第90話 ※これがホラーです。

 石徹白さんを強制連行した後、すでに準備が終わっていたこともあってゲームはすぐに始まる。



「石徹白さんやってみる?」

「わ、私は見てるだけでいっかなっ、難しそうだしっ」



 が、試しに提案してみるも予想通り断られてしまった。


 もちろん、それごときで諦めるトオルではないので、



「うーん、でもせっかくだしやってみてもらいたいんだけどなぁ……難易度一番簡単なのでいいからどう?」



 どうしてもという雰囲気を醸し出しながら説得を試みる。


 問題がそこではないということをトオルは知っているが、彼女からしてみれば下手に断り続けるのも難しいだろうと思っての算段である。



「で、でも……」

「とりあえず最初だけでいいからっ……だめかな?」

「うっ……」



 そんな思惑が功を奏したのか、石徹白さんは少しずつ困ったような表情に変わり始め、



「ほ、本当に最初だけ、ね……?」

「そっか! ありがとう!」



 もはや語るに落ちるなレベルに渋々引き受けてくれた。



「それじゃあ、はいコントローラー」

「うん……」



 コントローラーを持った瞬間、カチカチに固まってしまったその姿を見るとちょっと可愛そうになるが、少しくらいは許してほしい。



「うぅっ……」



 と、いうわけで。


 さっそくOP《オープニング》ムービーが流れ始めたのだが、石徹白さんはすでに顔色が悪かった。



 ──いや、まあこれは普通に怖いよな……。



 物語は、異動先の街へと向かう警察官の主人公がパーキングエリアにたどり着いたところから始まる。


 そして辺りはすっかり暗いにも関わらず、店内には一切明かりが点いていないという状況。


 そんないかにもな雰囲気が漂う場所を調査するため、自らキャラクターを操作して入って行かねばならないのだから、初見なら大抵の人はビビるものだろう。



「えっと……これ、入らないとかは……」

「うん、無いね」

「だ、だよね……」



 石徹白さんも例に漏れず、動きを止めながら確認してくるが、慈悲はない。


 軽く操作説明をしてあげれば、ようやくちょこちょこと前に進み始める。



「っ……何か、聞こえるんだけど……?」



 すると、入り口を潜ってすぐにどこか遠くから物音のようなものが聞こえてきた。


 お察しの通り導かれるままに進んでいくと、敵さんとの初邂逅になるのだが、



「石徹白さん?」

「ち、ちょっと待ってね? まだ操作に慣れてなくっ」



 初っ端からもうダメそうであった。


 前に進む程度のことは簡単にできるはずなので、これはもう完全に怖がっているとしか言いようがない。



「あの、やっぱり怖いんじゃ」

「ち、違うからっ……本当にっ……」



 しかし、石徹白さんはなおも認めようとはしない。


 素直に認めたらここで止めさせても良かったのだが、こうなっては仕方がないだろう。



「それじゃあ先、進もう」

「……分かった」



 証拠を見せろと言わんばかりに先を促すと、石徹白さんは一つ深呼吸をした後に、覚悟を決めた表情で操作を再開した。



 ──さあ、来るぞ。



 そして、奥のスタッフルームの前までやってきた頃には、扉の先から誰かが争っているような音が響いてくる。


 石徹白さんはこれに一瞬怯みつつも、トオルから向けられた視線に押されるように一歩を踏み出した。



『おいっ、そこのあんた! 手を貸し──』



 そこには、警備員らしき男性が何者かと取っ組み合う光景が広がっており、



『──ぎ、あぁああッ!?』



 次の瞬間、彼は相手の男に首を噛みつかれて息絶えてしまった。


 残ったのは、青白い肌に生気の宿っていない目を持ち、傷だらけの口から赤い血を滴らせる人型の何か。


 次の獲物を見つけたそいつは、両手を伸ばしながらこちらに歩いてきて……



「は、はいきた〜ッ!! 全然怖くない〜ッ!!」

「っ!?」



 直後に、石徹白さんの聞いたことないほどデカい声が鼓膜をつんざいた。



 ──うるっさ!?



