第77話 ※作戦的には成功です。

 何故こんなことになったのか。


 トオルの脳みそではいくら考えても答えが出そうにない。



「あ、見て、あそこに鬼島くんたちいるよ!」

「う、うす……」



 それもそのはず、ほんの少し駆け足で前を走る石徹白さんの手は今、恋人でもなんでもないトオルの手を握っているのだから。



『厳密には恋人じゃなくて、良い感じの雰囲気って感じでお願いね?』



 つい先ほど、一方的にそんなことを言ってきた彼女は、有無を言わさず手を掴んで引っ張っていったのだ。


 もちろん、まともに女子の手を握ったことなど無く、柔らかいなとか、細いなとか、そういった感想が頭の中を駆け巡ってくる。



 ──いや、いいのかこれ……!?



 そして何より、目前まで迫った鬼島たちにこれを見せてしまうことに、少なくない抵抗を覚えていた。


 当たり前だが、石徹白さんと恋愛的なあれは一切ない。


 つまり、鬼島の相談に乗った挙げ句、嘘をついて諦めさせようとしていることになる。



『変に期待させるのもあれかなって。だから、お願い』



 しかし、石徹白さんの言い分にも一理はあり、真剣に頼まれれば断るのも申し訳ない。



「二人ともお待たせ!」

「お、おうっ……!」



 結果、手を繋がれたまま、鬼島たちのもとにたどり着いてしまい、



「ん? 手……?」



 予想通り、思いっきり訝しまれてしまった。



「あっ!? こ、これは違くてっ……その、日並くん運動苦手だからって中々入ろうとしないから、つい……!」



 対し、石徹白さんはその後のリアクションも考えていたのか、パッと手を離すと恥ずかしそうに手をパタパタとしながら否定している。


 どう見ても、無意識に手を繋ぐ程度には気を許しているが、誤解されるのは困る、さりとて満更でもないといった様子であり、正しく完璧な演技といえただろう。



「そ、そうなのか、悪いな日並」

「いやいやっ、大丈夫だよ! 苦手なのはそうだけど、ワクワク感もあるからっ」



 が、しかし、意外なことに鬼島はそちらよりも日並の方が気がかりなようであった。


 どうやら、無理やり巻き込んでしまったのではないかと心配しているようだったので、トオルは慌てて否定に走る。



 ──ぎ、逆に気まずい……。



 こちらとしては鬼島に諦めさせようという裏切り行為をしているのだ。


 だというのに、そこで良い人要素を出されるのはトオルの良心が痛むので勘弁して欲しかった。



「そうか……なら、良かった」



 ほっと一安心する彼を見たトオルは心の中で頭を下げて謝り、



「それじゃあ挨拶もそこらにして、そろそろ行こうぜ?」

「あ、うん! そうだね!」



 機を見ていたのだろう池林が号令をかける。



 ──そういえば、池林はどう思ってるんだ……?



