第79話 ※決着は間近のようです。

 日並くんと鬼島猛が席を外した後のこと。



 ──何やってるんだろ、私。



 休憩用の椅子に座るエルナはため息をついていた。


 というのも、全くもって当初の予定通りに行動できていないのだから、当然と言えよう。



「ごめんね、池林くん。全然言われた通りにできてなくて……」

「いや、気にしないでくれ」



 実は先日、あらぬ疑念を抱かれたあの後、目の前の少年──池林誠也からマインで連絡が来ていたのだ。



『石徹白さんの気持ちがどうかは置いておくとして、そういうフリをして貰うことはできるかな?』



 どうやら確信を抱いているらしい彼は、友人の恋路に可能性が無いことを悟っていたようである。


 実際、そこに関しては間違っていないので、あくまでフリであることを強調してエルナも賛同したという経緯があった。



「そう言ってくれるのは嬉しいけど……鬼島くんのことはどうするの?」

「ん? ああ、そういうことじゃなくてだな」



 なので形ばかりの謝罪をしたわけだが、どうにも池林誠也の反応がおかしい。


 何か、互いの意見が食い違っているような雰囲気にエルナは疑問符を浮かべ、



「むしろ、そっちの方が効果があったというか、より確信が深まったというか……まあ、そんな感じだ」



 続く説明によってそれはより深まってしまう。


 効果があったとはいうが、エルナのしていたことと言えば不自然に日並くんと距離を取ってしまったことくらいなものである。


 確かに、ちょっと意識してしまったのが原因であることくらいは自覚しているが、傍から見たらただ避けているようにしか見えなかったはず。



「? それってどういう──」



 故に、改めて問いかけようとするが、



「悪い、遅れた」



 しかし、残念ながら聴きそびれてしまう。


 タイミングの悪い男だと思いつつ振り向いてみれば、



「あれ、日並くんは?」



 何故か、一緒に飲み物を買いに行ったはずの日並くんの姿が無かった。


 まさか、見えないところで可愛がりでも受けたのかと馬鹿げたことを考えるも、



「ああ、何か知り合いがいたとかなんとかで、先に行っててくれって」



 実際そんなことは無かったようだ。



「へー、どんな人だったんだ?」

「わりい、良く見てなかったわ」



 知り合いの少なさそうな日並くんにしては珍しいと、中々に失礼なことを思うエルナだったが、



「あーでも──」



 そんな風にぼうっとしていたせいか、



「──たぶん女の子っぽかったな」

「えっ」



 無意識のうちに声が出てしまっていた。



「っ……」



 慌てて口を塞ぐも、それなりの声量だったのか、二人の視線はこちらに向いてしまっていた。



 ──いや、あの、別に気になるとかではなくっ……あれ、でも作戦的にはこっちの方が……え、ええっとぉっ……!?



 不測の事態に、エルナの頭はパニックに陥る。


 変な誤解を受けたくはないが、今は誤解をされた方が良い状況でもあるため、優先順位がごちゃごちゃになったのである。



「あ、違うよっ!? 全然っ、そういうのじゃっ……!!」



 結果、もはや上手い言い訳も思い浮かばず、ただただ狼狽するだけという情けない対応をすることしかできない。



 ──ああもうっ、なんで私がこんな目にっ!?