 声の大きさで恐怖心を誤魔化そうとしたのか、最悪近所迷惑になりそうなレベルの大音量である。



「ほ、ほらね? 普通でしょ?」



 予想外の衝撃に気を逸らされているうち、言われて視線を戻してみればいつの間にか敵が倒されていた。


 何という荒業だと思いつつも、こちらも色々と画策しているので人のことは言えなかった。



「は、はぃ〜またきた〜ッ! もう慣れたから大丈夫〜ッ!!」



 その後も、突如敵の湧いてきた店内から脱出するシーンでも同じ手法で何とかやり過ごし、



「っ…………」



 警察署へ向かうシーンでも、顔が引きつってはいたが、今度は逆に声を押し殺すことで無事に誤魔化すことができていたようにも見えなくはなかった。



 ──よくやるよ……。



 色々とキャラ崩壊してしまっているが、そこまでして弱みを見せたくないという点には一種の尊敬さえ覚え始めてしまう。



「はいっ、私はこのくらいでいいかなっ……!」



 しかし、割と限界自体は迎えていたようで、警察署へたどり着いてすぐにコントローラーを明け渡してきた。



「もういいの?」

「うんっ、私、こういうのは見てる方が好きかなーって!」



 一応聴いてみるも、彼女の意志は固いようである。


 トオルとしても、もう充分に懲らしめたとは思っているので、これ以上やらせるという選択は無い。



「ん、分かった、じゃあこっからは俺がやるよ」

「っ! あ、ありがとう……」



 素直に引き受けると、石徹白さんはよほど嬉しかったのか、感謝の念が漏れ出てしまっていた。


 もちろんそこを突っつくこともできたが、多分認める気は無いのでやめておくことにする。



「あ、もうちょっとゆっくり……」


「あの、音量下げてもらってもいいかな……?」


「っ……日並くんっ、ちゃんと敵倒してっ……!」



 それからしばらく、クッションを盾にしながら細かい要求をしてくる石徹白さんに苦笑しつつ、比較的穏やかな時間が過ぎていった。



 ──まあ、このくらいが限界か。



 本当は飛び跳ねるくらいびっくりしてもらいたかった気持ちはあったのだが、致し方ない。


 用事があるというのが本当かは分からないが、そろそろ潮時だろう。



「石徹白さん、用事の方は大丈夫?」



 そう思いこちらから提案してあげるが、



「え? あ、うん……そうだね……」



 何故か、少し名残惜しそうな石徹白さん。


 一瞬どうしたのだろうかと思いつつも、



 ──もしかして、何だかんだ楽しんでくれたのかな……?



 そうだったら嬉しいというだけの、願望の入り混じった答えで自己完結することにした。



「えっと、今日はごめんね? 色々と……」

「いや、もう気にしてないよ。むしろ一緒にゲームできて楽しかったし」

「そ、そっか……」



 二人して立ち上がったところで、自然と別れの挨拶が始まり、



「……それじゃあ、行くね?」

「うん」



 妙にしんみりとした空気の中、石徹白さんを玄関まで見送ろうとした、その直後、



「っ!?」



 彼女が急に、肩をびくりと跳ねさせる。



「どうしたの?」

「い、今何かそこにっ……」



 何事だろうかと思い尋ねると、カーテンの方を震えながら指さした。


 釣られてそちらを見てみるも、何も映ってなかったが、



「ひっ!?」

「っ!」



 すぐにトオルも目撃することになった。


 外の明かるさでほのかに光るカーテンに、素早く蠢いた黒い影。


 どう見ても何かがそこにおり、部屋の雰囲気も相まって妙に不安にさせられる気持ちは何となく分かった。



「いや、これさっきのセミ──」



 が、その正体を何となく察したトオルはすぐに平静を取り戻すと、石徹白さんを安心させるためにそう伝えようとし、



 ブブブッ……!!



 残念ながら、僅かに遅かったようである。


 窓にぶつかりながら不愉快な音を立てたそれに、石徹白さんの理性は限界を迎えたようで、



「ぃ、ひぃっ〜〜!!??」

「ちょっ……!?」



 突如、本日二度目の声にならない悲鳴を上げた彼女は、近くにいたトオルに縋りつくように抱きついてきてしまった。



 ──ぬぉぉっ!!??



 その勢いたるや凄まじいもので、直前に身構えたトオルをあざ笑うかのように容易く押し倒すほど。



 ──こ、これはまずいっ!!



 トオルの胸に顔を埋めてきた石徹白さんは、当然のごとくぎゅうっと身体にしがみついており、トオルはもう何度目かも分からないやわな胸の感触を味わわされる。



 ──もうっ、全身がっ、くっついてるっ……!!



 だが、今回はそれだけで終わらない。


 何せこれは事故ではなく、恐怖心からくる明確な防衛行動なのだ。


 故に抱きつき方も本気であり、胸はもちろんのこと、こちらの脚を挟んでくる太ももや、膝の上に乗ったお尻までしっかりと密着してしまっていた。



 ──あれっ……石徹白さん短いスカート履いてなかったっけっ……!?



 しかも、ここに来て彼女が薄着であったことを思い出してしまったことで、否が応でも膝へと意識が集中する始末。



「うぅ〜っ……!!」

「お、落ち着いて石徹白さ──」



 このままではこちらの理性が持たないと抵抗を試みようとするも、



「──いだだっ……!?」



 今度はいきなり背中に激痛が走った。



 ──お、折れるッ……!!



 どうやら、底知れない彼女の力が、加減を忘れているようである。


 天国のような心地から一転、背骨を折られる恐怖を植えつけられたトオルは、



 ──こ、ここまでかっ……。



 助けを求めるように手を伸ばし、



 ──へ?



 即座に、別の意味で青ざめることとなった。


 何故なら、



「あらまごめんなさいっ……!」



 そこには口もとを両手で覆う母親の姿と、



「……なに、してるの?」



 侮蔑するような目線でこちらを見下ろす、親友の姿があったからだ。


 なぜ、どうして──そんな疑問は全て無意味だろう。


 そう悟ったトオルは、どこかで見たことのある光景だと他人事のように一息をつきつつ、全てを諦めてサバ折りを受け入れるのだった。

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