第76話 ※一筋縄では行きません。

 あれからはや数日。


 約束の日曜日を迎えたトオルは、昼食を取り終えた後に近くの駅へと向かっていた。



 ──き、緊張してきたな……。



 というのも、今回四人で遊びに行く場所は相談の結果、レジャー施設『マウンドセブン』に決まったのだ。


 当たり前のことだが、インドア派であるトオルには無縁の場所であるため、行くだけでも相当に気を張ってしまう。



 ──でも、高校生っぽい感じはする。



 ところが、一方でこうした遊び方には憧れもあったため、どちらかといえば不安よりも期待感の方が強い。


 懸念点があるとすれば、共に行くメンバーがあまり親しくない点と、トオル自身運動が苦手な点だろうか。



「あ、石徹白さん!」



 と、そんな風に考えごとをしながら歩いていた時、視線の先に白髪の少女を捉える。


 駅前に佇む彼女は相変わらず可憐で、周囲の目を惹いていたのですぐに分かった。



「今日はよろしくね、日並くん」

「ああうん、こちらこそ」



 互いに挨拶を交わしつつ、そのまま二人で切符売り場へと向かう。


 鬼島と池林の二人は自転車で直接行った方が楽らしいので、ひとまずは別行動というわけである。



 ──あ、そうだ。



 そういうわけで、あまり電車を使ったことのないトオルは切符を買うのに少し苦戦しつつ、ふと忘れていたことを思い出す。



「石徹白さん、そういうのも似合うね」

「え?」



 もちろん、石徹白さんの服を褒めるということである。


 前回怒らせてしまっている分、こうしたケアを欠かすわけにはいかない。



「ほら、いつもはもっとフワッとしてるイメージだったからさ。爽やかな石徹白さんもいいなー、と」



 そう考えたトオルは、石徹白さんの服装を眺めながらそれらしい褒め言葉を紡いでいく。


 今日の彼女は身体を動かすということもあってか、スカートスタイルではなく、スポーティなショートパンツを履いていた。


 シャツの上には薄手の上着を着ているが、それでもいつもと比べれば随分と薄着と言えよう。



 ──てか石徹白さん、生脚じゃんっ……。



 そして何よりトオルを驚かせたのは、彼女の雪のように白い脚である。


 常であればタイツで隠れているという希少価値もあって、それはもう非常に目に毒だった。


 故に、思わず視線がそこへ行ってしまうのも無理はなかったが、



「…………」

「はっ!?」



 おかげで、無言で視線を浴びることになってしまう。



 ──ま、まずい……また怒らせてしまう……!



 初っ端からこれはまずいと、何とか言い訳を考えようとし、



「……ありがと」



 しかし、その必要性が無かったことがすぐに判明した。



「え」

「そ、それより早くいこっ」



 ぼそりと呟かれたその言葉に一瞬戸惑いながらも、先を行く石徹白さんを追って足を進めていく。



 ──なんだ……?



