第89話 ※どちらにせよダメみたいです。
狭くて薄暗い男の子の部屋。
そんな場所に、部屋の主である少年と二人きりになったエルナの鼓動はこれでもかというほどに加速していた。
──え、待って、違うよね?
だがそれも当然のことで、本来こうなる予定は無かったのだ。
──偶然近くに寄った
夏休みに入って以降、『生意気な日並くんを分からせる』計画の進行が滞っていたため、つい焦れてしまった結果がこの大失敗である。
ちなみにもちろん、決して日並くんに会えなくて寂しかったとか、そういうことは一切ない。
──日並くんのお母さんは出てくるしっ、日並くんの様子はおかしいしっ、なんなのもうっ……!?
敗因は、彼の母親がいるとは知らずに玄関前で悩んでいたことと、どうせ日並くんだからと男の子に秘められた獰猛さを侮ったこと。
──だ、大丈夫、いざとなったらどうとでもなる。
しかし、その程度で臆するエルナではない。
男女の差があるとはいえ、相手はヒョロヒョロである。
それに、エルナは大の男相手でも容易くひねることができる自負もあった。
例え日並くんが暴走しようとも、軽くお灸を据えてやることなど造作もないはずだったのだが、
──あれ、でももしそうなら計画は成功してるってこと? だったら、こうなるのも当然のような……。
ふと、自身の目標である、彼を自分に惚れさせるというものが成立してしまっていることに気がついてしまう。
自分で誘惑しておいて、いざ襲われたら投げ倒すというのは、いささか酷すぎるだろう。
──ん? じゃあ私、どうしようと思ってたの?
あまりに今さらすぎたが、目標の先のことを考えていなかった。
告白されるにしろなんにしろ、その気持ちに応える必要は出てくるわけで……
──っ〜〜!! ど、ど、どうしよぅっ……!!??
そこにたどり着いた瞬間、エルナの頭が沸騰した。
何せ、相手の気持ちが決まっている以上、後は自分の選択次第で全てが決まるのだ。
様子見で受け入れて付き合うもよし、そのまま一線を超えてしまうことだってよしである。
──ひ、日並くんとっ……。
必然、頭の中はピンク色な妄想で埋め尽くされる。
『石徹白さんが悪いんだよ?』
そう正論を告げられたエルナは抵抗することもできずに抱き寄せられ、
『ま、待って──んっ……!』
最後の足掻きも虚しく、唇を奪われてしまう。
『ん、ぷはっ……』
そして、甘くて蕩けそうな息苦しさから開放されたところで、
『あっ……』
脱力するままに押し倒されると、
『……いいんだよね?』
少し自信がなさげな、それでも確かに男の子としての意地が込められた視線を向けられる。
それに見つめられたエルナは、身動き一つ取れなくなり、
『ん──』
抗いたい気持ちとは裏腹に、小さく頷いてしまうのだった……
「ン゛ン゛ッッッッ!!!!」
「っ!?」
と、そこまで来たところでエルナの処理能力に限界が来てしまった。
──だ、だめだめだめっ……そんなのっ、なんていうかっ……ダメッ!!
知識が全く無いわけではないが、彼の手が身体に触れてきた瞬間にその先を想像することができなくなったのだ。
──だいたい、まだ付き合ってもないのにぃっ……!
とはいえ、この後そうなることは確実なうえ、不思議と断る自信も湧いてこない。
このままでは、日並くんごときに純潔を散らされてしまうことは避けられないだろう。
──何か、何か無いのっ!?
気持ちだけが焦る中、何とか打開策を見つけようとし、
「──石徹白さん」
「は、はひぃっ!?」
だが、そんな思考に没頭しているエルナをあざ笑うかのように、ついに彼が動き始めてしまう。
──ひぃ〜!?
