第97話 ※選択をミスり過ぎです。
現在地は水着売り場。
ズカズカと進んでいく友戯の後ろを、トオルはRPGのお仲間よろしくピッタリとくっついていく。
──目のやり場に困るな……。
その最中、視界には当然のごとく色とりどりな水着が映り込んできていた。
別に、水着を見ただけで興奮するような性癖は無いが、なぜだか見てはいけないような、見ていたら後ろ指を指されそうな、そんな強迫観念に駆られてしまうのだ。
「ねえ、何かいいのあった?」
「え?」
が、そうして一人居心地悪くしていたにもかかわらず、全く気づいていないのだろう友戯は平然と尋ねてくる。
──そんな、家具や電化製品みたいに言われてもな……。
あいにく、自分が着るものでもないので良し悪しなど分かるわけもない。
「うーん……友戯って今までどんなの着てたんだ?」
ただ、何も答えないわけにもいかないので、それとなく好みを探ろうと試みた。
「ええっと、いつもはショートパンツみたいなのかな」
これに、なんとも友戯らしい回答が返ってきたので、
「あ、それじゃあそっちの方見に行くか」
チャンスとばかりに乗ってあげることにする。
これなら、変なものを選んで『え、日並ってこういうのが好きなの……?』的な展開になって引かれる可能性は大分下がるだろう。
「待ってっ」
そう思っての発言だったのだが、友戯は少し考える仕草を見せると急に呼び止めてきた。
何か気になるものでもあったのだろうかと思い振り向くも、
「えっ、と……」
困ったような顔でこちらを見つめてくるばかり。
「友戯?」
よく分からないが、言いにくいことなのかもしれない。
急かす必要も無いだろうと、トオルはじっくり待つことにし、
「……ひ、日並は、どういうのが良いとか……ある……?」
少しして、友戯は意を決したようにおずおずと質問を投げてきた。
それに、なるほどと何度か頷いたトオルは、
──え、なんて?
思わず心の中で聴き返してしまっていた。
何せ今の質問、要約するとトオルが好きなものを着てみたいとも捉えられかねない代物だったのだ。
自然、トオルの頭の中にはビキニタイプの水着を来た友戯の姿が湧き出てくるが、
「や、やっぱショートパンツのは友戯に似合いそうだなーとは?」
心を殺して、何とか最初の流れに引き戻そうする。
もちろん、本心としてはセクシーな友戯も見てみたい気はするものの、一日楽しく遊ぶのが目的であれば、見ていて落ち着ける方が良いはずだと思ったからだ。
「……そ、それ以外で」
しかし、そんなトオルの目論見は速攻で封殺されてしまう。
「え」
「だ、だってほらっ! いつも同じようなのばっか着るのもって……たまには他のにも挑戦したいし……」
もじもじとする友戯にそう告げられてしまえば、もはやトオルに選択権は残されていない。
どうするべきかと、痛くなる頭をフル回転させたトオルは、
「えぇ……じゃあ、シンプルに白とか黒のやつ……?」
曖昧かつ無難な答えで返すことを選んだ。
「それだけ?」
「俺、そんな詳しくないし……」
だが、流石に情報量が少なすぎたのか、友戯は訝しむような視線を向けてくるので、最終手段『よく分からない』を使うことになってしまった。
実際のところ、どんなものがあるのかなど調べたことも無ければ、そもそも水着姿の女性をまじまじと眺める機会も無かったので、あながち間違ってもいないだろう。
「ふーん……」
ジーっと見つめられたトオルはこれでも駄目かと汗をかき始め、
「分かった、それなら私が気になったの持ってくる」
そこでようやく友戯が諦めてくれたことで、ギリギリ一息をつくことかできた。
後は友戯が選んできたものに、「良いんじゃないか」とか「似合うと思う」といった無難な感想を述べれば、無事に事を終えられるだろう。
「日並」
そんな油断が仇となったのか。
「おう──って、二つ買うのか?」
名前を呼ばれ振り向いたトオルは、友戯の両手にそれぞれ水着が用意されていたため、てっきりそう思ったのだが、
「ううん、違う」
そういうわけではないらしい。
一瞬、ではなんなのかとなったトオルだが、すぐにそれが現実逃避であること気がついてしまう。
それもそのはず、女子がニ着持ってくるシチュエーションは言うまでもなくあの展開でしかなく、
「え、もしかして……」
「うん──」
一縷の望みをかけて口から出た言葉は、
「──日並はどっち着てほしい……?」
次の瞬間に放たれたド直球の台詞によって儚くも砕け散った。
ほんのりと赤くなった顔に、不安そうに潤む瞳から繰り出される上目遣い。
そこには当然、黙秘権が介在する余地は存在せしなかったが、
──いやっ、せめてどっちが似合うかとかじゃないの……!?
しかしある一点に関しては文句を言わざるを得なかった。
どちらが友戯に合うかと言われればある程度の客観性が担保されるが、今の質問だと完全にトオルの好みで選んだということになってしまうからだ。
──クソッ、かと言って誤魔化せそうにないッ……!
さりとて、この状況で『どっちも良いと思うよ』などとの
──セクシーなのか、キュートなのか……どっちが好きかってことか……。
結局、第三の選択肢を諦めたトオルは、水着の方へと意識を向ける。
片方は、黒を基調としたこれぞといった感じのビキニで、腰や胸元にリボンがあしらわれてはいるものの、やはり露出が多いクールな印象だろうか。
一方、もう一つは真逆の白を基調としたもので、こちらもビキニタイプではあるが、レースやフリルで布面積を増やしている分やや可愛さに寄っているように思えた。
──友戯はシュッとしてるし、イメージ的には黒の方だが……エロい方を選んだと思われそうでなぁ……。
第一印象で選ぶなら圧倒的に左の黒いビキニだが、些か大人びすぎているような気がしなくもない。
──まあ、言うて可愛い方を選ぶのもありか……。
すると、消去法で白い水着の方になるが、それはそれでギャップがあって悪くないようにも思えてくる。
何なら、オタク的感性のトオルとしてはそっちの方が好みに近かったりもした。
──よし、決めた。
しばしの時間考えたところ、諸々の理由で軍配が上がったのは白い水着の方であった。
ショートパンツタイプほどではないが、布面積としては及第点であり、見栄えとしても悪くない。
「俺はこっちかな」
故に、迷うことなくビシッと右を指さしたのだが、
「あ、そっちなんだ……」
対する友戯の反応はといえば、あまり嬉しそうではない、むしろハズレを引いたと言われた方がしっくりくるほどに手応えが無かった。
──あ、これ最初から決まってたやつ……?
この時、トオルの頭を過ぎったのはテレビか何かで聞いた淡い記憶。
女子が服を選べと言った時、答えはすでに決まっているのだと。
男はただ、その背を押すだけでいいのだと。
つまりところ、友戯が選んでほしかったのは黒の水着の方ということであり、
「あ、それじゃあ、試着してみるね?」
しかし、すでに何もかも手遅れであった。
友戯はすたすたと試着室へと向かうと、何のフォローを入れる余裕もなくカーテンの奥へと姿を消してしまい、
──し、しくった……。
トオルは一人、床に崩れ落ちながら大反省会を開催させられることになるのだった。
その後、
「おお、いいな……」
友戯の水着姿を拝見することになったトオルは感嘆の息をこぼしていた。
イメージと違うため少し心配だったが、友戯の美少女っぷりは流石というべきか、ちゃんと可愛い系も着こなせていたためだ。
「そ、そう……?」
「おう、文句なしだよ」
そんなトオルの反応に、何だかんだと友戯も嬉しそうに微笑んでいたので、結果的には良かったようで一安心である。
「そっか、ならこれにしよっかな」
友戯はそう言ってカーテンを閉じ、着替えに戻っていく。
──ふぅ……ひとまず何とかなったな。
最初こそ場の雰囲気に呑まれてしまったが、終わってみれば他の買い物とそうは変わらないように感じた。
どうせなら、もうちょっと色んな水着を着てもらうのも良かったかもしれないとも思ったが、たぶんそこまでの勇気は出なかったので気にするだけ無駄だろう。
──なんか、遅いな……。
と、残されたトオルは詮無いことに頭を使って時間を潰していたが、着替えだけにしては明らかに時間がかかり過ぎていた。
「友戯、何かあったのか?」
「え、ち、ちょっと待ってっ……!」
問題があったのかもしれないと声をかけると、案の定焦ったような声が中から聞こえてくる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だからっ、すぐ着替えるからっ!」
念のために聴いてみるが、まるで今まで着替えて無かったかのような返事が返ってきて余計に心配になる。
──何してたんだ……?
当然のごとく湧いてくる疑問だったが、
「……ん?」
そんな些細なことはすぐに消し飛ぶ事件が発生してしまう。
店内のどこかから近づいてくる、女子たちの声。
「でさぁ、最近すごく付き合い悪いんだよ遊愛のやつ〜」
「それ、ヨッシーの絡みがウザいからじゃない?」
「なんでよ!?」
その声が、どうにも聞き覚えのあるものであることを悟った次の瞬間、
──大好さん!? ま、まずいっ……!!
トオルの心臓が飛び跳ねた。
友戯と二人きりで水着を買いに来てるところなど、どう考えても勘違いは避けられない。
──こ、こっちに来るぅ……!?
そして、徐々に迫ってきた少女たちの気配に耐えかねたトオルは、
──まだ着替えてないなら大丈夫だよな……!?
頭が混乱しているせいか、試着室の中から着替える気配がしないことを言い訳に、堂々と飛び込んでしまい、
「ひ、ひなみっ……!!??」
「っ……!?」
直後、自ら最悪な袋小路の中に入ってしまったことを悟る。
何せ、狭い密室の中で二人きりとなったトオルの視線の先に映ったのは、
「み、見ちゃだめっ……!」
下着姿──ではなく、下着とそう面積の変わらない黒のビキニを着た、友戯の姿だったのだから。
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