第96話 ※安請け合いした者の末路です。
親バレだの何だので忙しなかったあの日から数日後。
──結局何だったのだろうかあれは。
何故か約束通り水着を買いに行くことになったトオルは、自宅マンション一階のエントランスで友戯が来るのを待っていた。
いきなり背後からかました結果、一目散に逃げられたため、てっきりまたやらかしたと思っていたのだが意外とそうでもないらしい。
そうなるとあの反応の意味が気になるが、あいにくトオルの経験データでは察することが難しかった。
「お待たせ」
「おう」
と、そうこう考えているうちにすぐ友戯がやって来る。
「この間はすまん、いきなり」
念のために謝罪を挟んでみるが、
「え、あ、ううんっ! 大丈夫、ちょっとびっくりしただけだからっ……」
やはり、友戯はあまり気にしていない様子だった。
若干、声が震えていたが、それは謝られるとは思っていなかったからだろう。
「そっか、なら良かった」
トオルはそう納得しつつ、さっそく友戯の横に並んで目的地へと向かおうとし、
「っ……」
直後、気のせいか友戯がひょいっとその場を離れた。
「?」
「い、行こっか!」
その挙動に僅かな違和感を覚えるも、それが形になるより早く促されてしまう。
──まあいっか。
所詮は些細な感覚。
大したことでは無いだろうとトオルもすぐにそのことを忘れることにした。
「そういえば昨日、お母さんとは大丈夫だったの?」
その後、特におかしなこともなく目的のショッピングセンターへと向かっていた道中、友戯が気になっていたのだろうことを聴いてくる。
「いや、もう根掘り葉掘り聴かれて疲れたよ……」
「あ、やっぱそうなんだ……」
当然、この間のことを思い出したトオルは、否が応でも辟易とさせられてしまう。
「あの人話聞かないからなー……何言っても私は分かってるよオーラ出してくるばっかでほんともう……って感じ」
「あはは、うん、何となく想像できる」
そんな思いが溢れてつい吐き出してしまうが、友戯は他人事のようにくすくすと笑うばかり。
よく考えたら友戯のせいで余計にややこしくなったというのに、なんたる態度か。
「おい、言っておくけど友戯のっ──」
このままスルーするのも癪だったので、文句の一つでも言ってやろうかと詰め寄るが、
「っ……あ、ご、ごめんっ! 確かに私のせいでもあるかもっ」
途端に、友戯は恐ろしい反応速度で距離を取ってきた。
「……どうした?」
「な、なにが?」
ほんの僅かなその動きも、二度目ともなればつい尋ねてしまわざるを得ない大きな疑念となり、
「なんか、いつもより距離取ってない?」
「え」
よく思い出してみると、最初から妙に距離感があることにも気がつく。
「……気のせいじゃない?」
「…………」
が、友戯はしらばっくれているのか、そんなはずはないとばかりに首を傾げてきた。
相変わらず腹芸が得意ではないことに心の中でため息をつきつつ、
「ほい」
「っ!」
予備動作なく距離を詰めてみれば、友戯は驚いたように飛び退いた。
「ほらな?」
「うっ……」
してやったりと思いながら指摘すると、やはり何かを隠しているらしい。
図星を突かれたのか、明らかに動揺している友戯をジッと見つめていると、
「ええっと……あっ!」
少しして、いかにも今思いつきましたと言わんばかりに声を上げ、
「日並に近づきすぎって怒られたから、反射的にそうなっちゃったのかもっ……」
意外にもそれらしい理屈を述べてきた。
──うーん、一理あるんだけど……。
これにある程度の納得はしつつも、それ以外の要素が別の理由があるのではと勘ぐらせてくる。
故に、しばらく頭を悩ませてしまうが、
「まあ、うん。そういうことか」
「ん、そういうことっ」
やがて、考えても仕方がないことだと結論づけたトオルは、ホッとしたような友戯の表情に苦笑しながら、改めて先を行くのだった。
それからしばらくして、近場のショッピングセンターまでやって来たトオルは、予定通り水着売り場へと赴いたのだが、
「…………」
案の定その手前で臆していた。
「日並? どうしたの?」
友戯は不思議そうな顔をしていたが、むしろこっちの気持ちが分かっていない彼女の方がよほど不可思議であろう。
──わりぃ、やっぱつれぇわ……。
何せ、これから向かうは女性用水着が並べられたいわば聖域。
奥をちらりと覗けば、女性客と思しき人たちが徘徊しており、陰気な
「いやぁ、俺はここで待ってようかな……」
なので、ここは日和って友戯に一任しようと試みるも、
「……何のために二人で来たのか分からないんだけど?」
友戯からは急な正論で返されてしまう。
「ほら、意見聞きたいから早く──」
そして、有無を言わさないといった様子でスッと手を伸ばしきたかと思うと、
「…………友戯?」
「──え、えっと……」
何故か、中途半端なところで止めて、目を泳がせ始めた。
またもや怪しい挙動だが、これもこの間のお説教が原因だろうとあたりをつけ、
「はぁ、分かったよ──」
「っ!?」
このくらいはいいだろうと手を握り返したのだが、
「──へ……?」
次の瞬間にはもう、その手を振り払われていた。
──なんでぇっ!?
これにはツッコミを入れてしまったが、何もおかしくはない。
あんなにベタベタと触りたがってたというのに、まさかいきなりこんな仕打ちを受けるなどと思いはしないだろう。
──もしかして、自分からするのはいいけど、されるのは嫌なタイプだったのか……?
てっきり、とにかく構ってほしいワンコな感じかと思っていたが、実は猫に近い性格なのかもしれない。
中々に理不尽な反応だったが、構われたくない時に構われるのが面倒なことは、前回自分で証明していた。
「す、すまん……」
故に、ここは素直に謝っておいたのだが、
「あ、今のはそのっ、び、びっくりしただけだからっ」
どうやら、またもや驚いただけだったようである。
その言葉に少し安心しつつ、
──いや、なんで俺がするとびっくりするのよ……。
そんなに慌てる要素が自分にあるのだろうかと、若干の不安も残ってしまう。
「そ、それよりっ……早く行こっ……!」
だが、余計なことを考える暇もなく友戯が先に駆けて行ったので、トオルも釣られるようにその後を追ってしまった。
──結局来てしまった……。
気がつけば、周囲は女性用の水着に取り囲まれており、自然とそわそわと落ち着かない気分になってくる。
──てか、俺は何をすればいいの……?
当たり前だが、この場にトオルが買いたいものなど存在しない。
一人でスマホをイジるのも何か怪しいことをしていると思われそうだし、ただ立ち尽くしているというのもそれはそれで不審だろう。
友戯と二人で水着を買いに行くというワードに釣られて安々と来てしまったが、これは失敗だったのではとどんどん気分が落ち込んでくる。
「もう日並、何してるの?」
「へ?」
が、その時。
不機嫌そうな友戯に声をかけられて顔を上げると、
「ほら、日並も選ぶの手伝ってよ」
何の躊躇いもなくそんなことを頼まれた。
そんな見慣れた友の顔を見たトオルは、段々と気分が落ち着いてくるのを感じ、
「……ういっすっ」
心に余裕を取り戻したところで、再び足を進めるのだった。
しかし、一度は平静を取り戻したトオルの心は別の理由でざわつかされることになる。
何せ、あれこれあった後、試着室の前まで連れてこられたトオルは、
「──日並はどっち着てほしい……?」
顔を赤くしながら上目遣いをしてくる友戯に、究極の二択を迫られることになるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます