第68話 ※少し様子が変です。

 クラスの男子──鬼島から相談を受けた翌朝のこと。


 いつも通り友戯と石徹白さんに迎えられたトオルは、



「いや、それにしても焦ったよあれは」

「だからもういいってばっ」



 もちろん昨日の誤送信事件を持ち出して友戯をからかっていた。


 それもそのはず、マインに送られてきた『好き』の二文字の経緯を聞いたトオルは、その奇跡的なまでの失態に笑わずにはいられなかったのだ。



「まさか好きなマンガを聴こうとして、好きを変換したとこで送信するとは」

「あははっ、遊愛ちゃんって結構抜けてるとこあるよね」



 これには石徹白さんも共感したのか、トオルと同じように笑い声をこぼしてしまっている。



「もうっ、ルナまで……!」

「ご、ごめんね? でも、私はそういうとこも良いと思うよ!」

「良いわけないからっ」



 当然、友戯に怒られ焦っているが、石徹白さんも変わってきているのかそこまでめげた様子もない。



「はぁ……昔のルナだったら絶対にこっちの味方だったのに……」



 友戯はそんな彼女を見てため息をついていた。


 どうやら、友戯的には石徹白さんの変化に困っているようだ。



「まあまあ、前よりも距離が近づいたってことじゃない?」

「それはそうかもだけど……」



 それが悪いことだと思っていなかったトオルはすかさずフォローに入る。


 以前のことを詳しく知っているわけではないが、少なくとも全肯定するような関係よりかはよほど健全だろう。


 そう考えての発言だったのだが、



「……なんか、日並ってルナの肩持つよね」



 何かを訝しむような視線を向けられてしまう。



「え、そう?」

「そう」



 自覚が無かったので聴き返してみるも、短く首肯されるのみ。



 ──まあ、言われてみれば……?



 仕方なく思い返してみれば、確かに石徹白さんに対しての態度の方が丁寧な気はしてくる。



「それは多分……ほら、友戯との距離の方が近いから故っていうか、友戯の方が気兼ねなく話せるってことだと思うよ」

「っ!」



 しかし、その理由を考えればすぐに納得の行く答えが出てきたのでそう答えてみれば、



「ふーん……まあいいけど」



 素っ気なく顔を逸らされてしまった。



「なんだよその反応は、せっかく答えてあげたのに」

「っ、別にいいでしょっ」



 結構自信のある理屈だったゆえ、納得がいかなかったトオルは前に回り込んで表情を伺おうとするが、何故か手で隠そうとしてくる。



「お、もしかして照れてるのか?」

「ち、違うけどっ……!?」



 そこでようやく心当たりのできたトオルが問い詰めてみれば、あからさまに動揺し始めた。



「じゃあ顔見せてくれよ」

「やだっ」

「ほらほらっ!」

「もうっ、やめてってば……!」



 それから、しつこく顔を覗こうとしているうち、友戯は恥ずかしがりながらも楽しそうに笑い始め、



「しつこいっ!」

「いてっ」



 それを誤魔化すように肩をぺちっと叩いてきた。



「……っ、ははっ…………」

「もう、何やってるの私たちっ……」



 こんな時間が一生続けばいいのにというじゃれ合いに、トオルが至福を感じていると、



 ──はっ!?



 突如、背中を刺すような強い殺気に身体が震える。


 恐る恐る振り向けば、そこには満面の笑顔でこちらを見つめる石徹白さんの姿があって、



『私の言いたいこと、分かるよね?』



 通知音に釣られてスマホを見てみれば、なんとも威圧感のあるメッセージが表示されていた。


 おそらく──否、間違いなく大好きな遊愛ちゃんを独り占めしていたことを咎めているのだろう。


 多少のおいたはお目溢しをしてもらっていたため油断していたが、石徹白さんは元々友戯が目当てなのだ。


 一人放置したうえ、目の前ではしゃいでいるところを見せつけるなど言語道断だったと反省させられる。



『ごめん、気をつけるよ』



 トオルにとってそうであるように、石徹白さんにとっても大切な友達なのである。


 ここは平等に分け合うべきだろうと素直に謝罪文を送れば、



『いいよ、許してあげる』



 少しの間を開けてお許しのお言葉をいただくことができた。


 もう一度後ろを見てみれば、ジトッとした目を向けてくる石徹白さんかいたが、小さく息を落とすと元通りの柔和な表情へと戻ってくれる。


 これで一件落着、そう思い石徹白さんに声をかけようとしたその時、



「へぇ、二人でマインとかするんだ?」

「!?」



 いつの間にか真横にまで迫っていた友戯が、スマホを覗き込んできた。


 言葉だけ取れば、ただ気になったことを確認しているだけにしか聴こえない。


 しかし、その声色には妙な疑心のようなものが含まれており、トオルは無意識に緊張を強いられてしまつまったので、



「ああいやっ、友戯を独占してたのをちょっと怒られただけだぞ?」



 慌てながらも正直にそう答え、



「そ、そうだよ! 二人とも私のこと忘れたみたいにイチャイチャするんだもん!」



 誤解の気配を察知した石徹白さんも加勢にやってくる。



「え、ごめん……って、別にイチャイチャとかそんなんじゃ無いでしょ」

「私にはそう見えたのっ」



 これには、さしもの友戯も反応せざるを得ないのか、見事に気を逸らされていたが、



「……まあ、じゃあそれでいいけど」



 それでもなお、友戯はどこか気がかりがある様子。


 いつもなら、こういうからかいにはもう少し慌てそうなものだが、それ以上の何かがあるのだろうか。



「ゆ、遊愛ちゃん……?」



 そんな友戯の異変に石徹白さんも気がついたようで、途端に不安そうな様子を見せる。



「…………」



 友戯はそれに応えないまま、トオルと石徹白さんを交互に見た後、



「ねえ、二人って──」



 何かを口にしようとし、



「──あれ、二日連続とは珍しいねー」



 その直前、聞き慣れた男の声が割り込んできた。



「うっすー」

「お、景井か。おはよう」



 声に振り向けば、やはりそこにいたのは景井である。



「で、何だっけ友戯?」



 が、ひとまず彼のことは置いておいて、友戯が言いかけていたことを確認しようとするが、



「あ、ううん、何でもないっ」



 残念ながら、もう気が削がれてしまったようだ。


 景井が来てキリもいいので、これ以上問い詰めるのも悪いだろう。



「そうか……まあ、とりあえずみんなで仲良く行くか!」

「そ、そうだね!」

「…………」

「あれ、どういう空気ー?」



 そう考えたトオルは少しの疑念を残しながらも、適当な仲良し宣言をして先を行くのだった。

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