第91話 ※お節介が後から効いてきます。

 衝撃のホラー展開から数分後。



「ごめんねエルナちゃん? うちのトオルが意地悪したみたいで」

「い、いえっ、私もちょっと悪いところはあったので……」



 一時は終わったかとも思ったトオルだったが、ちゃんと説明をしてみれば変にこじれることもなく事態は収束していた。



「ね、日並くん?」

「は、はい……」



 代わりに、友戯のいる前で下手にしらばっくれることもできなかったため、意図してからかっていたことが石徹白さんにバレてしまっている。


 なので後が怖かったが、これは因果応報でもあるので致し方あるまい。



「はぁ……日並らしいといえばらしいけど……」



 ちなみに一通りの事情を教えた友戯はといえば、呆れたようにため息をついていた。



「それにしたって、あんな状況になる?」

「石徹白さんの怖がりがあそこまでとは思って無かったから……」



 実際、意図せずして薄暗闇で抱き合ってる状況などそうは作れないので、彼女の気持ちも尤もである。



「なに、日並くん……?」

「い、いえなんでもっ」



 と、そんな些細な言い訳も咎められつつ、



「それより、友戯はなんでここに?」



 話を逸らすために、先ほどから気になっていたことを尋ねる。



「ああうん、それなんだけど──」



 すると、特に躊躇をすることもなくことの流れを説明してくれた。


 どうやらあの後、いい加減隠す必要も無いのではと思ったらしく、なんと友戯は自分から母さんに声をかけたらしい。


 しかも母さんも友戯のことを覚えていたようで、話が盛り上がるままにトオルのもとへと案内されたということのようである。



「──な、なるほど……」



 確かに、やましいことは無いのだから堂々としていればいいという理屈は分かる。


 分かるのだが、些か性急に過ぎないだろうかとは思わずにいられない。



「まったくもう、隠すことないのに」

「いやだって、母さんは絶対イジってくるでしょ?」

「当然!」



 心なしか顔がツヤツヤしている気のする母に正論をかませば、悪びれもなく肯定してくる。



「小学生以来、女っ気の一つも無かったあんたにいきなり二人もよ!? これをイジらずして母は名乗れないでしょ!!」

「あんたの中の母親像どうなってんだッ!?」



 その清々しいほどのはっちゃけぶりに、トオルもついツッコミを入れてしまう。



「…………」

「あはは、なんか懐かしいね」



 ハッとなって二人の少女を見てみれば、片方は驚いたように目を見開き、もう片方は温かい目をしながら薄く微笑んでいた。


 石徹白さんの前では気を遣いがちだったため、こうした側面を見られたと思うと徐々に恥ずかしくなってきてしまう。



「っ! そうだ、いい加減行かなきゃ!」



 と、ここでスマホが鳴った母さんは、何度目かとばかりに用事を思い出した様子。


 これはありがたいと、すぐにでも駆け出しそうなその背を見送ろうとするが、



「と、その前に──」



 何故か、彼女はもう一度こちらを振り返ると、



「はい、これ! せっかくだから三人で使って!」



 チケットらしきものをトオルに差し出してきた。



「じゃ、お邪魔虫はここで退散しますね〜」



 そして、役目を終えたとばかりにそう言い残してきたので、自覚があるならもっと気を遣ってくれと思わずにはいられなかった。



「何それ?」



 そんな恨みがましい思いを抱いていると、横から友戯が声をかけてくる。


 これ以上考えても時間の無駄だと、思考を切り替えたトオルは無理やり手渡されたそれに目を通し、



「……プールのチケット?」



 やがて、母のお節介がまだ続いていたことを理解させられ、思わず頭を抱えてしまうのだった。








 その後、ようやく落ち着いてきたところで、ついでに三人で遊ぶことになったのだが、



「どうしよっか、これ」



 まずは先に解決すべき問題があった。


 もちろん、先ほどお節介なおばさんから貰った、三枚の紙切れのことについてである。


