第4部 ※夏は青春にブーストをかけます……編

第85話 ※夏休みですがやることは変わりません。

 窓から差し込む、カーテン越しの暖かな日差し。


 それを浴びた身体は、まるでそうすることが自然かのように意識を覚醒させていき、



「──うわっ!? やべっ!?」



 近くで充電中のスマホを手に取った瞬間、急激に冷め渡った。



 ──完全に遅刻じゃんかっ……!!



 それもそのはず、画面に表示されていた時刻は登校時間をとっくに過ぎていたのだから。



 ──なんで誰も起こしてくれなかったんだ!?



 今さら文句を言ってもしょうがないが、分かっていてもそう思わずにはいられない。



「母さっ──」



 部屋を飛び出した少年──日並ひなみトオルは短い廊下を駆けてリビングにたどり着き、



「──ん……?」



 そこに来てようやく違和感を覚える。


 ベランダからの光に照らされたそこには朗らかな陽気が漂っており、



「あら、どうしたのトオル、そんなに焦って?」



 そして、呑気にテレビを眺める母の姿まであったのだ。


 つまり、これは故意に起こされなかったということであり、



「あっ」



 ようやく自分が勘違いしていたことに気がつく。



 ──そういえばもう、夏休みだった……。



 一瞬にして安堵感に満たされると同時、寝ぼけていたことが恥ずかしくなったトオルは、



「……いや、何でもないよ」



 下手にイジられることを避けるべく、そそくさと退散するのだった。








 それから少しして、やや遅めの朝食をとった後。



『日並でもそういうことあるんだ』

『皆勤賞逃すかと思ってほんとびびったわ』



 今朝の出来事を話題に、親友の少女──友戯遊愛ともぎゆあとマインでメッセージのやり取りをしていた。



『そうなんだ?』

『一応な』


『友戯は?』

『私は何回か遅刻しちゃったかな』

『まあ、何となくそんな気はした』


『……どういう意味?』

『友戯マイペースだし』

『まあ、それはそうかもだけど』



 その内容はといえばどれも他愛の無いものだったが、相手が友戯だと思うとつい嬉しくなってしまう。


 友戯が自分のことを好きなのだと自惚れていたが、トオル自身も随分と彼女に入れ込んでいたようである。



『それより、今日はどうするの?』



 そんな風に一人ニヤついていたトオルだったが、本日の予定について話が切り替わると、思わずドキッとしてしまう。



『俺は今日も暇だけど』

『じゃあ日並の家で』



 というのも、以前と変わらず友戯はほぼ毎日のようにトオルの家に来ていたのだが、



 ──くっ……いい加減慣れろ俺っ……。



 その内容はといえば、僅かに、しかし確実に変わってきていたのだ。



 ──好かれているのは嬉しいんだけど……。



 前までもドギマギさせられらような言動はあったが、今は別のベクトルでヤバかった。


 何せ、ゲームをやる時はほぼ肩が触れるくらいの距離まで詰め寄ってくるうえ、マンガを読んだりスマホをイジっていたりする時は平気でトオルの膝を枕に変えて来るのだから。



 ──距離が近いんだよなぁ……!



 もはや友達にしてはやりすぎではないかとも思ってしまうが、そこは人それぞれである。


 彼女がその距離感を正しいと思っているのなら、否定するのもおかしな話だろう。



 ──まあ、本人が喜んでるならいっか。



 結果、毎回悩みはするものの、答えはいつも同じだった。



『おけ』



 快く了承の返事を打つと、友戯からは了解のスタンプが送られてくる。



「ふぅ……」



 トオルは一つ息を吐きつつ、時間が来るまでの暇つぶしのためにゲームを起動するのだった。







 と、そんなこんなで、



「あ、待って、今なんかあったよ」

「え、マジ?」



 昼下がりになった頃には、約束通り友戯の姿が加わっていた。



「うわっ、ヤバい挟まれたっ」

「そこ横に行ったほうがっ──」



 現在プレイしているゲームはデビルハザード2──言わずとしれたサバイバルホラーゲームである。


 瘴気によって悪魔化した生物兵器を倒したり、時には逃げたりしながら真相を紐解いていく人気のシリーズだ。


 今やっているのはとある街を舞台にした二作目なのだが、リメイク版ということもあってグラフィックが一気にリアルになっている。


 そのため、非常に恐怖を感じる出来となっており、本来はいつ敵が出てくるかにビビりながら進めていくはずだったが、



「ちょ、ハメられてるハメられてるっ!」

「あははっ……もう、何やってるのっ」



 現在、二人の間に流れている雰囲気はどうにも楽しげなものだった。


 これはトオル自身もそうだが、友戯もそこまでホラーが苦手では無いのが大きいだろう。



「あっ……ダメだ、死んだわ……」

「っ……つ、次、私ね」



 結果、敵の大群に見事なまでにボコボコにされたトオルを見て、友戯が笑ってしまうという、なんともほのぼのとした空気が流れることになっている。



「いや今のはズルいわ……」

「ん、それは確かにそう」



 ちなみに、現在は死んだら交代というルールのもとにやっているため、次は友戯の番である。



「そういや、友戯ってホラー得意だよな」

「? そうだけど、それがどうかしたの?」



 その時ふと、トオルは気になったことを口にした。



「いやさ、友戯がビビりだったらそれはそれで面白そうだなと思って」

「あー、うん。怖がってくれる人いた方が盛り上がるもんね」



 それは、本当に何となく思った程度のことだったのだが、



「……そ、そのていでやってみる?」

「はい?」



 友戯は何故か、予想以上に話に乗ってしまったようで、



「ほら、私が怖がる役をやる……みたいな」



 斬新な提案を持ちかけてきた。


 正直なところ意図は全く読めないが、本人がやりたいと言っているのだから仕方がない。



「じゃあ、うん、やってみるか」

「っ、そ、そっか……!」



 それに、こうして了承するだけで喜んでくれるのだから、安いものだろう。



「…………あの、友戯?」



 しかし、そんな風に油断していたトオルは、安請け合いしたことをすぐに後悔する。



「な、なに?」

「いや、それは何かなって」



 指摘したのは、トオルの服の袖を掴む謎の指。


 もちろん、それは友戯のものであり、



「だから、怖いフリ」

「そう、か……」



 今になってこれから何が起こるのかを理解させられることとなった。


 まあつまり、どういうことかというと、



「き、きゃあっ」

「っ……」



 ビックリする場面が来るたび、友戯が腕に抱きついてくるということである。



 ──これがやりたかったのね……。



 正直に言うと、似合わない悲鳴を上げる友戯の演技は大根そのもので、まるでニヤつけたものでは無かったが、



 ──まあ、言うて俺も喜んじゃうけども。



 ただ、女の子に抱きつかれるという事象だけでも思春期男子にとっては役得が過ぎるので、文句などあろうはずもない。


 故に結局、当初の目的とは別の理由でニヤけてしまったトオルは、友戯が帰るまでの数時間、このシチュエーションを存分に堪能しまくるのだった。

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