第93話 ※勝手に問題を増やさないでください。
友戯からデート(仮)のお誘いを受けた後のこと。
色々とキナ臭い状況に陥ったトオルではあったが、やることは変わらない。
「じゃあ、何やる?」
予定通りゲームをやって、いつものように楽しむ。
あれこれ考えても答えは出そうにないので、これがベストな選択だろう。
「うーん……」
そんなトオルの質問に、友戯は小さく唸りながらこちらと石徹白さんを交互に見た後、
「デビハザ、とか?」
「っ!?」
まさかまさかの無慈悲すぎるものを選んできた。
先ほどからの流れもあって、あまりに石徹白さんに対する仕打ちが酷すぎると思うも、
「なんかズルかったし……」
「え」
若干いじけたようにそう言われてしまえば、トオル的には非常に断りづらくなる。
──ず、ズルいって、まさかさっき抱きつかれてたことか……!?
しかも、その意図が数分前の疑念にも繋がりかねないものであった。
そんな直球で言って来ないだろうとは思うものの、さっきのお誘いのことを考えると割とあり得るのではとも思ってしまう。
「ほ、ほらっ、暗くしながらやってたの。何か面白そうだったから」
「ああ、そういうこと……」
が、幸か不幸か、実際にはとても健全な理由であられた様子。
これはこれで自分が下心を抱いていたようで嫌になるが、まああながち間違ってもいないので致し方ない。
「でも、石徹白さんは──石徹白さん?」
それよりも、石徹白さんが大丈夫なのかが一番の問題だろう。
「え、あ、うんっ……わ、私は……」
そう思って確認してみると、案の定困った表情で声を震わせていた。
「ルナ、無理しなくてもいいよ? 用事もあるみたいだし、先に帰っても大丈夫だから」
すかさず友戯もフォローを入れてくるが、そもそも君のせいではと思わずにはいられない。
「……遊愛ちゃん、なんか帰らそうとしてない……?」
「えっ」
と、石徹白さんも何か違和感に気がついたのか、珍しく友戯に訝しむような視線を向ける。
「別に、そんなことないけど……」
「ふーん……」
友戯は平静を装おうとしているが、ジトーっとした視線を受けて微妙に目が泳いでしまっていた。
──帰らそうとしてたなこれは……。
付き合いも長いのでこれは間違いないだろう。
しかし、そうなるとまた問題が出てきてしまう。
──って、二人きりが良かったってことじゃね!?
もちろん、わざわざそんなことをしようとした理由が原因である。
こうなると、やはり友戯にはただならぬ想いがあるのではと邪推させられてしまうではないか。
「……私、お邪魔虫だったり?」
「だ、だから違うってっ……」
ただ、そんなトオルのドギマギはさておき、二人の間に妙な雰囲気が漂い始める。
石徹白さんは相変わらず笑顔を浮かべているもののどこか迫力があるし、友戯は友戯でどんどんと焦りを隠せなくなってきていた。
──こ、この流れはッ……。
二人きりになりたがる友戯と、それを責める石徹白さん。
前日に景井から聞かされた例の噂もあって、このままでは噂に聞く修羅場になるのではと、不安な気持ちが込み上げてくる。
「もしそうなら、私もうかえ──」
そして、ついに石徹白さんが立ち上がってしまったその時、
「ご、ごめんルナっ!」
友戯が声を張って謝ったことで、場に静寂が訪れた。
これには石徹白さんも目を丸くし、
「その、最近二人が仲良くなってきてたから、ちょっと嫉妬してたかも……」
続く言い分に、トオルもまたスッキリしたような心地になる。
──なんだ、そういうことか。
どうやら、最近の友戯がグイグイ来てたのはそういうことらしい。
言葉だけだと勘違いしやすそうだったが、ニュアンスからしてやはり友達的なベクトルでの好意だったようである。
少し期待していた分、残念に思う部分も多少あったが、何だかんだこうであってくれて安心する気持ちの方が強かった。
「そ、そうだったんだ……私こそ、なんかごめんね……?」
