第75話 ※知らないところで色々起きています。

 青春の一頁を彩った一行が去った後。


 相変わらず人で賑わうファミレス店内の中でただ一つ、重々しい雰囲気をまとう面々がいた。



「これ、どう思う?」



 サングラスをかけたお団子ヘアーの少女の問いに、



「どうって、ただルナ狙いの男子に協力してたってだけじゃないの?」



 同じくサングラスをかけた三名のうちの一人である少女──友戯遊愛ともぎゆあは、少し安堵した様子でそう答える。


 その理由は単純で、日並トオルと石徹白エルナという二人の男女が特別な関係なのではと疑っていたが、遠くから盗み見していた限りではそういった風には見えなかったからだ。



「まあ、昨日今日の不審な行動の理由はそういうことだよねー」



 三人目である景井静雄かげいしずおもまた、遊愛の意見に賛成のようだった。


 実際、日並とルナの二人が昼休みに姿をくらましたのも、ルナのことについて日並が尋ねてきたのも、彼らと話していた男子を見れば説明がつくのである。



「甘い、甘いよ二人とも……」



 しかし、恋バナ怪人である大好恋花おおよしれんかだけは違う意見のようで、



「確かに、あの二人の関係が潔白であることは証明されたかもしれない。でも、本当にそれだけだったかな?」



 もったいぶるように、まるで何か重大なことでもあるかのごとく語ってくる。



「……何が言いたいの?」



 当然、不安を煽られた遊愛はそのことを尋ね、



「よく思い出して遊愛、最初あの二人がどんな様子だったのかを」

「どんな様子って──」



 次なる言葉に思考を巡らせると、



「──あ」



 彼女の言うとおり、とあることに気がついてしまった。



 ──なんで気まずくなってたの……?



