第95話 ※結局不意打ちが最強です。

 狭い部屋に二人きり。


 目の前には、自らが床に押し倒した少女。


 上気した彼女の顔に、かつてないほど鼓動が高鳴ったトオルは、



 ──っぶねぇッッ……!!



 何とかすんでのところで踏みとどまることができていた。



 ──危うく一線超えるとこだったッ……!



 友戯の積極的すぎるスキンシップに思わず理性が吹き飛んでしまったが、そもそも付き合っているわけではないのだ。


 ここで焦って事を成そうものなら、何が起きるか分かったものではない。



 ──直前にだめって言ってくれて助かったな……。



 実際、あそこで友戯が何も言わなければ、今頃は唇を重ね合わせてしまっていたことだろう。


 世の中にはオッケーの意味の『だめ』もあるらしいが、流石に友戯がそこまで求めているとは思えないので、そこは考慮しないことにした。



「あ、あはは……やっぱ冗談だよね……」



 と、下敷きになったままの友戯が、乾いた笑いをこぼしながらボソリと呟く。


 その少し安心したような声色に、トオルは一つため息をつくと、



「今回は、な? 俺だって男なんだから、今度からはちゃんと配慮するように!」

「うっ……」



 同じことを何度もされたら堪ったものではないと、今さらながら釘を刺しておいた。


 仲良くなりたいという想いは嬉しいが、互いの気持ちがズレてしまうのはよろしくないので仕方がないだろう。



「だ、だって……」

「だっても何も無し、今後は今みたいなの禁止!」

「!?」



 故に、不満そうな顔をする友戯にきっぱりと告げてやったのだが、



「え……ハグ、はオッケーだよね……?」

「だめです」

「そんなっ……じ、じゃあ手を繋ぐのはっ……」

「それはまあ、たまになら……」



 反省の色は無いのか、すぐに法の抜け目を探してこようとする始末。



「……日並、厳しすぎっ」



 しかも、余計に不満が溜まったのか、逆ギレまでしてくる。



「いや、逆になんでそこまでしたいのよ……」

「っ!」



 ここまで来ると、いったい何が彼女を突き動かすのかが気になってくるも、



「それは、そのっ……」



 友戯は恥ずかしそうに言いよどむと、



「日並とくっついてると、何か落ち着くんだもん……」

「っ……!?」



 今度はトオルが攻撃を受けることになってしまった。



 ──お前なぁっ……!



 熱くなった顔を隠すように頭を抱えたトオルは、素直すぎる友戯の言葉に心の中でツッコミを入れてしまった。


 拗ねるような口調でそんなことを言うなど、反則すぎたので当然だろう。



「はぁ……分かったよ、常識的な範囲内でならオッケーにするよ……」

「ほ、ほんと!?」



 これに根負けしたトオルは諦めて許可を出すことにしてしまう。



 ──まあ、友戯にそういう意図が無いってのは明確になったからな。



 言うなれば甘えん坊な妹のようなものだ。


 そう意識すれば、可愛いとは思えど興奮するようなことはもう無いはずである。



「あ、でも、やる前にはちゃんと声かけるように」

「ん、分かった」



 一応、心の準備期間を用意するための条件も付け足しておけば、もう言うことは無い。



「そんじゃ、いい加減ゲームやろうか」

「ん、おっけ」



 お話も終わったところで、本来の目的を成すために意識を切り替える。


 最初に言われた通り、電気を消してカーテンを閉じたトオルは、薄暗闇となった部屋の中でコントローラーを手に取った。



 ──ふぅ……これでひとまずは落ち着いたな……。



 一悶着はあったが、終わってみれば変わったこともなく無事に着地することができている。


 その現状に安堵したトオルだったが、この時は知る由もなかった。


 公式に許可を出したことが、まさかあれだけの影響を及ぼすことなど……。








 それからしばらく、デビルハザードのプレイをしていたトオルは、



 ──集中できねぇ……!



