第98話 ※試着室といえばドタバタです。
人が二人、少し油断すれば触れてしまいそうな距離。
しかし逃れる場所はどこにも無く、否が応でもその存在を意識させられてしまう。
──や、やばひ……!!
背中も肩も胸もとも、腰もお腹も、太ももから足先までも、どこを見ても広がる肌色に、心臓は痛いほどに拍動していた。
何とか壁を見ようとするも、気がつけば視線は吸い寄せられ、そこから目が離せなくなる。
──てか、なんでその水着着てるの……!?
せめて、先程着ていた白の水着ならもう少しマシだったというのに、なぜわざわざ選ばなかった方を着ているのか。
その理由は分からないが、一つ言えることは色々と危険な領域に入り込んでしまっているということだろう。
──い、意識するなっ……別のことを考えろっ……!
ただでさえ、試着室に無断で侵入するという大罪を犯しているのだ。
もしこのまま意識し続けた結果、身体がおかしな反応をしようものなら、友戯に嫌われてしまうことは必至だった。
「ひ、日並の変態っ……」
「ち、違う違うっ……!」
現に、細い両腕で何とか身体を隠しながらこちらを睨んでくる友戯の眉はつり上がっており、すでに危うい状況であることは明白。
「外に大好さんたちがいるんだよ……!」
「え……?」
ひとまず、今が緊急事態であることを説明して納得を得ようとするが、
「……それ、ここに入ってくる理由になってなくない?」
「え」
「別に、レンたちに見られてもいいでしょ」
冷静にそう言われてしまうと、過剰に考えすぎたような気もしてくる。
「分かったら早く出てってっ」
「う、うっす──」
仕方なく、言われるがままに外へ出ようとし、
「ねー、どれなら世の男子たちを悩殺できると思う〜?」
「──っ!!」
ところが、すぐ目の前から大好さんの声が聞こえてきて断念させられてしまった。
今出ていった場合、確実に誤解を受けてしまうということは想像に難くない。
「む、無理です……」
「うぅ〜っ……!」
作戦の失敗を告げると、友戯はこちらを睨めつけながら小さく唸ってくる。
その様子は可愛らしくはあったが、少し視線をずらすとすぐに危険地帯だったために余裕ができるはずもない。
何せ、至近距離にいるという都合上、上から見下ろすという形になるため、胸もとや
大事なところまで見えるということは流石に無いが、耐性のないトオルにとっては充分に脅威足り得た。
「だから見ないでってっ……!」
「ご、ごめんっ……!」
と、そんなことを考えていたせいか、友戯に視線の行き先がバレたようで、思いっきり咎められてしまった。
──そんなこと言われてもっ……!!
トオルとしてはこの状況で意識しない方が無理というものだったが、本人が嫌がっているのも事実。
理性をフル回転させて目を閉じ、懸命に煩悩を消し去ろうと試みる。
「っ、ぉあッ……!!??」
が、そんな抵抗をあざ笑うように、友戯はとんでもない行動に出てきた。
──何してっ……!?
何も見えない暗闇の中、突如訪れたのは柔らかい感触。
「こ、これで見えないでしょっ……」
どこか勝ち誇ったような口調の友戯だが、こちらとしては逆効果であると言いたい気持ちでいっぱいだった。
おそらく、抱きつくほど密着することで視線が通らなくなるとでも考えたのだろうが、あいにく、その格好でくっつかれる方がよほど辛かった。
トオル側は服を着ているとは言え、ほぼ裸の女子にハグされているのだから当然だろう。
──耐えてくれ、俺の理性ッ……!!
しかも、この体勢で下半身が反応しようものなら高確率で友戯にバレてしまうというおまけ付き。
とうとう進退極まったトオルは、天に祈りを捧げるような心地となり、
「……友戯?」
少しして、目の前の少女から反応が無くなっていることに気がつく。
恐る恐る目を開くと、そこにはサラサラの黒髪と苺のように赤くなった小さな耳が視界に映り、
「うわっ……!?」
直後、友戯の身体がふらりと倒れそうになる。
慌てて背中側に手を回したトオルはその感触にまたもやドキリとさせられつつ、ゆっくりと床へ下ろしていき、
──き、気絶してやがる……。
そこでようやく、彼女が気を失っていることに気がついた。
先ほどのハグで自滅したのか、暑さにやられたのか、もしくはその両方か。
間違いないのは、人形のように力が抜けた少女が目の前に座り込んでいるということである。
「ふぅ……」
とりあえず、友戯が騒がなくなったことに一息をつき、
──いや、落ち着けるわけあるかッ……!!
しかし、もちろん安堵できるような余裕は無かった。
──くっ、無防備過ぎるッ……!!
当たり前ではあるが、気を失っているということは何の防御行動も取れないということである。
両腕のガードが解けているせいで胸もとは曝け出されており、緩く開かれている脚の間からは魅惑の三角地帯まで拝むことができてしまっているのだ。
加えて現在、こうして眺めるのはもちろん、例え触れようとも咎める者はいないという状況。
人としての道徳が試されているのは言うまでもない。
──よ、よしっ……。
ごくりとつばを呑み干したトオルは緊張に手が震える中、無防備な少女へと手を伸ばし、
──すまん、ちょっと失礼……。
膝のあたりを掴んで脚を閉じさせると、
──これでよしっと……。
パーカーを拾い上げて上半身へと被せた。
するとどうだろうか。
見事に肌色の面積は減り、トオルの心にもやっと安寧が取り戻されつつあった。
──後は大好さんたちがどこかへ行って、友戯が起きるのを待ってここを出れば万事オッケーだな。
何とか男としての本能に打ち勝ったトオルは、ここから先の道筋を立てることで、より冷静になっていく。
「すみませーん、誰か入ってますー? 使わせてもらいたいんですけどー?」
だが、神様はまだ試練を与え足りていなかったようである。
試着室の外から聞こえてきた大好さんの友人らしき声に、反射的に声を返そうとするが、
──まずい、声を出したらバレるっ……。
まさか男の声で返すわけにもいかないことに寸前で気がついた。
ここは女性向けコーナーにある試着室なのだ。
迂闊に声を出せば変質者と思われてもおかしくはないだろう。
「お、起きろ友戯っ……」
しかし、外に聞こえない程度の声で呼びかけるもやはり反応はなく、頬をペチペチ叩いても起きる気配はまるで無い。
「っ、わっ……ととっ……!」
と、その時。
焦っていたせいか、中途半端にしゃがんでいたトオルは体勢を崩し、目の前の太ももに思いっきり手をついてしまう。
──柔らかっ……!?
当然、手のひらには今まで感じたことのない気持ちの良い感触がむにゅりと走るも、
「ん、ぅ……?」
それを楽しむ余裕は、よりによってこれには反応した友戯のせいで無くなる。
「っ……ぃっ……!?」
そして、ゆっくりと開いたまぶたの向こうにある琥珀色の瞳と目が合った瞬間、友戯の口はいの字に曲がっていき、
「んむぅ〜ッ……!!」
これを、叫ぶ寸前に伸ばした手で何とか防いだトオルだったが、
「あのー入りますよー──」
その時にはもう、両手どころか八方が塞がっていた。
「──え」
無情にも開くカーテンを止める術はなく、その向こうから現れた大好さんの友人に呆気なく全てを見られたトオルは、
「ふ、不可抗力です……」
水着姿の少女を試着室で押し倒し、太ももを触りながら口を塞いでいるという状況で、どう見ても無理のある言い訳を呟くことしかできないのであった。
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