いや、もう少しでいけそうっ……」
かれこれ三千円以上は消えただろうか。
皆さんご存知、ゾンビィハンターズのマスコットキャラクター──ゾンチラを模した、丸くて大きなヌイグルミは想像以上の強敵だった。
最初こそ善戦していたものの、落ちるすんでのところに来てからは、こやつはまるで微動だにしなくなったのだ。
「えー……」
先ほどから眺めているだけの友戯は退屈そうにしているが、プレゼントすることはまだ知らせていないため当然のことだろう。
要するに、男が一人、女子を放っぽって金の無駄遣いをしているという状況に見えているに違いない。
──ま、まだだっ……!
だが、ここで引いてはそれこそ今までの投資が無駄になるうえ、友戯の機嫌が悪化の一途をたどることになってしまう。
故にトオルの闘志はまだ潰えていなかったが、
「っ……」
資金が残っているかどうかはまた別の話であった。
学生の小遣いなどたかが知れており、すでに限界が近いことは言うまでもない。
「はぁ……なんでそこまでするの?」
呆れたようにため息をつく友戯の問いに、しかし答えは喉まで出かかって止まる。
何故なら、
──答えは、取れた後だッ……!!
そこには男としての意地があったからだ。
「っ、お、ぉ……!?」
そして、そんな想いが通じたのか。
とうとう小銭が尽きかけたその時、尻に引っかかったアームが持ち上がると、憎たらしくさえ思えてきたその顔が穴の横にあるガードの上を超え、
「うぉっしッ……!!」
「わっ、やったじゃんっ」
やがて、重力に引かれるように、景品ボックスへと落下していった。
これには友戯も一緒に喜んでくれたが、本番はこれからである。
「はい友戯、これ」
「え?」
トオルはすかさずヌイグルミを取り出すと、躊躇うことなく友戯に差し出し、
「わ、私に?」
「おう」
困惑しているのにも構わず、無理やりに手渡した。
「その、さっきはごめん。俺のせいで色々と気分悪くさせちゃって……」
そのまま理由を説明したトオルは、どうかこれで許してくれますようにと天に祈りを捧げ、
「え、何のこと?」
「……へ?」
一転して、今度は自分が戸惑うことになってしまう。
「いや、だってほら、ずっと怒ってたんじゃ……」
「え、ちがっ……! それはその、恥ずかしかったから……ってだけでっ……」
なんと、どうやら友戯は怒っていなかったらしく、全てはトオルの早とちりだったようである。
「な、なんだ……良かった……」
これにトオルは安堵しつつ、
「じゃあ改めて、どうぞ」
「本当にいいの……?」
「当たり前だろ」
気を取り直してヌイグルミを捧げると、
「──ありがと……」
「っ!!」
それに顔を
真っ赤になった両耳に、照れくさそうに逸らされた瞳。
ヌイグルミをぎゅっと抱きしめる姿はとても愛おしく、今の友戯はかつて見たことが無いほど、女の子に見えた。
──と、取れて良かった〜っ……!!
その可愛さを目の前で拝むことができたトオルは、消えていったお金と労力が全て報われていくのを感じながら、これ以上にないご褒美に心の中でむせび泣くのだった。
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