閑話
第82話 ※苦難の後には絶景です。
大勢の人で賑わう、レジャー施設の通路。
活気のあふれるそこを三人組の少年少女が歩いていた。
「…………」
ある黒髪の少女は、どこかよそよそしい様子で沈黙し、
「…………」
ある白髪の少女は、無機質な表情の上に汗を伝わせながら黙り、
「…………」
そして、真ん中に位置する地味な少年はといえば、これまた居心地の悪さに口をつぐむことしかできていなかった。
そんな、胃がキリキリと痛み始めるほどの静寂の中で、少年──日並トオルはこう思ったに違いない。
──何この状況ッ……!?
いったい何故、彼がこんな目に遭っているのか。
それを理解するためには、少し時を遡る必要がある。
友戯と手を繋ぎ、石徹白さんが走り去った、さらに後のこと。
「ごめん、待った?」
「いや、大丈夫だよ。石徹白さんもまだ戻ってきてないし」
マインにて友戯を呼び出したトオルは、無事に合流を果たすことができていた。
「……あれ、そういえば友達と来てるって言ってなかった?」
「えっと、確認してみたけど大丈夫だって……」
「へえ……」
一つ気になることはあったが、どうやらそちらも大丈夫そうである。
トオルを付けてきたという話からして、おそらく大好さんあたりなのだろう。
彼女からすれば、後々恋バナを聴けるチャンスかもしれないので、友戯を快く送り出したのも納得できた。
──いやまあっ、そういうのでは無いけどねっ!
もちろん、トオルにはやましい気持ちなど一切ない。
大好さんには悪いが、友戯と石徹白さんの仲良し二人組みを眺めながら、のんびり楽しませてもらおう。
そう、安心安全な計画を立てていたトオルだったのだが、
「ルナ、遅いね……」
「そうだな……」
再会して早々、雰囲気が怪しくなってくる。
同じ長椅子に座る友戯との会話は大して弾まず、いつものような自然な会話がまるで出てこないのだ。
「っ!」
そして、いきなり左手に何かが触れたかと思って視線をやれば、友戯の指先がちょこんとくっついているのが視線に入ってきてしまう。
さっきの続きか何かだろうと、何とか心を落ち着かせようとするも、
「あっ……その、ごめん……」
「いや、全然っ……」
しかし、友戯はすぐに手を引っ込めると顔を赤くしながら謝ってくるので、こちらまで恥ずかしくなってくる。
──ふ、深い意味は無いんだよな……?
単純に、慣れないことをしているから照れているのだとは思うが、トオルの思春期な心はついつい変な方向に考えてしまう。
──よし。
ここは、自分の方が勇気を出して克服するべきだろうと手を伸ばし、
「お、お待たせっ……!」
「っ!?」
あともう少しで触れようという寸前、友戯と同時にびくりと肩を跳ねさせた。
「……あれ? どうかしたの……?」
「う、ううんっ……なんでもないっ」
友戯は慌てた様子で首を振っているが、どう見ても何かあるようにしか見えない怪しさである。
「? ……あっ、それより行こ? 時間無くなっちゃうよ!」
「そ、そうだねっ、行こう友戯っ」
「う、うんっ」
が、その原因までは掴めなかったのか、石徹白さんは若干訝しみながらも、時間の方が気になった様子。
トオルはいち早くそれに乗っかり、友戯も続く。
「…………」
と、そこまでは良かったのだが、石徹白さんの視線が急にトオルの手へと向けられてきた。
──嘘だろっ……!?
まさかバレていたのかと震え上がるトオルに、
「……じ、じゃあ行こっかっ」
しかし、石徹白さんは何故か焦ったように先を歩き始める。
──気のせいか……?
一瞬、彼女の手がこちらに伸びかけていたようにも見えたが、友戯でもあるまい。
流石に、石徹白さんまで手を繋ぎたがっていたということは無いだろうとすぐにその可能性を放棄した。
「…………」
「…………」
「…………」
と、そんなこんなで歩き出した三人だったが、何故か誰一人口を開くことはなく、必然的に雰囲気は気まずいものとなってしまう。
「…………」
友戯の方を見てみれば、相変わらずトオルの手へと視線をやりながらぼうっとしていて、
「…………っ!」
石徹白さんの方を見てみれば、目線が合った瞬間に逸らされるばかり。
──何この状況ッ!?
当然、トオルは困惑した。
この二人が揃ってこんなに静かだったことなど、今まで無かったのだ。
彼女たちの会話を頼りにくぐり抜けようと考えていたトオルからすれば、誤算にもほどがあった。
故に、ひたすらに嫌な汗をかくことしかできなかったトオルだが、
「──着いた……って、ここでいいの?」
そうこうしているうちに、目的の場所らしきところに着く。
そこは、四方を柵に囲まれた中を複数人が楽しそうに滑っている場所──すなわち、今日一番に遊んだローラースケート場だった。
「うん、やっぱりできないまま終わりたくなくって」
「なるほど……」
石徹白さん自ら選ぶには違和感があったが、ちゃんと理由はあったらしい。
確かに、思い返してみれば納得していなさそうな顔をしていたような気もする。
「友戯は大丈夫か?」
「いいよ、私も久々にやってみたいし」
友戯も特に問題は無さそうなので、これはもう決まりだろう。
──よし、ここからだ!
