第84話 ※慣れてきた頃が一番危険です。

 時は夕暮れ前。


 マウンドセブンを出たトオルは、相変わらず隣に二人の美少女を侍らせながら帰路へとついていた。



「ん〜久しぶりの遊愛ちゃんとのマウセン楽しかった〜」

「もうっ、大げさ」



 変わったことといえば、先ほどまでと違ってようやく普段の雰囲気を取り戻してきていたということだろうか。


 カラオケを楽しんでいるうちに細かいことを忘れてしまったのかもしれないが、トオルとしては今の方がずっとありがたかった。



「日並くんはどうだった?」

「え、俺?」



 と、一人関係ないことを考えていると、不意に石徹白さんが声をかけてくる。



「ほら、こういうとこあんまり来たこと無いんでしょ?」

「ああ……うん、楽しかったよ」



 大変なこともあったので僅かに逡巡するも、総合してみれば新鮮な体験を楽しめたことの方が大きかった。



「……ほんと?」

「えっと……」



 そう思っての返事だったが、石徹白さんは少し訝しんでいるようである。



 ──まあ、石徹白さんからしたら疑う程度には色々あったか……。



 実際、鬼島との仲介役は青春を味わえた感はあるものの、大きく消耗させられたことは間違いない。


 だが、そのまま答えるのも気遣いが足りないとは思うので、



「まあ、石徹白さんが困った性格なのは分かったかな?」

「っ!」



 ここらで彼女への意趣返しをしておくことにした。


 もちろん、鬱憤が溜まっていたというよりかは、それくらいなら許してくれるのではという信頼感が芽生えていたからだ。



「……日並くん、生意気」



 すると、石徹白さんは見事にぶうたれはしたものの、



「そんなに言うなら、もっと困らせてあげよっか?」

「はは、勘弁してよ」



 すぐにいたずらっぽく笑うと、冗談めかした言葉を口にした。


 猫を被った石徹白さんも悪くないが、やはり素のままの彼女の方が年相応な感じがして良いように思えてくる。



「…………」



 と、そんな風に二人で話していると、沈黙していた友戯が気になって振り返った。



「……友戯のことも忘れてないぞ?」

「えっ」



 いい加減、トオルも学習している。


 友戯の嫉妬心が燃えないよう、構える時は構ってあげるのが正解だろう。



「別に、何も言ってないんだけどっ……」



 そんなトオルの神対応に友戯は口もとを隠しながら視線を逸らすが、今なら分かる。


 あれは気にされて嬉しいのと、図星を突かれて恥ずかしいのとを、何とか隠しそうとしているに違いないと。



「っ……ん、んっ! そ、それより日並はもっと気をつけた方がいいと思うけどっ」



 そう見透かされているのを察したのか。


 トオルに温かい目で見つめられた友戯はわざとらしく咳払いをすると、慌てた様子で話を逸らしてこようとする。



「え、何を?」

「ルナに気に入られると大変だよってこと」



 これに、慈悲を与えて乗っかってあげたトオルは、まさかな内容の言葉をかけられていた。



「ゆ、遊愛ちゃん?」



 当然、突拍子もなく槍玉に上げられた石徹白さんは動揺していたが、



「ほら、ルナってスキンシップ激しいでしょ? だから日並も気をつけないと、色々痛い目とか恥ずかしい目に合うと思う」

「ち、ちょっと遊愛ちゃん……!」



 友戯には無慈悲にもハッキリと物申されてしまっていた。



「あー……まあ、確かに?」

「ひ、日並くんまでっ……」



 少し可愛そうだったので擁護してあげようとも思ったが、間違ったことを言っているわけでもないのでつい納得してしまう。



「うぅ……そ、それを言うなら遊愛ちゃんの方がよっぽど大胆なのにっ……」



 が、簡単に折れる彼女では無いらしい。



「え」

「だってっ、平気で男の子の部屋に毎日行ってるしっ、食べ物のシェアもするしっ、なんでかバレてないけど見られたら絶対誤解されるよ!」



 逆に、友戯への綺麗なカウンターを決めていた。



「あー……うん、確かに」

「うっ……」



 これにも──というよりは、こっちの方がより納得がいくので、トオルは大きく頷いていた。



「それに、遊愛ちゃんって服装も結構──」

「わ、分かった! ごめんってルナっ!」



 形勢が不利になったことを悟った友戯は即座に謝罪の姿勢を見せるも、



「これ、どう思う日並くん!?」

「ちょっ、何して!?」