 それもこれも、全てあの日並くんのせいであるはずなのに、しかしそれを認めると余計な感情まで認めてしまうことになりそうで、



 ──うぅっ……いったいどうしたらっ……。



 にっちもさっちも行かなくなったエルナは、いっそのこと逃げ出してしまおうかとさえ思ったが、



「石徹白さん、ちょっといいか」



 それよりも早く、鬼島猛が声をかけてくる。



「すまん、誠也」

「あいよ」



 そして、合図を送られた相方の少年はその意図を察したのか、静かにこの場を去っていった。



「えっと……?」



 とぼけるエルナだったが、目の前の真剣な眼差しを見ればおおよその予測はつく。



「少し、付いてきてくれないか」



 さりとて、そう言って見つめてくる彼の意思を無碍にもできない。



「……うん、いいよ」



 エルナは一つ息を吐いて気持ちを落ち着けると、先ほどまでのことは一旦忘れ、決着がつくのならそれで良いかと、頷きを返すのだった。







 一方その頃、



「それで、何でここに?」



 親友の少女──友戯と不意の遭遇を果たしたトオルは、人気のない端っこで彼女を問い詰めていた。



「その、友達に誘われたから……」



 友戯いわく、そういうことらしいが、正直に言って全く信用できない。


 何せ、目は泳ぎまくっているし、サングラスはかけてきているし、何より同日同時刻に訪れたというのは奇跡にもほどがあったからだ。



「そ、そういう日並は何でここにいるの?」



 が、何とかはぐらかそうとしているのか、逆に問いかけられてしまう。


 特にやましい理由も無いのだが、鬼島のことを正直に話すのもあまりよくないだろう。



「友達の付き添いだよ」

「ふーん……日並、そんな友達いたんだ?」

「っ、お前なぁ……」



 というわけで曖昧に伝えてみたものの、何故か変なところで訝しまれてしまう。



 ──ん? いや、待てよ……。



 しかし、ここに来て友戯の様子がおかしいことに気がつく。


 偶然出会っただけにも関わらず、やたらとこちらに対して含むものがあるように思えたのだ。



「……まさか、付けてきた?」

「っ……え、な、何がっ……?」



 サングラスで変装していたのもそういうことではないかと問い詰めてみれば、図星を突かれたのか明らかに動揺した様子を見せる。



「友戯……?」

「うっ……」



 とぼける友戯の目を見つめてやれば、露骨に視線を逸らしてきた。



「ち、違う……本当に偶然なだけで……」



 これで観念するかと思いきや、今日の彼女は意外に強情なようである。



「なんだよ、そんなに俺に隠したい理由でもあるのか?」

「っ!」



 それ故、手口を変えて引き出そうと試みるが、



「隠してるのは、そっちでしょっ……」



 どうやら、踏んではいけないところを踏んでしまったようだった。



「え」

「ルナとこそこそイチャついてっ……私にはそんなこと、何も教えてくれてないのにっ……」



 いきなり、不満を吐き出すようにそう告げてきた友戯に、トオルはすぐに答えることができない。



「友達なんだから、教えてくれたって──」

「ち、ちょっと待った!」



 だからといってそのまま聞き逃すわけにはいかず、



「何の話だよっ、石徹白さんとイチャついてたってっ……」



 全くもって身に覚えのない発言に、その根拠を問いただそうとするが、



「ま、まだ隠す気? 私、もう知ってるからっ……」



 むしろ彼女の神経を逆なでしてしまったようである。



「昼休み、二人でいなくなるしっ、ルナのこと細かく聴いてくるしっ、今日なんか手まで繋いでたくせにっ」



 友戯は捲し立てるようにそう思う根拠を並べてくると、



「つ、付き合ってるんなら……教えて欲しかったな……って……」



 やがて、しぼんでいくように声を小さくしていった。


 顔を逸らされているせいでよく見えないが、その目には涙が浮かんでいるようにも見える。


 そんな、あまりにも必死な言葉に、トオルも思わず涙ぐむ……



「…………はい?」



 といったようなことは当然なく、どちらかといえばあまりの温度差に反応に困ってしまっていた。



「な、なにその反応?」

「いや、ごめん。割と本気でよく分からなくて……」



 これには友戯も驚いたようで、同じように戸惑った様子をこちらへと向けてきていた。



「一応確認しておくけど、俺と石徹白さんが付き合ってて、それを内緒にしてると思ったから怒ってる……ってこと?」

「思ってるとかじゃなくて、実際そうなんでしょっ……」



 念のために繰り返してみるも、やはりそういうことらしい。


 どうやら、彼女は盛大に勘違いをしているようであり、しかもそれは相当に恥ずかしいものであったが、言わないわけにもいかないだろう。



「あの、友戯さん」

「な、なに……?」



 覚悟を決めたトオルは、友戯の肩を掴んでその目を見つめると、



「付き合ってないっす」



 はっきりと真実を告げてあげた。



「……は?」

「だから、俺と石徹白さんにそういう関係はないっす」



 当然、呆ける友戯だったが、



「いや、そんなわけ」

「友戯が怪しいと思ったのは全部、恋愛相談に乗ってたからで、手を繋いでたのは相手に諦めさせるための演技っす」



 反論も許さずに答え合わせをしてみせれば、



「だからその、非常に申し訳ないんだけど、ただの勘違いなもので……」

「…………」



 やがて、その言葉が嘘でないことを声色から察し始めたのか、声も出さなくなる友戯。



「…………」

「…………」



 そして、僅かなる静寂の後、ぎゅっと唇を噛むとと、



「っ〜〜!!??」

「と、友戯ッ!?」



 一瞬にして耳まで真っ赤になった友戯は、目を回しながらその場に崩れ落ち、



「お、おーい? 友戯ー?」



 慌てて抱きかかえたトオルの腕の中で力なく天を仰いだかと思えば、



「し、死んでる……」



 あまりの恥ずかしさからか、死んだように気絶していたのだった。

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