第81話 ※恋は終わり、そして始まります。
複合レジャー施設であるマウンドセブンの入口付近。
未だ人で賑わうそこを、二人の男が歩いていた。
「猛、本当に良かったのか?」
「ああ」
その内の一人である池林誠也は、親友である鬼島猛の横顔に声をかける。
「まあ、けしかけた俺が心配するのも変な話か」
「……やっぱお前も噛んでたのか」
どこか疲れた諦めの表情に対し、誠也がおどけて見せると、呆れたようなため息を返された。
「下手に引き伸ばしてもあの子に迷惑かかりそうだったからな、許してくれよ?」
「分かってる」
が、猛本人も理解しているのか、怒ってくることはなかった。
「……あの後、良いとこ見せようともう一度バッティングセンター行ったんだけどよ」
「おう」
「結構、調子良かったんだ」
「…………」
そして、訥々と語り出すと、
「でも、やっぱりっつーか……あの顔は引き出せなかったわっ」
「……そうか」
何かを堪えるように、空を仰いだ。
「そんで、悔しいけど聴いたんだよ。日並のやつが好きなのかって」
「……ああ」
「そしたらよ、最初は違うって言ってたんだが──」
猛の声は落ち着いていたが、その中に少なからず悲しみの感情が含まれているのも分かり、
「──じゃあ、さっきの知り合いの女に取られてもいいのかって聴いたら、途端に不機嫌な顔になったんだよ。全く、可愛すぎると思わねえかっ……」
「はは、それはなんともピュアなもんで」
やがて、笑いながらも涙を一滴こぼしたのを見て、仕方のないやつだと誠也も微笑んだ。
「彼女、猛よりも恋愛が苦手そうだ」
「ああ、そこがまた可愛いんだけどな」
それを機に柔らかな雰囲気を取り戻すと、
「じゃ、これからどうする? 俺の知り合いの女子でも紹介してやろうか?」
「はっ、俺はお前ほど軟派じゃねえよ」
いつものように軽口を叩き合い、
「それに、日並の野郎がエルナちゃんを泣かせるかもしんねえだろ? そうなったら俺にもチャンスあるかもだしな」
「ははっ、お前らしいな。ま、人の恋路を邪魔したりしないなら、俺は構わんよ」
やはりこいつは強い男だと、評価を一段階上げてやった。
とはいえ、恋に関してはまだまだひよっ子。
それなりに傷ついていることは間違いないだろう。
「よし、それじゃあ、猛の姉貴でも誘って慰め会でも開くか!」
「おいっ、ふざけんなっ──」
故に、誠也は少しでも早くその傷が癒えるよう、親友としての務めを果たすことにするのだった。
場所は変わって、マウンドセブン内の休憩所。
「──ってことがあって……」
「ああ、そんなことが……」
つい数分前まで友戯と手を握り合っていた場所にいたトオルは、今度は石徹白さんと隣り合いながら事情説明を受けていた。
「それは大変だったね……お疲れ様、でいいのかな?」
「うん、ありがとう……」
どうやら彼女は、知らぬ間に鬼島と話し合って決着をつけてきたらしい。
無事に終わったことにホッとする反面、何の力にもなれなかったことが少し悔しくもあった。
「ごめん、肝心な時にいなくて」
「ううん、気にしなくていいよ。告白みたいなものだったから、向こうも二人きりになりたかっただろうし」
故に謝罪の言葉が出るも、石徹白さんは全く気にした様子を見せなかった。
流石は石徹白さんだと、告白への慣れ具合に尊敬を抱きつつ、
「そ、そっか……」
「うん……」
しかし、続く言葉が出てくることもなく、急に気まずい時間が訪れる。
もちろん原因はハッキリしていて、件の男子二人が先に帰ったためである。
つまり、今この場には石徹白さんと自分しかおらず、残った時間を二人きりで過ごさねばならないということを意味していたのだが、
──ど、どうしたの石徹白さんっ……!?