 タイミング良く持ち合わせていたものだとは思いつつも、貰ったからには使わねば損だろう。



「私は全然大丈夫だけど……ルナは?」

「え、ええっと……」



 そう思うも、約一名乗り気でない者もいた。



 ──まあ、石徹白さん泳げなさそうなこと言ってたしな。



 日差しの強いところが厳しいという理由から、泳ぐ機会がほとんど無かった彼女のことだ。


 プールに行ったところであまり楽しめないのかもしれない。



「一応、屋内プールみたいだけど」

「うーん、そうなんだけど……」



 とりあえず、日差しの問題自体は大丈夫なことを伝えるも、やはり顔色は優れなかった。


 もしかすると、トオル自身が原因の可能性もあったが、流石にここで自分だけ抜けると言うのは気を遣わせてしまうだろう。



「無理しなくていいよルナ」

「遊愛ちゃん……う、うん、今回はそうしよっかなっ」



 結局、友戯から案じる言葉を受けた石徹白さんは、断念することに決めたようだった。


 三人で行けた方が賑やかにはなりそうだったが、こればっかりは仕方ないだろう。



「分かったよ、残ったチケットは……石徹白さんの家族にでもプレゼントしちゃって?」

「あ、ありがとう」



 余った分は贈呈者の予定通りそのまま石徹白さんに渡しておく。


 例え使い道が無くとも、押しつけてきたあの人が悪いので恨まれる筋合いもないので、これで充分である。



「じゃあせっかくだし、少しゲームでもやるか!」

「ん、おっけー」



 気を取り直して、ここからは自由に楽しんでいこうとそう宣言し、



「あ、ごめんねっ、ちょっとトイレに……」

「え、ああうん、いってらっしゃい」



 しかし、その前に石徹白さんが一旦の離脱となった。



「……にしても、プールか。学校以外だとほぼ行ったことないな」

「そうなの?」



 必然、待っている間はプールの話題で持ちきりになり、



「あ、でも私もそんなには行ってないかも。ルナのこともあるし」

「へー……」



 少しして、僅かな沈黙が訪れたところで、



「……にしても、友戯と二人きりでプールかー」



 ふと、そういえばそうだという事実に気がつく。


 もちろんそこに他意は無く、ただの他愛もない呟きだったのだが、



「昔でもこういうのは無かったよな──友戯?」



 違和感を覚えて友戯の方を見てみれば、様子が妙におかしかった。



「え、あ、そ、そうかも……」



 急に視線が泳ぎ出し、顔もほんのりと赤くなっていたのだ。


 一瞬、いったいどうしたのかと思ったトオルだが、



 ──あ。



 ここで、トオルもその理由に思い当たってしまう。



 ──え、待てよ、友戯と二人で外出? それもプールで?



 当たり前のように語っていたが、よくよく考えなくともこれは完全にあれだった。



 ──これ、デートじゃね!? 



 そう、わざわざ濁す必要もない、紛うことなく良い感じの男女がやるそれでしかなかった。



 ──い、いやいやっ、デートってなら家に呼んでるのも似たようなものだしっ。



 バクバクと高鳴る鼓動を落ち着かせるため、何とか言い訳を試みようとするも、



 ──ああでもっ、水着姿の友戯とってのは流石にまずい気がっ……。



 状況が状況だけにそれも難しい。


 そもそも、海やプールといった場所にほとんど行ったことのないトオルにその手の耐性は無く、あの友戯のものとなれば相当に理性が狂わされそうだった。



「……ひ、日並っ」

「な、なんだっ……!?」



 ただ、そんな思考に耽っているトオルに、答えがまとまるよりも早く友戯が話しかけてくる。



「えっとっ──」



 その、覚悟を決めたような、しかし恥ずかしさも入り混じったような表情に、トオルの鼓動は一際大きくなり、



「──こ、今度っ、一緒に水着買いに行かない……?」



 直後、放たれた特大級の誘い文句に、抵抗も許されずに一撃でノックアウトされてしまうのだった。

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