第87話 ※噂をすればというやつです。
景井から驚きの話を聞かされた、その翌日。
先日と同じように昼下がりをだらだらと過ごしていたトオルは、しかし落ち着かぬ心地で時を過ごしていた。
──『正直、分からないなー。言われてみればそうも見えるけど、俺は石徹白さんのことよく分からないし』。
思い出されるのは昨晩の回答。
結局のところ曖昧なまま終わったそれが、余計にトオルの心情をざわつかせてくる。
──いや、そうなんだろうけどもっ……!
景井の言うことは尤もだったが、どうせならハッキリして欲しいものであった。
これでは自信を持って期待するのも恥ずかしく、ただただ悶々とさせられてしまうではないか。
──もし、もしもそうだったら……どうすれば良いんだ……?
とりあえず分かっているのは、仮に大好さんの予想が当たっていた場合の正しい行動が、まるで思いつかないということ。
恋愛経験が皆無で、奥手も奥手であるトオルからすれば当然の帰結だろう。
──俺にはまだそういうのは無いし……でも、本当にそうならチャンスを逃すのも勿体ない気が……。
石徹白さんと出会ってから日は浅く、トオル的にはまだ、親友の友達の可愛い女の子という程度の認識でしかない。
さりとて、そんな子が彼女になるかもしれないと考えると、期待が膨らんでしまうのも事実。
──石徹白さんと付き合う、かぁ……。
シミュレーションと称した妄想が始まってしまうのも致し方のないことだろう。
──例えば、学校だったら。
昼休み、いつものように食事を共にしていると、
『日並くん、あ~ん』
『え』
周りの目も憚らず、自身の弁当からタコさんウインナーを差し出してきて、
『なに? 私のお弁当食べられないの?』
『いやいや、そんなまさか!』
『じゃ、はい、あーん──』
照れくさがるトオルに、少し不機嫌になりつつも、無理やり食べさせてくる。
それを、周りの男子たちが羨望の眼差しで睨んできたり、友戯からジトっとした視線を浴びたりするに違いない。
──例えば、デートをしたりも……。
今は夏、一緒に水着を買いに行ったりして、
『ねえ、日並くんはどれがいい?』
『ええっと……こ、これとか?』
聴かれた通り、恥ずかしがりながら好みのものを選んでみれば、
『ふ〜ん……日並くんってこういうのが好きなんだ〜……?』
口もとを意地悪く歪ませながら煽ってきつつも、結局それに決めてくれたりする。
そんな、傍から見たらどうしようもない惚気に、一緒に来ていた友戯が不機嫌そうにため息をつくのだろう。
──もちろん、家に呼んだりとかっ……。
そうなると、お家でデートという可能性も出てくる。
『あ、もうっ……日並くんズルいっ!』
『はっはっ、これも戦略さ』
ゲームに関しては一日の長があるトオルが、普段の逆襲にとからかい倒していると、
『へ〜……えいっ!』
『っ!?』
限界の来た石徹白さんがゲームを放っぽり出して絡んできて、
『ちょ、石徹白さん、たんまっ……』
『調子に乗った罰!』
『あはは、くすぐったっ……このっ……!』
やがて、揉みくちゃになったところで、
『あっ』
ふとした拍子に押し倒してしまった彼女との間に、妙な雰囲気が流れ始める。
そして、流されるままに二人の顔は近づいていって……
『──私もいるんだけど……??』
「っ!!??」
直後、背後から聞こえてきた低い声の幻聴によって、意識を現実へと返されてしまった。
──駄目だッ……めっちゃ友戯いるわッ……!!
ここに来てようやく友戯の存在を思い出したトオルは、事態がそう単純ではないことに気がついたのだ。
──そりゃそうだろ……友戯がいるんだぞ……?
もし仮に、友戯と知り合っていない状態で石徹白さんに好意を向けられていたのなら、おそらく迷うことなく付き合っていたに違いない。
しかし、現実には友戯の存在は大きなものとなっており、やはり彼女を一番に優先してあげたいという気持ちもあるのだ。
──となると、やはり無理か。
当たり前ではあるが、石徹白さんと恋人の関係になったとしたら友戯との時間は減ってしまううえ、世間一般では恋人の方を重要視する風潮もある。
恋人を作った結果、友戯が悲しむようなことがあるのであれば、トオルとしては避けたいところであった。
──でもまあ、実際のところどうなんだろうな。
ただ、いくら大事とはいえあくまで友達の関係でもある。
意外と恋人ができたことを祝福してくれるかもしれないし、それを期に関係性が変わっていくということも充分にあり得た。
──うーむ、難しいな……。
それからしばらくの間、今まで考えたことの無かった恋愛についてを模索していたトオルは、
──ま、気のせいだよな!
最終的に、そもそもそんなことあるわけが無いだろうという方向に落ち着く結果となっていた。
第一、発端は大好さんの予想でしかないのだ。
恋バナ好きの彼女が導き出した都合の良い解釈であるという可能性も高い──というより、今の石徹白さんとの関係性を思えばむしろそれ以外には考えにくいだろう。
「トオルー、お母さん出かけてくるねー」
「え、ああうん、分かったー」
そう結論づけたところでタイミング良く、いつもより少し早い時間に母から声をかけられる。
これは嬉しい情報だと、適当に返事をしながらスマホへと手を伸ばした。
──ええっと『もう来て大丈夫』……っと。
もちろん、今日も今日とて遊ぶ予定の友戯へと連絡するためであり、この流れにもすっかり慣れたものだったが、
「わっ──」
すぐ直後に、その手早さを呪うことになる。
──なんだ?
何故なら、玄関の方から母の驚く声が聞こえてきたかと思えば、
「あら──したの──」
「──えっ────のでっ──」
急に誰かと会話をしているような雰囲気が漂ってきて、
「──ほらっ──って入ってっ──」
「あっ、わっ──」
やがて、その声が部屋の前まで近づいて来た時には、
──えっ。
事態の深刻さに気がつくことになるのだったから。
──ウソだろ……?
嫌な汗が湧き出てきたトオルは、一心にそうでないことを祈りながら扉の方を見つめ、
「──あのっ、私は大丈夫でっ……わぁっ!?」
無情にも、残酷な真実を目の当たりにすることとなった。
──あっ。
勢いよく開いた扉の、その向こうから押されるようにして姿を表した白髪の少女。
青灰色の瞳は驚いたように見開かれ、陶器のような純白の頬の上には鮮やかな赤が乗っている。
あどけなさの残る可愛らしい顔立ちは、ともすれば人形のごとく整っていたが、その豊かな表情を見れば生の人間であることは疑いようもなく、
「……石徹白さん?」
トオルは反射的に、先ほどまでずっと頭の中に思い浮かべていた彼女の名を口にしていたのだった。
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