沈んだ雰囲気を巻き返すチャンスだとトオルは決意を新たにし、借りたローラーシューズへと履き替えていく。
「あはは、ルナ、へっぴり腰」
「も、もうっ……笑わないでよ遊愛ちゃんっ……!」
というわけで、さっそく石徹白さんへのレッスンが始まったのだが、トオルの出番はあまり無さそうだった。
友戯が滑れるので、わざわざトオルが出張る必要もないということである。
「て、手ぇ離さないでよ……?」
「分かってるって」
おかげで、二人が楽しそうに滑っている十数分もの間、トオルは平和を謳歌することに成功する。
──うん、良い光景だ。
特段、女の子同士のイチャつきに興味があるわけでもないトオルだが、二人の美少女が仲睦まじく戯れている光景には少なからず癒やされるものがあった。
ここ数日の心労も報われる、そんな一時を過ごしていると、
「み、見て、日並くんっ」
しばらくして、一人でスケート場に立つ石徹白さんの姿が声をかけてくる。
「おおっ、流石は石徹白さんっ」
「えへへっ……でしょ?」
まだまだフラついているところはあるが、あっという間にここまで来れたことには素直に感心である。
──ん?
が、そこでふと、石徹白さんの様子がおかしいことに気がつく。
目がギラついており、いかにも何か悪いことを考えていますといったような表情をしていたのだ。
「わ、わーっ、足がーっ……!」
「うわっ……!?」
そして、トオルの嫌な予感は見事に的中したようで、突如目の前でバランスを崩した石徹白さんは、わざとらしくこちらへとしなだれかかってきた。
すると、どうなるか。
ふよんっ……。
当然、石徹白さんの身体はトオルが受け止めることとなり、その豊かな双丘は全力でトオルへと押し付けられることになるわけなので、
──おぱっ……やわらっ……!!??
瞬間的に、脳内のなんかヤバい物質がドバドバと湧き出てきてしまう。
「ご、ごめんね、日並くん?」
「い、いぃやっ!? ぜんぜんっ!?」
しかも、背中に手を回しギュッと抱きついてくるせいで、いつまでものその感触が終わらない始末。
「日並……?」
「っ!?」
ところが、幸か不幸か、友戯からの冷たい視線が飛んできたことでそれどころでは無くなってくれた。
「た、立てる?」
「うんっ、ありがとう!」
幾ばくかの冷静さを取り戻したトオルはすぐさま石徹白さんを振りほどき、体勢を立て直すことに成功する。
「次は気をつけてね?」
「うん♪」
しかし、とうてい安心はできない。
先ほどの様子からして、故意の行動であることは明白なのだ。
おそらく、ファミレスでの嫌がらせと同じく、トオルをからかって鬱憤を晴らすのが目的に違いないだろう。
──ふっ、そう何度も同じ手を食らってたまるか。
やりたいことが分かってしまえば大した事はない。
ここはトオルの得意な戦場、もしもう一度かかってこようものなら簡単に対処してみせよう。
──来るッ!
そう心の準備を調えた時、タイミングよく背後から気配を感じた。
どうやら、今度は死角からの奇襲を考えているようだが、音でバレバレである。
ここは、巧みに受け流して慌てさせようと、いち早く振り向き、
「わっ!?」
予想通りそこにいた石徹白さんの腕を掴むと、くるりと回りながら別の方向へと放ってさしあげた。
──ふっ、決まったな……。
もちろん、安全面に考慮してスピードは出していないが、慣れてない石徹白さんなら相当に慌てるはず。
これには、反射的に勝ちを確信するトオルだったが、
「きゃっ──」
「ひゃぁっ──」
直後、予想外の出来事が発生する。
背後から二人分の悲鳴を聞いたトオルは、何事かと振り向き、
「んぐっ……!!??」
そこに映った衝撃の光景に、思わず吹き出しそうになってしまった。
だが、それもそのはず。
「いたっ……もうっ、何してるのルナっ」
「ご、ごめん遊愛ちゃんっ……」
何せ、スケート場の上に倒れ込んだ二人の美少女──その、麗しいお尻が二つ、重なった状態でこちらへと向けられていたのだから。
──なんだッ……これはッ……!!??
片や、押し倒される形となった友戯のホットパンツ。
めくれた七分袖パーカーの下から覗く紺色のそれは非常に蠱惑的で、無防備に開かれた白い太ももは黒ニーソに挟まれることでよりえっちさを増しており、
──そんでこっちもヤバいッ……!!
そして片や、膝に支えられるように突き出された、裾の緩いショーパンの逆三角形。
すらりと伸びた白い脚はさることながら、張りのある尻に引っ張られたショーパンの裾は、見えてはいけないものまで見えてしまいそうな、そんな危ないエロスが醸し出されていた。
「ッ!? ひ、日並っ……!?」
「え、あっ、いやそのっ!?」
と、そんな絶景を食い入るように見つめていたせいで、まんまと友戯にバレてしまう。
「何見てっ……る、ルナっ、早くどいてっ」
「そ、そう言われてもっ──」
だが、石徹白さんの膝が間に入っているせいで脚を閉じれなかった友戯は、顔を真っ赤にしながら押しのけようとし、
「──ひゃんっ!?」
よほど慌てていたのか、誤って石徹白さんの胸を握ってしまっていた。
「ちょ、遊愛ちゃんっ……だめっ……!」
「ごめっ……じ、じゃなくてっ、いいから早くっ──」
そうこうして、二人で揉みくちゃになっている姿を眺めていたトオルは、そのあまりの艶めかしさに一周回って真顔になりつつ、
──俺、もう死んでもいいかも。
あわや、天に召されそうになっていたのだった。
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