彼は腰を抜かすエルナへ無遠慮に近づいてくると、膝を曲げて目線を合わせてきたのだ。
彼の真剣な眼差しに捉えられたエルナは、妄想の時と同じように身体が動かなくなり、
「っ……」
やがて、全てを受け入れるかのごとく目をつむった。
いったいどんなことをされるのか。
一面の暗闇は無意識にそれを想像させ、身体を熱くさせる。
──もうっ、だめっ……!!
そんな熱が全身をくまなく回り、頭がクラクラとし始めた、その直後、
「──これ、一緒にやらない?」
彼の囁いた声が、耳を優しくくすぐり、
「へ? なにこれ?」
恐る恐る目を開いた時には、一転して困惑が勝っていた。
何せ、彼が手に持って見せつけてきたのは、何やらおどろおどろしいイラストが描かれた薄い箱のようなもので、
「えっと、デビルハザードってゲームなんだけど……」
「え、あ──」
そこでようやく、とんでもない勘違いをしていたことに一瞬で気づかされたエルナは、
──あ、あぁぁあぁぁっっ……!!!!
頭の中でのたうち回りながら、別の意味で熱くなった顔を隠すように両手で覆うのだった。
石徹白さんへの逆襲を誓ってからしばらく経った頃。
「あの、大丈夫……?」
「別にっ……」
明かりの消えた部屋の中で先日プレイしたホラーゲームを突きつけたトオルだったが、彼女の反応は予想していたものと少し違かった。
というのも、もっと強がって挑発に乗ってくるみたいな光景を予想していたのだ。
ところが実際は、トオルの気のせいか微かに頬を赤くしながら、不機嫌そうな顔で膝を抱えているばかり。
もちろん、こっそり怖いものが苦手であることを知っていたうえでの行動なので不機嫌になるのはまだ分かるが、顔を赤らめていることの説明がつかなかった。
「ならいいんだけど……」
それに、あまり怖がっている様子もなく、もしかすると言うほど駄目ではない説も湧いてきてしまうが、
『デベゥハズァードッ……』
「ぴっ!?」
このシリーズ恒例の大音量タイトルコールが流れると同時、石徹白さんが情けない声を漏らしたのでその心配は必要なさそうだった。
「あ、あの、日並くん……これって……?」
「うん、昔から人気のホラーゲームだよ。ちょっと前に出た新作だから一緒にやろうかと思って」
「そ、そーなんだーっ」
恐る恐る尋ねてくる彼女に、何も知らないフリをしつつ説明をしてみれば、あからさまな動揺を見せられつい笑いそうになってしまう。
「あれ、もしかしてこういうの駄目だったりする?」
「っ、ま、まさか! 全然へいきだよっ」
おまけに、お決まりの台詞で煽ってみると、これまたテンプレのような回答が返ってくる。
「そっか、じゃあせっかくだし、初めからやろっか」
「う、うん……」
怯える姿を見ると少し可愛そうに思えてくるが、これも自業自得である。
あまり気にしないことにし、さっそく始めようするが、
「あっ!」
突如、石徹白さんは声を上げると、
「私、このあと用事があるからっ」
そう言って、即座に立ち上がり始めた。
「え」
「じ、じゃあね!」
そして、そそくさと部屋を出ていった彼女の素早さは凄まじく、その高い身体能力を失念していたことをトオルは後悔するも、
「っ〜〜!!??」
次の瞬間、部屋の外から声にならない悲鳴が上がる。
「石徹白さんっ、何がっ──」
何事かと思い飛び出してみると、
「──セミ?」
そこには閉まっていく玄関扉と、その外で地面を転がり回るセミの姿があって、
「ち、違うからっ!」
ガチャリと閉じた音の後、尻もちをついていた石徹白さんは顔を上気させながら何かを否定してきた。
「っ……」
別にそこは強がる必要ないだろうと思ったトオルは笑いを堪えるのに必死になりつつ、
「あーこれは仕方ないなー、どこか行くまで一緒に待とっか?」
自身の幸運に感謝しながら助け舟という名の泥舟を出し、
「…………ん」
やがて、玄関扉とトオルを交互に見た石徹白さんは、諦めたように頷くのだった。
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