こういう状況に強そうな彼女が、何故かしおらしくなっているせいで状況は余計に悪化していた。
思えば、ローラースケート場での一件からずっと様子がおかしい。
あの時は演技だと思い込んでいたが、今はもうその必要が無いはずである。
そうなると、果たして本当に演技だったのだろうかという疑念が湧いてくるのも当然だったが、
──いや、まさかな……。
流石に、石徹白さんがこちらを意識しているとは思い辛かった。
散々告白され、目が肥えているだろう彼女が、これといった取り柄もない自分に男を見出すのはかなり不自然であろう。
「そ、それで、あのっ……さっきの話、なんだけど……」
「え、あ、うんっ……!」
が、実際、頬を上気させながらたどたどしく話しかけてくる姿を見ると、トオルの中の陰キャ精神によって『こいつ、お、俺のこと好きなんじゃね?』という飛躍した発想も思い浮かんでしまうというもの。
「あ、嫌だったらそう言って、くれれば……」
「ぜ、全然ッ!!」
当然、からかわれているだけの可能性も充分にあるし、ここでキョドった結果、笑われて恥をかくという可能性もある。
「むしろ、石徹白さんみたいな可愛い女の子と二人でデートとか、光栄の極みというかっ」
それでも、やはり恥をかくのであれば女の子ではなく自分の方でありたかった。
「で、デート……」
「え、あ、すみませっ……!?」
そういう心積もりだったのだが、残念なことにトオルには乙女心の理解度が足りなさすぎた。
──なに勝手にデートって決めつけているんだっ……。
引っかかっているあたり、向こうからしたらほんの遊び程度だったのだろう。
それを、勝手な解釈をして辱めるなど、気がついてみれば以ての外な発言だった。
「その、あくまで友達として、だから……」
「で、ですよねっ!」
俯きながら呟く石徹白さんに、トオルは冷や汗をかきながらとにかく下手に出る。
──あくまでも友達……そう、彼女はただ、この施設を堪能したいだけ……。
そして、邪な考えを消そうと、頭の中で繰り返し念仏を唱えていたとき、
「あ、そうだッ!!」
ふと、いい考えが思い浮かんだ。
「実はさっき、友戯と会ったんだよ!」
「……え?」
「だから、誘って一緒に遊ぶってのはどう!?」
やはり、持つべきものは友というべきか、おかげで何とかこの場をしのぐことができそうである。
「ああ、鬼島くんが言ってた知り合いって、遊愛ちゃんだったんだ……」
「そ、そうそう!」
後はマインで連絡を取って、友戯に戻ってきてもらうだけ。
「ふーん──」
遊愛ちゃんが大好きな石徹白さんのことだ。
この気まずい雰囲気も終わり、きっといつもの調子に戻る、
「──二人きりは、嫌なんだ」
「へ?」
その、はずだった。
「いいよ、遊愛ちゃん呼ぼっか」
「え、あの」
なのに、石徹白さんの顔に浮かんだのはどこか不満げな表情で、
「じゃあ待ってる間、ちょっとトイレ行ってくるね」
「あ、ちょ──」
そのことを尋ねる暇も無く、彼女は去って行ってしまった。
残されたトオルの脳内では、ぼそりとつぶやかれたあの寂しげな言葉だけがひたすらに反響し、
──俺、何かやっちゃい……やっちゃってるよねこれっ!?
今日一日、後悔の二文字がこびりつくことになるのだった。
困惑する少年を置いて駆け出した、一人の少女。
「はぁ……はぁ……!」
そんな彼女は柄にもなく息を切らしながら走り、
──な、何言ってるの私ッ!!??
彼の死角までたどり着いたところで抑えていた感情が爆発し、かつてないほど顔を発熱させていた。
──あんなのもうっ、二人が良いって言ってるようなっ……っ〜〜!!
致命的な大失態に、両手で顔を押さえながら悶えることと、
──だいたいっ、あの鬼島猛とかいうやつが変なこと言うからっ……。
こんなことになった責任の一端を恨めしく思うことしかできない。
──確かに、ちょっと嫌かもって思ったけどっ。
あの男のせいで、おかしな感情が湧いてしまったから。
だから、あんな嫌な気分になって、こうして逃げ惑うハメになったのだ。
──これはただの……そうっ、日並くんごときに二人きりを拒否されたのが気に食わなかっただけっ!
