第71話 ※深刻なエラーが発生しています。
ファミレスへ行くことが確定したその日の放課後。
一足先に自宅へと帰ってきたエルナは、表情を固くしながらベッドの上に寝転がっていた。
「…………」
服を着替えることも、スマホを眺めることもせず、ただただぼうっと天井を見上げる、そんな静寂が時間が続いていく。
それはまるで、自分には考えることなど無いのだと、そう言い聞かせるためだけの時間のようで、
「にへっ……」
しかし、誰も見ていないことから気が抜けたのか、無意識に口もとが緩み、
「ふむぎゅぅッッ!!」
次の瞬間、ハッとしたエルナは奇声を上げながら抱き枕を締め潰す。
──ないないないッ!! ぜんっぜん嬉しくないッ!!
そして、顔を赤熱化させつつ、心の内に湧いてきた感情を全力で否定した。
『──かわいい人なんだなって、思えてきたかも』
思い出されるのは、あの平凡な少年のなんてことはない発言。
『かわいい人なんだなって』
それは今までも他の男の子から散々言われてきたもので、
『かわいい』
何の驚きもない単語に関わらず、
『かわいいよ、石徹白さん』
延々と頭の中に反響していて、
「ふんにゅあッッ!?」
やがて、存在しない台詞さえ生み出された時、エルナは悶えるようにバタバタと跳ね回らされた。
──違うっ……私はっ……私はチョロインじゃないのぉっ……!!
頭が沸騰しそうな程に熱くなるも、認めることはできない。
その心境を説明するならば、もはや恥ずかしさを超え泣きそうなくらいであった。
──そう、これは吊り橋効果的な何かで脳がエラーを起こしているだけっ……!
息を荒らげながら、何とか自分を納得させる理屈を編み出すも、
『そういうところもかわいいね』
「ぢがう〜〜ッ!!」
すぐに憎き幻影が湧き出てきては、羞恥心を芽生えさせてくる。
ここまで来るとかなりの重症だが、治そうと思って治せるものでもない。
──しっかりしてエルナ……これからまた顔を合わなきゃいけないんだからっ……。
とはいえ、この後にはまた彼との邂逅が待っている。
今はまだ自分の中で完結しているため実在していないようなものだが、もし彼の前でニヤケ面を見せようものならもう言い逃れはできないだろう。
──うん、大丈夫。無難に終わらせて、さっさと帰ってこよう。
別に複雑なことをするわけでもないのだ。
相手が誰であろうと、可愛くて優しい女の子として振る舞い、それとなく煙に巻くだけ。
そう考え肩から力を抜いたエルナは、出かけるための私服を選び始めるのだった。
それからしばらくして、とあるファミレスの前。
「ごめん石徹白さん! その、呼んでた人たちが少し遅れてくるみたいでっ……!」
集合時間の少し前に到着したエルナは、先に待っていた日並くんから開口一番にそんなことを告げられ、
「あの、だから時間空いちゃうんだけど、どうしようかなって……」
申し訳無さそうな口調でそんなことを尋ねられてしまう。
──は? 聞いてないんだけど?
当然、そんなことは全くの予想外だったエルナは、表情は無機質なままに内心でキレ散らかしていた。
何せ、彼の言ったことが真実であるならば、ここからしばらく緩衝材になる人物が存在しないというわけで、
「どうしようって……言われても……」
「あ、えっと! じゃあ、石徹白さんが良ければなんだけど、先に中で待つ、とか?」
「う、うん……」
もちろん、彼の至極真っ当な提案を断るわけにもいかなくなり、
──え、待って? なんで?
自然に二人きりの状況に持ち込まれたエルナは、鼓動が痛いほどに加速するのを実感することとなっていた。
ただでさえ昼の件があるのだ。
そんな状況でファミレスに二人きりなど、今のエルナには辛すぎである。
──別に日並くんのことは何とも思ってないけどっ……!!
一応、そう自分に言い聞かせつつ、エルナは先を行く彼の後に続いていき、
「二名様ですか?」
「あ、いえ、後から二人来るので四人です」
「かしこまりました、ではこちらに」
そうして、店員に案内されて四人席の前までやってきたところで、
「石徹白さんはどこに座る?」
日並くんがどの席に座るのかを聴いてくる。
「じゃあ、ここで」
特にこれといった理由も無いので、適当に奥の席に座ったのだが、
「分かった、それなら俺はここかな」
後から来る二人のことを考えたのか、彼はエルナのすぐ隣に座ってきた。
とりあえず顔を突き合わせなくて済みそうだと不幸中の幸いを喜び、
──あ。
すぐに緊急事態であることに気がついた。
何せ、横を向けばそこにはあの日並くんの顔が間近にあり、少し動けば肩が触れ合うほどの距離だったのから。
ソファー席の奥に座ったことで逃げ出すのも容易ではなく、半強制的にメンタルへのスリップダメージを負わされることになっていた。
──こ、このくらい大丈夫っ……前はもっと近か……。
このままでは持たないと考えたエルナは、心を落ち着かせようと以前の記憶を掘り起こすが、
「ン゛ッ!!」
「っ、大丈夫!?」
今のエルナには逆効果だった。
というのも、思い出されたのは抱きしめられて背中を擦られたり、彼の膝の上に座ってあすなろ抱きされたりしたことなど、刺激的なものばかりだったからだ。
──マスクが無ければ即死だったっ……。
痛恨のミスにより顔に出そうになったエルナだが、幸いにも身に着けていたマスクのおかげで九死に一生を得る。
横では咳き込んだ自分のことを心配してくれる日並くんがいて、その優しさにまた少しときめきそうになるも、
──心頭滅却ッ……心頭滅却ッ……!
いつもの呪文を唱えて何とか耐えきることにした。
「ダ、大丈夫ダヨ」
「そ、そっか……」
やがて、感情の全てを心の奥底にしまうことができたエルナは、不自然な声色になるも窮地を脱することに成功。
「ソレジャ、先ニ飲ミ物ダケデモタノモ?」
「あ、ああ、そうだね」
おかげで、至って冷静に会話を続けることができるようになった。
──大丈夫、後はこのまま彼らが来るのを待つだけ。
こうなればさしもの日並くんといえど敵ではない。
適当な話題で間を持たせてしまえば、ミッションコンプリートである。
「…………」
「…………」
の、はずなのだが、心を無にしすぎたせいか全くと言っていいほど言葉が浮かんでこず、
「アノ──」
「あの──」
挙句の果てには発言のタイミングまで被ってしまい、
「あ、先にいいよ!」
「ア、ウウン、オサキニドゾ……」
余計に気まずい雰囲気になる始末。
結果、にっちもさっちもいかなくなったエルナは、
──ハヤクキテッ……!!
まだ話したこともない誰かさんへと、救援求むる念を飛ばすことしかできないのだった。
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