第72話 ※それは流石に許されません。
ファミレスに入店を果たしてからはや十数分。
──どうしよう、石徹白さんの様子がおかしい……。
隣に座る白髪少女が挙動不審になっているが、原因はハッキリしている。
──絶対昼の件だよな……。
間違いなく、自分らしくもない直球の褒め言葉を投げかけてしまったあの件である。
「あの、大丈夫?」
「ン、ナニガ……?」
おかげで、何を問いかけても酷い棒読みで返されるばかり。
本人はすっとぼけているが、今の石徹白さんはどう見ても異常だった。
──鬼島たちが来る前に何とかしなければっ。
もしこのまま会合が始まったとなれば、せっかくのファーストコンタクトが盛り上がらないことは確定。
だが、自分で用意した場なのだから、トオルとしては少しでも万全の環境にしておきたいところである。
故にさっさと石徹白さんの謎を解かねばならないのだが、
──き、聴きづらい……。
無表情で虚空を見つめる彼女に話しかけるのは中々にハードルが高かった。
「と、とりあえずドリンクバーも頼んだし、取りに行こっか?」
「ア、ウン、イイヨ」
辛うじて声になったのは、この状況で最も無難なもの。
ソファー席から立ち上がったトオルは、自立型アンドロイドと化した石徹白さんを後ろにドリンクバーへと赴く。
──くっ、どうすれば……!
もちろん、その間に会話が起きることもなく、トオルはただメロンソーダをグラスに注ぐことしかできていない。
結局、飲み物を用意するだけに終わったところで自席へと戻ることとなってしまった。
「……あの、飲まないの?」
「ソ、ソウダネッ」
その後、メロンソーダをちょびちょび口にしながら無為に時間を過ごしていると、石徹白さんが飲み物に口をつけていないことに気がつく。
言われてようやく不自然だと思ったのか、石徹白さんは慌てたようにグラスを持ち上げて飲み始め、
──何か、何か捻り出せっ……ん?
トオルはそんな彼女の横顔を見つめながら頭を回転させていたのだが、不意にチラッと向いてきたその青い瞳と目が合い、
「んぶっ!?」
「うわっ!?」
直後、目の前で大量のジュースが吹きこぼれた。
「けほっ、けほっ……!」
「だ、大丈夫石徹白さん!?」
飲み物が気管に入ったのか、激しく咳き込む石徹白さん。
当然、彼女の着る黒いブラウスはびちょびちょに濡れており、トオルは反射的におしぼりを掴むが、
──流石にそれはまずいか……!?
手を伸ばそうとしてすぐ、躊躇してしまう。
言わずもがな、彼女の豊かな丘陵がドドンと視界に入ってきたからである。
──いや、そんなことを言っている場合じゃない!
だが、本人は動揺しているのか気が回っておらず、このまま放置をすれば服に染み込んでしまうのも事実。
濡れたままにしておくのも身体に悪いだろうし、何よりこの後に鬼島たちが来ることを考えればさっさと乾かせた方が良いだろう。
──やってみせろよ、俺ッ……!
そう考えたトオルは己を鼓舞し、意識を完全に切り替えた。
後で怒られたり、最悪嫌われたりする可能性もあるが、何だかんだ石徹白さんは優しい子である。
真摯に謝れば、なんとでもなるはずだ。
「ふぇっ!?」
決意を決めたトオルの行動に、もはや淀みはない。
濡れた彼女の胸もとに、軽くポンポンと叩くようにおしぼりを触れさせ、手際よく水気を吸い取っていく。
「ちょっ……日並くっ……」
そして、おしぼりと衣服だけが触れるよう、繊細な力加減で外周をなぞるように滑らせていき、
「んっ……! ま、待ってっ……自分で、やる、からっ……!」
スカートやタイツの上までをも丁寧に拭き取っていった。
「は、ぅ……も、やめっ……」
その最中、くすぐったそうに声をもらし、身をよじる石徹白さんの姿は、思春期男子なら前かがみ必須の光景だったに違いない。
しかし、一度入り込んだトオルにとってはマネキンを拭いているのと何ら変わらず、あるのはただ透き通るような無心だけだった。
──ふぅ……何とかなったな……。
やがて、全てを終えたトオルは緊張の糸が切れ、ドッと汗が吹きこぼれてくる。
──まあ、振り出しに戻ってきただけなんだけども。
とはいえ、状況は何も解決してはいない。
何故か少しぐったりとはしているものの、その目には相変わらず生気が宿っていなかったからだ。
──早くしないと鬼島たちが来てしまう。
進展しない状況に気持ちが焦り、再び思考の海へと飛び込もうとするトオルだったが、
「──へ?」
その直前、肩に強い圧力を感じて振り向くと、
「ひ、な、み、く、ん……?」
いつの間に復帰したのか、笑顔を浮かべる石徹白さんの顔がそこにはあった。
「え、あの、石徹白さん?」
しかし、一見朗らかに見えるその表情も、彼女の素を知っているトオルからすれば恐ろしいものにしか映らない。
「今、何してたのかな?」
「あ、いえその、ジュースがこぼれたので拭こうと思いまして……」
その迫力はといえば、無意識の内に敬語になってしまうほど。
「それで、私をベタベタ触ってきたってわけなんだ〜? 良かったね、女の子の身体に触れて?」
「め、滅相もございません! 拭き取っている時のことは何も覚えていないほどに意識していませんでしたので!」
石徹白さんが完全にキレていることを理解したトオルは平身低頭し、決してやましい気持ちが無かったことを主張するも、
「ふーん? でもそれ、私には関係ないよね?」
「それはその、仰る通りで……」
実際、彼女からすれば身体を触られたことには変わりなかったことに気がつかされる。
「ご、ごめん! 早く拭かないとって思ってつい……」
結果、トオルは潔く謝罪をすることになり、
「…………」
しばらくの間ジーッと視線を浴びることになったが、
「……うん、分かった、許してあげる♪ あくまで優しさだもんね♪」
誠意が伝わったのか、石徹白さんは明るい笑顔を取り戻してくれた。
──よ、良かった……。
やはり、当初の予想通り石徹白さんは優しい子であったようだ。
おまけに、ついでとばかりに感情も取り戻してくれたので、トオルはホッと一息をつく。
『遅れて悪い、もうすぐで着く』
と、丁度よく池林からマインで連絡が飛んできた。
これ以上にない完璧なタイミングに、トオルはテーブルの下でグッと拳を握り、
「二人、もうすぐで来るって!」
そのまま石徹白さんへと伝達する。
「そっか、どんな人なんだろ? 楽しみだな〜」
が、それに対する嬉しそうな反応を見たトオルは、違和感を覚えると同時に、悪寒のようなものが背筋に走っていた。
──な、なんだ……?
その疑問に答えてくれる者は、無論いない。
「? どうしたの?」
「ああいや、何でもないよっ」
言いしれぬ不安だけが残ったトオルは、訝しんでくる石徹白さんにそうとしか答えられず、一転して鬼島たちが来ないように祈りたくなるのであった。
が、そんなトオルの祈りも虚しく、嫌な予感は見事的中する。
「ほら、日並くん♪」
目の前には、心底楽しそうな笑顔を浮かべる石徹白さんの姿と、
「はい、あ~んっ」
彼女から差し向けられる、スパゲティの巻かれたフォーク。
「…………」
「…………」
そして、横にはそれを呆然と眺める二人の男子がいて、
──君は何してるのッ……!!??
まるで凶器を突きつけられた心地になったトオルは、彼女のイカれた行動にツッコミを入れずにはいられないのだった。
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