しかし、それでもなお、認める気はない。
認めた瞬間、負けたような気がしてしまいそうだったからだ。
──いっそのこと、放って帰ろっかなっ……!
別に、無理に付き合う必要もないだろう。
一緒に遊んでくれる人もいるようなので、余計な気遣いも不要だ。
そう思うも、
──日並くんが、遊愛ちゃんと二人きりで……。
不意に浮かんできた楽しげな光景に、ズキリと心が痛み、
「んむぅ〜〜っ!!」
違う、そうじゃないと思わず唸ってしまった。
周りから訝しむ目を向けられたところで、慌てて深呼吸をすると、
──落ちついて……別に、日並くんのことが嫌いなわけじゃない……。
僅かながらも冷静さを取り戻すことに成功する。
──だから、そう……日並くんが私に惚れればいいんだ。
そしてその結果、よく分からない理屈を導き出したエルナは、
──それなら、どんなに仲良くなろうとしても全部作戦の内……何も問題は……。
名案だとばかりにニヤリと笑いながら、彼に急接近する自分を想像するも、
「…………さ、最初はゆっくり行った方がいいよね……?」
恋愛経験の少なさ故か、つい
その日の夜。
あの後も何やかんやあって疲れたトオルは、夕食を食べてすぐ布団の上に倒れ込んだ。
──あー……疲れた……。
恋愛相談に乗っていたこともそうだが、外で遊ぶのさえ久方ぶりだったのだから、当然といえば当然だろう。
さらには、ここに友戯や石徹白さんの件まで加えると、相当にハードな一日であったと思わざるを得ない。
──まあ、悪い感じでは無いけど。
とはいえ、初めてああいった場所を体験したトオル的には、やはり楽しかったという感情が強い。
鬼島の件に関しては少し思うところもあるが、恋愛というのは片方の気持ちだけでどうにかなるものでもないので、仕方がないだろう。
──にしても、友戯のにはびっくりしたな……。
そして、何より印象に残っている出来事といえば、友戯のことだった。
手を繋ぎたいと急に距離を詰めてきたあの時の光景は忘れようと思っても忘れられるものではない。
──何だったんだろうな、ほんと。
そんなに好かれていたのかと喜ぶ反面、そこに至った経緯は気になり、
──石徹白さんも、何か様子が変だったし。
同時に、もう一人の少女のことも思い出される。
ローラースケート場での転倒からずっと様子がおかしかった彼女は、まるでこちらを意識していたかのようによそよそしかったのだ。
そう考えると、友戯にも似たような雰囲気があったように思え、
──いや、ないないっ!
しかし、すぐにその疑惑を否定した。
確かに、あの後も二人とは色々とあったが、そもそもトオル自身の男としての魅力の無さは変わっていないはず。
あんな美少女二人にと考えるには少々、自惚れ過ぎというものだろう。
──やめやめっ、寝よう!
これ以上の考察は要らぬ期待を生むだけだと、バッサリ切り捨てたところで部屋の明かりを消す。
幸い、疲労も睡魔も充分に溜まっていた。
後は目を閉じて眠るだけだと思いつつ、
──でも、もうすぐ夏休みだよな……。
何故か、浮かんできたのは近い未来の光景。
──夏といえば、海とかプールとか……。
そこには、水着姿の友戯や石徹白さんがいて、
『──恥ずかしいから、あんま見ないで……』
例えば、顔を赤くした友戯が、水着の上に着たパーカーを焦れるようにゆっくりと脱いだり、
『ど、どう? ドキドキする……?』
例えば、少し自信の無さげな石徹白さんが、からかうように腕を組んでおきながらぼそりと呟いたり……
──ね、眠れん……。
結果、思春期ゆえ致し方なしというべきか。
そんな妄想に脳内を侵食されたトオルは、泥のように眠ることができるはずもなく、ありえないであろう甘美な景色に懊悩させられるのだった。
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