 その最中、トオルは覚えた違和感について考えた。


 若干、気恥ずかしそうな雰囲気ではあったが、それだけでは無い気がしたのだ。



「その、何かあったの?」



 改札をくぐり電車を待つ間、思わず尋ねてしまうトオルだったが、



「ううん、大丈夫だよっ」



 返ってきたのはいつになく下手な演技。


 悲しいことがあったという感じではないが、何か気がかりなことがあるといった様子である。



「もしかして、鬼島のこととか?」



 トオルに思い当たるのは、やはり鬼島への対応についてだろう。


 前回の態度からして、彼に惹かれているという印象はまるでなく、今回遊びに誘ったのもトオルに気を遣ってのことだとはっきりしていた。


 そのため、石徹白さんの気が進まないのも納得だったが、



「もう、本当に大丈夫だから! 日並くんは気にしすぎっ!」



 残念ながら答えを教えてくれる気はなさそうであった。



 ──仕方ない、できる限りフォローしよう。



 鬼島には悪いが、トオルにとっては石徹白さんの方が大事である。


 今日はできるだけ彼女の側に寄り添おうと、決意を新たにするのだった。









 それから十数分後。



「わぁ……久しぶりだなぁ……!」



 マウンドセブンにたどり着いたトオルは、目を輝かせる石徹白さんを見て少し安堵する。


 服装からも分かるが、やはりここに来ること自体は楽しみだったようである。



「そうなんだ?」

「うん、遊愛ちゃんと離れてからは一度も来てなかったから。ほら、こういうとこは皆で楽しみたいでしょ?」



 どうやら、以前は友戯と一緒に来ていたようである。


 確かに、いつものメンバーで遊びに行ったら楽しそうだなと、トオルはその言葉に納得した。



「俺は正直初めてだよ。運動も苦手だし……」



 が、不安はもちろん残っている。


 今日だけでいったいどれほどの恥をかくことになるのか、想像がついたものではない。



「あはは、知ってる。私は面倒なことに付き合わされてるわけだし、今日は日並くんの無様なところでも眺めてよっかな?」

「か、勘弁して……」



 そんなトオルの心境を読んだのか、石徹白さんは意地の悪い笑顔を浮かべてきた。


 屈託のないその表情に、トオルは少しドキッとしつつ、困ったように頭をかくことしかできない。



「うーん、どうしよっかなー?」

「わ、分かりましたっ、このお詫びはちゃんとしますのでどうかっ……!」



 顎に指を当てながら流し目を向けてくる石徹白に、トオルは改めて謝罪を告げ、



「お詫びかぁ……」

「は、はい、可能な限り頑張りますのでっ」



 少し興味を持って貰えたところで、さらに誠実性をアピールしていく。


 もちろん、石徹白さんが本気でないことは理解しているので、これは茶番のようなものである。


 つまり、女王様のお怒りを鎮めるための、形ばかりのじゃれ合い。


 そんな、気楽にもほどがあるトオルの考えは、



「……それ、本当?」



 急に真面目な顔になった彼女を前にして、音を立てて崩れ去っていった。



「え、まあ、迷惑をかけてるのは本当だから、うん」

「そっか……」



 何故だか嫌な予感が湧いて出てきたトオルだが、今さら言葉を引き下げるわけにもいかない。



「じゃあ、さ──」



 故に、少し迷うような仕草をした石徹白さんがゴクリとつばを飲み干した後、



「──私と恋人のフリ、できる?」



 とんでもない頼み事が飛んできたとしても、断る理由が思いつくはずなど無かったのだった。









 そんな風に、二人が会話を繰り広げていた時。



「ねえ、何話してると思う?」

「……分かるわけないでしょ」



 日並が自宅を出るところから追跡していた遊愛とその他ニ名は、楽しげに話す二人を遠目に観察していた。



「私は多分、『二人きりだったら、もっと楽しかったのにな……』だと思ってるよ」

「…………」



 一人興奮しているレンに対し、遊愛はただただ複雑な心持ちであった。



「そう? 俺は『今回のお詫び、期待してるから』だと思うなー……って、動き始めたよー」



 それに付き合う景井くんもまた楽しげではあったため、自分だけ場違いなのではとは思わずにはいられない。



「はぁ……そんなわけな──」



 それでもなお、否定したかった遊愛はため息を付きながら二人を諌めようとし、



「──え?」



 直後、目を疑うような光景に鼓動が跳ねた。



 ──うそ。



 何せ、今目の前で談笑していた親友の少女が、



 ──違う。



 突如、もう一人の親友である少年の手を取って、



 ──なんで。



 今までの疑惑を証明するかのごとく、建物の中へと姿を消していったのだから。



「え、マジ……?」

「あー、これは……」



 遊愛はその光景を呆然と眺めることしかできず、



 ──日並……。



 かつて感じたことのない衝撃に、ただ心が痛むのを堪えることしかできないのだった。

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