「ううん、ルナも大事な友達だってこと、忘れないようにしなきゃだよね」
一触即発かと思いきや、一転して二人を包む空気は和やかになっていく。
「あーでも遊愛ちゃん、私には嫉妬して意地悪するのに日並くんにはしないんだー」
「え?」
すっかり元に戻ったのか、石徹白さんが意地悪そうにそう言うと、
「不公平だなー、同じ大事な友達なのにー」
「そ、それはだって、そのっ……」
良い言い訳が思いつかなかったのか、友戯はしどろもどろになる。
「はいはい、日並くん独り占めしてごめんねー? 今日は反省して帰りまーす」
「ち、ちょっと待ってルナっ……!」
結果、慌てる友戯の制止も虚しく、石徹白さんはそそくさと部屋の外へと消えて行ってしまった。
「…………」
「行っちゃったな……」
あの様子からして、本気で機嫌を損ねているというわけでは無いだろうが、不満が残ったのもまた事実なのだろう。
「まあ、友戯が悪い気はする」
「うっ……日並まで……」
確かに石徹白さんの言うことは尤もで、トオルとしては嬉しいが一般的な配慮に欠けていたのは事実に思えた。
「次から気をつける……」
「うん、そうしとこう」
とはいえ、友戯にも自覚は生まれたらしいので、これ以上責めることもないだろう。
トオルは区切りを変えてゲームの準備をしようとし、
「あ、待って」
しかし、友戯が待ったをかけてくる。
どうしたのだろうかと思いつつ、そのまま部屋の外に出ていった友戯を待っていると、
「鍵、閉めてきたから」
「おお、ありがとう」
どうやらさり気ない気配りだったようである。
これに、素直に感謝を述べるトオルだったが、
「…………」
直後に、黙ってこちらを見つめてくる友戯を見て急に嫌な予感がしてくる。
「ど、どうした友戯──」
妙な迫力に堪えかねたトオルは意図を尋ねようとするも、
「さっきの」
「──えっと?」
返ってきたのは意味の分からない言葉。
「さっきの、やっていい……?」
何かをやりたいという、その強い意志だけは伝わってくるその勢いに、
「え、あ、おう」
トオルは思わず首を縦に振ってしまうが、
「ん、ありがと……」
そう、顔を赤らめながら礼を言う姿を見て、選択を誤ったことに気がつく。
「あのっ、友戯さん……?」
何せ、座っているトオルのもとに、彼女は四つん這いで近寄って来ると、
「ちょっ……!?」
止まることなく、胸の内へと飛び込んてきたのだ。
そして、躊躇うことなく背中に手を回してくると、
「る、ルナのまねー……」
恥ずかしそうにボソリと囁きながら、脚まで絡めてくる始末。
──いや、何しとんのッ……!?
もちろん言葉の内容から何をしているつもりなのかは察しているが、そういうことではない。
確かに、やっていることだけを見れば石徹白さんのそれと同じではあるが、反射的に出たものと違い、今回のは明らかに積極的なものなのだ。
意味合いは全然変わってくるし、そうなると当然トオルの心理的負担も大きくなるわけで、
──こ、これは良いのかっ……!? いっちゃっても良いのかぁっ……!!??
一瞬で理性が溶けるのもまた、自然の摂理であった。
自分の部屋で二人きり、抱きついてくる少女。
鼓動が高鳴る中、頭は沸騰しそうなほどに加熱していき、
──どうする……? どうすんのっ……?? どうすんのよ、俺ッ……!!??
自身の両手を見つめたトオルは、その行き先が書かれたカードを幻視すると、頭の中で激しい葛藤に苛まれるのだった。
そんな風にトオルが困惑していた頃。
人気のない非常階段には、一人の少女が座っていた。
彼女は、鞄の奥に仕舞ったままであったとある機械を耳に当て、その音を聴いていたのだが、
『──る、ルナのまねー……』
突如聴こえてきた、照れくささの混じった甘い声に、
──え、どういうこと??
これまた、特大の疑問符を頭上に浮かべているのだった。
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