 さしもの石徹白さんも不満だったのか、友戯のパーカーを捲りあげてトオルに訴えてくる。



「まあ、丈短いなとは」

「だ、だよね?」



 その、股下とほぼ同じくらいの裾丈しかないホットパンツを見せられたトオルは理解を示すも、



「ルナもあんま変わらないでしょっ……」

「私のはちゃんとあるもんっ」



 友戯の言うとおり、今日の石徹白さんはあまり変わらない気もし、



「ぶっ」



 直後、思わず吹き出しそうになる。



「ひゃっ!?」

「でもほらっ裾緩いじゃん!」



 あろうことか、友戯は公衆の面前でショーパンの裾を引っ張って持ち上げて見せたのだから、それものはずだろう。


 トオルは咄嗟に視線を逸らしつつ、周りに気づいた人がいないのを確認して少し安堵する。



「遊愛ちゃんのえっち……!」

「は? ルナのほうがよっぽど──」



 しかし、そんな二人の喧嘩を止めようにも、痛い目を見ることが軽く予想できたトオルは、



 ──よし、無視しよ。



 微笑ましいなーとは思いながらも、できる限り他人のフリをして駅の方へと一人歩いていくのだった。








 その後、何だかんだと無事に電車へと乗り込むことのできたトオル一行だったが、



「──全く、ルナのせいで恥かいた……」

「ずるいっ、遊愛ちゃんも同罪でしょっ……」



 二人の少女は顔をほんのりと赤くしながら、未だにこそこそと言い争っていた。


 というのも、あの後も結局わちゃわちゃしていた二人は、駅前まで来て人目が増えてきたあたりでようやく周囲の視線に気がついたのだ。


 そのほとんどが微笑ましいものを見るような目であったため、こうして恥ずかしそうに縮こまっているというわけである。



「というか、日並は教えてよっ」

「いや、友戯の言うとおり痛い目には遭いたくなかったから……」

「っ、そ、そうは言ったけどっ……」



 もちろん友戯の矛先はトオルにも向いてきたが、これくらいは予測済み。


 それらしい言い訳を用意して見せれば、見事に言いくるめることに成功する。



「あ、それより、席空いたよ」



 そして、追撃を許さぬ良いタイミングで丁度三人並んで座れる席が確保された。


 これで痛手を負わずに終了、



「じゃあ私ここっ」

「っ!」



 と行きたいところなのだったが、



「あっ、私ここねっ」



 いち早く席に着かれてしまったことで座れる位置が限定されてしまう。


 石徹白さんは一番左端、友戯は真ん中にある手すりの横となっているため、トオルはもうその間に腰を下ろすしかない。



「……お邪魔します」



 何故か嫌な予感がしたトオルだが、今さら席を変わってくれとも言いづらかった。


 その結果どうなったかと言うと、



「ん……」



 まず最初に石徹白さんがウトウトと船を漕ぎ出し、



「っ!?」



 そのまま、トオルの肩にその頭を預けてくるという流れになったわけである。



「…………」

「い、いやー、よほど疲れてたんだなー?」



 まず、これだけで友戯の視線がワンランク痛くなるのだが、



「んぅ……ゆあひゃん……」

「うっ……!?」



 何の夢を見ているのか、友戯と勘違いしているらしい石徹白さんの腕がトオルの右腕へと絡んでくるときた。


 すると、彼女の豊満なものがふにゅりと触れてくるのは必然であり、



「…………」

「お、おーいっ、石徹白さんっ……」



 役得だと思う一方、横から刺してくる視線もより鋭くなってしまうわけだ。


 さらに、これで終わると思ったら間違いで、



「っ、友戯っ……」



 またもや対抗心が芽生えたのか、友戯は石徹白さんよりもさらに深く身体を預けてきた。


 腕を組んでくるのは前提として、さりげなく手の方まで握ってきているが、まだ起きていることは確実である。



「なんだあいつッ……」

「くそッ……両手に華ってかッ……そのまま二つに引き裂かれろッ……」



 そして、ただ一人起きていることとなったトオルは、正面に座っていた学生と思しき男子二人からの凄まじい敵意を浴びると、



 ──嬉しいけど、勘弁してくれ……。



 がっくりとうなだれながら、自身も寝たフリでやり過ごすことを決意した。


 結局今日一日、心休まる暇が無かったことに気がついたトオルは強い疲労感を覚えつつ、何だかんだと微睡みの中に落ちていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る