 すぐに思い知らされることとなった。


 何を、かといえば、



「あの、友戯」

「ん、なに?」

「いや、『なに?』じゃなく。やりづらいのよ」



 それはもちろん、友戯の構ってちゃんっぷりを、である。


 というのも、ゲームを開始して以来、あの手この手で絡んでくる友戯のせいで肝心のプレイがほとんど進んでいなかったのだ。



「だって、日並が良いって」

「限度があるだろ限度が」



 背中から抱きついてきていた友戯を引き剥がして正座させると、ゲームを中断して再びお説教を開始する。


 友達に説教することなどまずないが、こればかりは致し方ない。



「いやまあ、たまにくっついてくるくらいはまだ分かるのよ。でもさ、脇腹とかほっぺたをいじってきたり、耳に息吹きかけてきたりするのは違くない?」

「それは日並が返事しないから……」

「うん、集中してるのよそれ」



 何せ、頻繁に構ってくる友戯への反応を忘れるたび、何らかのイタズラが返ってくるのだ。



「あと、それはまあ前からあったから良しとしても、さっきの今でくっつきすぎ。俺も男って話、したよね?」

「えー……」



 加えて、いくら意識を改めたとはいえやはり限界はあった。


 背中から柔な感触を伝えてこられたり、膝の上にお尻を乗っけてこられたり、隙あらば頬ずりしてきたり、手をさすさすしてきたり……その他etc《エトセトラ》をされては、流石のトオルも男としての本能が反応してしまうというものだ。



「ゲーム、やるんじゃないの?」

「そ、それはそうだけど……」



 しかし、ここまで言ってもぶうたれるばかりの友戯に正論をぶつけてやると、途端に今度はしゅんとした態度に変わってしまう。


 その防御能力の高さにズルいと思いつつも、このまま突き放せないのがトオル。



「気持ちは確かに嬉しいんだけど、ゲームやるときはちゃんとやりたいなっていう……」

「そう、だね……」



 思わず勢いが弱くなってしまうも、どうにか友戯も納得してくれたようである。



「よし、じゃあ──」



 今度こそ大丈夫だろうと、トオルはゲームに戻ろうとし、



「うん、次は私がやる」

「へ?」



 しかし、次の瞬間には友戯にコントローラーを奪われ、またもや膝の上に乗られてしまう。



「私はその、何されても気にしないからっ……」



 そして、挙句の果てに勘違いを免れ得ないキラーパスを受けた暁には、



 ──はい、分かって無かったー。



 つい伸びた手が、自然と友戯の柔らかい頬をつねってしまっていたのも、極めて致し方のないことなのだった。








 そんなお説教から時間が経ち、外はほんのりと暗くなり始めていた。



「次やったらさらに罰の時間伸びるからな?」

「う、うん……」



 あの後、罰として一定の距離を保つことを命じられた遊愛は、一転して脳内で大反省会を開かされていた。



 ──あぁっ……やっちゃったっ……。



 今まで日並に叱られたこと自体がほぼ無かったのだから、それも当然のことだろう。



 ──うぅ……今考えるとやりすぎって分かるのにっ……!



 密着していた時の心地が忘れられず、ついついダル絡みをしてしまったが、普通にゲームの邪魔にしかなっていなかったように思う。


 思い出すだけで恥ずかしくなり、なぜあんな独りよがりなことをしでかしていたのかと思わずにはいられない。



「分かったなら、じゃあ今日はここまで」



 そんな恥ずかしさと、日並に怒られたというショックから、もはや彼の言葉に逆らう気力は残っていなかった。



「今日はその、ごめん……」



 促されるままに玄関へと向かったところで改めて謝り、ドアノブに手をかけると、



「それじゃ──」



 別れの言葉も短く、早々にこの場から立ち去ろうとする。



 ──はぁ……。



 こうして、せっかく良い日になりそうだった一日は、心の中のため息と共に終わることになってしまう──そう結論づけた、その時だった。



「友戯」

「──っ!?」



 背後から囁かれた自身の名前と、突如として伝わってきた温かい身体の熱に、意識が現実へと引き戻される。



 ──な、何が起きっ……へっ……!?



 下を見れば、背中から回された二つの手が、自分の身体を優しく包み込んでいるのが分かる。


 しかし、先ほどまであんなに不機嫌だった日並がそんなことをしてくれるなどとは夢にも思っていなかったため、これが現実なのかどうかも判断できない。


 一つ確かなことは、心臓がもうバックバクであるということだけで、



「その、さっきも言ったけど、気持ちは凄く嬉しいからな?」

「っ……」



 そんな状態で耳元に優しく語りかけられれば、もう堪ったものではない。



「だからえっと、これはお返しというか──」



 彼が何かを言っているのかも頭に入らないままに、



「──って、友戯っ!?」



 気がつけばその場から駆け出してしまっていた。



 ──あ、熱いっ……。



 あれだけ自分から抱きついておいて、今さらなぜなのか。


 その答えは分からなかったが、ただ一つ言えることはある。


 それは……



 ──もうっ、なんなの今の〜っ……!!



 皮肉にも、今後気軽に抱きつける気がしなくなった、ということであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る