 その時ふと、鬼島と同じくこちらを見ていたはずの彼が、大した反応を見せていなかったことに気がついた。


 鬼島よりも遥かに聡そうな彼のことだ。


 トオルたちの行動に異を唱えてきても何らおかしくはない。



 ──まあ、こっちから聴くわけにもいかないよな。



 しかし、実際には何の行動も起こしてきてはいないのだ。


 わざわざ刺激することもないだろう。


 そう考えたトオルは先を行く池林の背を負いつつ、隣にピッタリとくっついてくる石徹白さんに色々な意味で鼓動を早めさせられるのだった。








 そんな、複雑な心境を抱えたトオル一行が向かったのは、様々なスポーツを楽しめるコーナーである。


 料金を払えば時間の限り遊べるうえ、その種類が豊富であるため、中高生の遊び場として人気なのだという。


 なお、トオルのようなタイプとは無縁の場所であることは言うまでもない。



「まず何からやろっか?」



 というわけで、さっそくとばかりに石徹白さんが尋ねてくるも、勝手の分からないトオルは答えに迷ってしまう。



「あ、ああっと、そうだなっ……」



 が、どうやらそれは鬼島も同じなようで、会話するチャンスだというのに視線を泳がせていた。


 確かに、よく考えてみたら彼もこういった場所に来そうなイメージはない。



「どうせなら、四人でワイワイ楽しめるやつがいいんじゃないか?」



 と、そんな彼を見かねたのか、池林がフォローに入ってくる。



 ──四人でワイワイか……あっ。



 それを聞いたトオルは何か良いものが無いものかとスマホで調べ、ある項目が目に留まった。



「どうかしたの?」

「ああいや、これ楽しそうだなー、と」



 横から覗き込んでくる石徹白さんに少し距離を取りつつ、ある一点を指差すと、



「え」



 何故かその表情が固まる。


 いったいどうしたのかと思うも、



「ほう、ローラースケートか」



 池林が割り込んできたのでそちらへと意識を切り替えた。



「昔ハマってたことがあってさ」

「なるほど」



 インドア派のトオルではあるが、実は小さい頃にローラスケートに憧れて買ってもらったことがあったのだ。


 成長するに連れやらなくなってしまったが、懐かしさから久しぶりにやりたくなったというわけである。



「俺は良いと思うぞ。二人はどうだ?」



 これに池林は納得をしてくれたのだが、



「お、おう、ローラースケートか……」



 鬼島は少し難しい表情をしていた。



「あ、別に他のでも──」



 もしかしたら苦手なのかもしれないと、トオルは逃げ道を用意してみるも、



「いや、やろうぜ。やりたいんだろ?」



 特に断ることもなく了承してくれた。


 若干申し訳ない気もしたが、せっかくの好意を無碍にするのもそれはそれで失礼だろう。



「ありがとう、じゃあまずはそれで行こう」



 時間はまだまだあるのだ。


 ここで悩んでいるより、さっさと楽しんだ方がお得に違いない。



 ──ん? 石徹白さん……?



 そう思って歩き出したトオルだったが、ふと隣にいた石徹白さんの様子が気にかかる。



「あの、もしかして」



 鬼島以上に表情が固い彼女のことが心配になり声をかけるが、



「い、意外だね? 日並くんがそういうの好きなの」

「え、ああ……そうかも?」



 聴かれる内容を察したのか、すぐに話を逸らされてしまう。


 やはりそういうことなのだろうなと思いつつ歩いていけば、当然スケート場にはたどり着き、



「……大丈夫?」

「な、何が?」



 靴を履き替えた石徹白さんは案の定、柵に手を付きながらぷるぷると足を震わせていた。



 ──割と強がりだよね君……。



 正直、こういう女の子はむしろ男心をくすぐると思うのだが、本人はそれよりも出来ないことのほうが悔しいらしい。



「お、おお……意外と行けそうだ……」



 一方、鬼島はといえば、元々の運動神経がいいのか、初めての挑戦とは思えないほどに体幹が整っていた。



「ぐぐっ……!」



 が、そのせいで余計に石徹白さんのプライドに傷がついたのか。


 今彼らに見られたらどうするのかというほどの形相を浮かべてしまっている。



「流石だね石徹白さん、作戦のための演技だよね?」

「っ!」



 このままでは色々面倒なことになりそうなので、あえて気づいていないフリをしてあげることにした。



「う、うん、そうっ……」



 すると、切羽が詰まっているのかそれにも気づかず、見事に乗っかってくれる。



「ん、んっ……! ねえ、日並くん、実は私こういうの苦手で……」



 そして、体勢を立て直した石徹白さんは上目遣いに切り替わり、



「あ、ごめんそうだったんだ……その、良かったら教えよっか?」

「い、いいの……?」



 トオルはそれに応えるように最適解を即座に導き出した。



「じゃあ、行くよ?」

「うん、よろしくね」



 後は彼女の手を取りながら、仲睦まじくスケート場に連れ出すだけだったのだが、



「っとと……!?」

「っ!?」



 ここで、トオル自身もあることを失念していたことに気がつく。



 ──やべ、俺もめっちゃ久しぶりだったっ……!!



 そう、トオル自身、子どもの頃に少しかじっていた程度であったということを、である。



「ばっ……日並くんッ……!?」



 そのため、久方ぶりの初滑走を後ろ向きでスタートしたトオルは一瞬バランスを崩し、



「ちょっ、今引っ張ったらっ……!?」



 何とか堪らえようとするも、慌てた石徹白さんに腕を引っ張られれば、



「うわっ──」

「ひっ──」



 もはや、立て直すことは不可能だった。


 引っ張られるままにバランスを崩したトオルは、せめて石徹白さんだけでも怪我をしないようにとその身体を抱きかかえ、



「──ったた……!」



 直後、強い衝撃が背中を襲った。



「あっ、石徹白さんだいじょ──」



 しかしすぐに、それよりも彼女の安否が気になったトオルは顔をすぐ横に向け、



「──っ!」



 背中の痛みが吹っ飛ぶほどの衝撃に気がつき、固まってしまう。


 何せ、咄嗟に動いてしまったことではあるが、あんな風に庇おうとすれば当然、身体は密着状態になるわけで、



 ──やばい。



 しかも、今回の彼女はかなりの薄着であるため、全身でその感触を味わうことになるのは言うまでもない。


 そして何より、



「あ、ぅ……」



 かつてないほどに赤く染まる石徹白さんの困り顔が、すぐ目の前にあるという事実。


 その事実こそが、どうしようもなくトオルの心臓をうるさくさせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る