 そう、そもそも、今日の昼から二人の間にはよそよそしい空気が流れていたはず。


 いつの間にか消失していたがために忘れていたが、これはルナへ男子を紹介することとは無関係だろう。


 では結局、二人が気まずくなっていた理由は何なのか。



「……まさか」

「そう、そのまさかだよ」



 一つの答えにたどり着いた遊愛に、レンは重々しく頷くと、



「『ねえ、日並くんは私とその男の子が付き合ったらどう思うの?』」



 景井くんに向けて芝居がかった台詞をぶつけ、



「っ! ……『え、それは良いことだと思うけど?』」



 意図を理解した彼はそれに乗っかるように演技で返す。



「『ふーん……じゃあ本当に付き合っちゃおっかな』」

「『え、あの、石徹白さん……?』」



 そして、上手い下手は別として、例の二人のモノマネは続いていき、



「『……日並くんのバカ──』って感じになってたんだよきっとッ!!」

「っ……」



 やがて終演を迎えた時には、遊愛の心から楽観視する気持ちは消え失せていた。



「もうなになに!? そんなのキュンキュンしちゃうじゃ〜ん!!」



 一方、レンは当たっているかどうかも分からない妄想に大はしゃぎしており、



「まあ、割とありえそうだよねー。さっきの絡み方とかもそういうアピールっぽかったし」



 景井くんは景井くんで納得を得ている様子。


 もちろん遊愛にも、似たようなことがあったのではと疑う気持ちはあった。



 ──別に、ルナが日並のこと好きだって良いはずなのに……。



 しかしそれと同時に、『自分に付き合っていることを隠していたから』という理屈で発生していたはずのモヤモヤが、再び急浮上してくる。


 レンの予想が正しければ、日並からルナへの想いは無いことになるが、それは今現在の話ではあるが、



 ──もし、この後仲良くなっていって、本当に二人が恋人同士になったとしたら……。



 同性の自分から見ても、ルナは魅力的な女の子だ。


 そうなる未来が近いうちに来ても何らおかしくはない。



「──遊愛?」

「っ!? な、なに……?」



 そうして、思考がどんどんと沈んでいったところで、不意にレンから声をかけられる。



「顔色悪いけど、大丈夫?」

「そ、そう……? 全然、大丈夫だよ……」



 よほど酷い顔をしていたのか、レンは本気で心配そうな顔を向けてきていた。


 遊愛は慌てて平静を取り戻したフリをしつつ、



 ──だめっ……親友の幸せを喜ばないなんて、そんなのっ……。



 湧いてきた負の感情をどうにか押し止める。


 自分はあくまで友達でしかないのだ。


 ルナの恋愛にどうこう言う筋合いなど、ありはしない。



「……それで、次はどうするのー? そっとしておく感じー?」



 と、心を改めたところで、景井くんが聴いてくる。


 当然、遊愛には関係のないことなので、首を縦に振って同意しようとし、



「見に行こ」



 何故か、真逆の意見を口にしてしまっていた。



「…………」

「…………」



 レンと景井くんは驚いているが、遊愛自身も驚いているのでそれは当たり前だろう。



「あ、えっとっ……! 例の男子たちの件もあるし、ルナが何かやらかさないか心配ってだけでっ……!」



 このままでは変な誤解を受けると、遊愛は即興でそれらしい理屈を見つけ出す。



「あー確かに、鬼島のことよく知らないけど、結構おっかなさそうだからなー。日並にヘイトが向く可能性も無くはないか」

「そ、そうでしょ?」



 これに景井くんも同意してくれたので、ここぞとばかりに乗っかっておけば、



「遊愛がそう言うなら、決定だね!」



 人の恋路が大好物のレンも参戦を表明してくれた。


 こうなったら、もう行くところまで行くしかない。



 ──そう、これはあくまで日並のためだから……。



 遊愛は自分がまた言い訳をしていることを自覚をしつつも、今はただ感情のままに動くことしか出来そうにないのだった。








 一方その頃、四人で帰路についていたエルナはといえば、



 ──ああ、最悪……。



 休日の約束のことを思ってげんなりとしていた。


 当たり前のことだが、エルナは紹介された男子に対する興味などほとんどない。


 元々、遊愛ちゃんこそが第一であり、その周りの人物がたまたまくっついてきている程度の認識なのである。


 だというのに、わざわざ大切な休日をそんな者たちのために使わされるというのだから、堪ったものではかった。



「石徹白さん、ちょっといいかい?」

「え、うん」



 と、一人落ち込んだ気分で最後尾を歩いていたエルナに、低い男の声がかかる。



 ──なんなの……?



 その男は、おそらく自分を狙っているのであろう鬼島猛の付き添い役──池林誠也だった。


 ファミレスでの態度からして違うとは思うが、まさか彼も同じく秘めた心でもあるというのだろうか。



「一つだけ、確認しておきたいことがあるんだ」

「確認?」



 湧いてきた疑念に、彼への警戒も自然と強まるが、



「ああ、できれば正直に答えてほしいんだが──」



 残念ながらそれは無駄に終わることとなる。


 何せ、



「──君、日並のこと好きだろう?」

「……は?」



 飛んできたのは、全くもって別方向からの攻撃だったのだから。



 ──え、何のこと……え?



 あまりの不意打ちに、エルナは笑顔を作る余裕も無くなったまま、硬直させられる。



「正直、猛の相談をあっさりオッケーしてくれた時点で信頼されてるんだなとは思ってたけど、今日で確信したよ」

「ち、ちょっと待って? 何のことかさっぱり──」



 そうしている間にも彼の言葉は続いていき、



「ほらその服、ジュースをこぼしたんだろう? 多分だけど、それを日並がやったか、もしくは拭いたりしたか……まあ何にしろ君は怒ったわけだ。で、嫌がらせをするためにああやって振る舞ったんだと思うが……」



 いったいどんな手品を使っているのか、どれもこれも見事なまでに真実を突いてきていた。



「最後、デートに誘う演技をした時、少し躊躇っただろう? その時の表情が確かに──」



 そしてとうとう、核心部分まで見透かされそうになったエルナは、



「あぁっ!?」

「っ!」



 唐突に声を張り上げることで無理やり遮り、



「ご、ごめんね? 私、この後用事があるの忘れてて……そ、それじゃっ……!」



 前方で驚く他二名を無視して、その横を全速力で駆け抜けていった。


 汗が滝のように流れ落ちる中、ひたすらに困惑だけが頭を支配し、



 ──な、なんなのあいつッ……!!??



 ただ、かつてない強敵の登場に慄きつつ、逃走を図ることしかできないのだった。

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