第94話 ※二人してドキドキです。
日並くん宅を去ってからすぐのこと。
──二人の時、どんな感じなんだろ。
そんなちょっとした引っ掛かりから足を止めたエルナは、鞄の奥にしまい込んだままだった盗聴器を取り出していたのだが、
──え、どういうこと??
早々にして困惑させられる事態となっていた。
『──ねえ日並、どう……?』
それもそのはず、エルナがいた時とはまるで違う甘い声で、親友の少女が喋っていたのだから。
トイレから戻ってきた時の盗み聞きでもそうだったが、やはりそういうことなのだろうかとも思ってしまうも、
──うーん……でも、さっきの感じだと恋愛感情とかじゃ無さそうだったんだけどな……。
その後に放たれた、二人が仲良くなってて嫉妬したという旨の発言のせいでどうもしっくりこない。
もし恋心であるのならあんなにハッキリと言うわけがなく、雰囲気からしてあくまで友達としての嫉妬であることは間違いないだろう。
──って、別に恋愛感情じゃないからどうって話だけどっ……!
まあそもそも、こんなことで悩む理由など無いはずではあるのだが、
「…………」
心とは裏腹に腰はしっかり階段に据えられており、耳はすっかり盗聴器の向こうに澄ませてしまっていた。
『ど、どうって……?』
『だから、ルナと比べてってこと』
当然、彼らの会話は筒抜けになっているわけで、
『えっとその……凄く落ち着く、かな』
『そ、そっか……』
あの二人にしては妙な距離感も伝わってくる。
──な、何をしてるのっ……!?
だが、音が聞こえてくるだけでは全てが分かるわけもない。
何やら、エルナと比較ができるようなことをしているらしいが、曖昧な言葉ばかりのせいで内容は不明で、余計に真実が気になってしまう。
『ひ、日並もして』
『えっ』
エルナはより一層意識の全てを耳に集中し、
『ほら、前みたいに』
『お、おう……』
『っ!』
『これで、いいか?』
『ん……ありがと……』
機械越しでさえ感じざるを得ない、良さ気な雰囲気に、
──ゲームッ!! ゲームやってるだけだよねッ……!?
思わず機械をぶん投げそうになってしまった。
「ハァ……ハァ……! お、落ち着いて、エルナっ……」
肩を上下させながら息を切らすほどに動揺してしまったが、過去の記憶を思い返すことで何とか平静を取り戻そうとする。
──ほら、初めて盗聴した時も紛らわしいことしてたからっ……! 多分、今回も思い過ごしっ……!!
実際のところ、くすぐり合いをするくらいには距離感がおかしい二人なのだ。
何をしているのかまでは想像がつかないものの、一線を超えている可能性は限りなく低いはず。
──それに、喋れてるってことは、少なくともキスとかはしてないっ……!
加えて、いやらしいことをしている気配も無いので、とりあえず恋人同士ということも無いだろう。
『……なあ、友戯』
『ん、なに……?』
と、無意識に一安心していたエルナだったが、その間にも会話は続いていき、
『その、やっぱそういう……』
『? えっと……?』
やがて、日並くんの声が上擦ってきたかと思えば、
『だ、だからっ……!』
『え、わっ……!?』
何やら、ドタバタと揉めるような雰囲気が漂ってくる。
一転して、危なげな空気が醸し出されてきた状況にに、
──ん?
その頃にはもう、エルナの頭の中には嫌な予感が駆け巡り始めていて、
『こういうことしたいのかっ……てことだよっ……』
『あ……』
次の瞬間、先ほど得たばかりの安堵感はどこか彼方へと消え去っていた。
何せ、日並くんの聞いたことないほどに真剣な声が聞こえてきたかと思えば、
『だ、だめっ……日並っ──』
続けて、焦ったような恥ずかしがるような、そんな遊愛ちゃんの声が聴こえてきて……
バキャッ!!
気がつけば、握っていた受信機がグシャリとひしゃげてしまっていたのだから。
「え、あっ!?」
今さら慌てても時すでに遅し。
「お、おーいっ……動いてーっ……!!」
いくら呼びかけても、向こうの声が聞こえてくることはついぞ無かった。
──も、もう〜っ! これじゃあ、何が起きたのか分からないじゃんっ……!!
役に立たなくなった機械に憤るエルナだったが、どう考えても自業自得である。
──なに、日並くんがナニかしたの? そんなことある? いやいや、日並くんが遊愛ちゃんを襲うなんてそんな勇気あるわけ……で、でも遊愛ちゃんもなんか怪しいことしてそうだったし……。
二人の声が聞こえなくなった今、頼れるのは己の想像力のみ。
否が応でも、彼らがいかがわしいことをしていたのではないかという思考に行き着いてしまう。
──でも、流石に……。
とはいえ、あまりに突拍子が無いのも事実で、どちらかといえばそんなことは起きていないだろうという気持ちの方が強い。
「う、うぅ〜〜ッ!!」
結果、僅かに残った可能性に頭を抱えながら悶えさせられたエルナは、
──本当に何かあったなら、変化があるはず……。
ふと、それを確かめられるかもしれない良い機会があることを思い出し、
──つ、使わないのも勿体ないし、ね……?
本来使わない予定だった、ポケットにしまっていた一枚のチケットへと手を伸ばしてしまうのだった。
そんな、少女が一人悶々としていた裏では、別の理由でドギマギさせられている少女──友戯遊愛がいた。
──なんで、こんなことにっ……。
思い出されるのはほんの少し前の光景。
親友であるルナが日並に抱きついていたのが羨ましくて、つい大胆な真似事をしてしまったのが事の発端だった。
ちょっとした出来心ではあったが、やはり彼に触れているのは心地が良く、やって良かったとそう喜んでいたのだが、
『こいうことしたいのかっ……ってことだよっ……』
現在、床の上に押し倒される形となった遊愛にはもう、そんな余裕は欠片も残っていなかった。
──ひ、日並っ……。
見下ろしてくるその真剣な顔に、自然と鼓動が速くなる。
彼の言っている意味が分からないほど、遊愛も子供ではなかったからだ。
両腕を押さえつけられ、腹の上に跨がられたこの状況は、言うまでもなくその前兆であり、このまま縦に頷けば何が起こるかは明白であった。
──ど、どうしようっ……!?
それどころか、軽く拒否した程度ではあっさり食べられてしまう可能性さえある状況。
だからといって、強く拒絶できるかと言われればそれも難しかった。
言うまでもないが、先に仕掛けたのはこちらである。
もちろんそんな意図は無かったが、こうなるだけの余地は充分にあったとも自覚していた。
──こういうことがしたかった……わけじゃないけど……。
質問に答える猶予をくれているが、もし仮に返すのであれば当然ノーである。
そこまでいったら完全に恋人であり、遊愛の求めているところとは少しズレてきてしまう。
──でも、日並がしたいって思ってるなら……。
が、しかし、彼に求められていると思うと、不思議とそれはそれで悪くないような気もしてくる。
そうでなくとも、激しくなる鼓動の音と顔に集まってくる熱で思考はどんどん蕩けてきていて、まともに働きそうにない。
もうこのまま受け入れてしまった方が楽だと、考えることを放棄した遊愛は、
「だ、だめっ……日並っ──」
形ばかりの抵抗を口にすると、近づいてくる彼の顔を見てとうとう目を瞑ってしまった。
──く、くるっ……。
人生で初めて、唇を奪われる。
その事実が頭をよぎるだけで、さらに顔が熱くなっていき、
「っ……」
衝撃に備えて口をきゅっと締めると、やがて永遠のように長い静寂が訪れ、
「…………」
心臓の音だけが響いてくる、そんな悶々とする時間だけが過ぎていくうち、
──…………あれ?
やがて、いつまで経っても何も起きないことに違和感を覚え始める。
いくら心の準備が必要にしても、ここまで来たら逆に冷めてくるレベルだと、恐る恐る目を開けた遊愛は、
「日並……?」
先ほどと全く変わらない状態でピタリと硬直した少年の姿を視界に映した。
いったいどうしたのだろうかと、その目を見つめていた時、
「じ──」
彼は、おもむろに口を開くと、
「──冗談に決まってるダロ……?」
能面のように無機質な顔で、そう告げてくる。
──冗談……?
それを聞いた遊愛は、今までの流れを頭の中で整理した後、
「っ〜〜!!??」
どこか期待してしまっていた自分を思い出し、別の意味で赤面させられてしまうのだった。
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