第67話 ※お年頃なので仕方ありません。

 日並の家を出てからはや数分。


 ぼうっとしながら帰路についた遊愛は、いつの間にか自宅へと到着していた。



「あ、お帰りお姉ちゃん!」

「うん、ただいま……」



 鍵を開けて玄関扉をくぐれば妹の美愛みあが出迎えてくれるも、辛うじて返事を返すのがやっと。



「あれ、何かあったの?」



 そんな姉の異変に気がついたのか、美愛が訝しむような視線を向けてくる。



「別に……」



 とても答える気分では無かったので、素っ気なくあしらうが、



「え〜!? 絶対なんかあったって!!」



 やはりというべきか、しつこく付きまとってくる。



「あっても美愛には関係ないでしょ」

「そんな〜、こんなに可愛い妹に対してあんまり──わぷっ!?」



 なので、自室へと早足で駆け込んだ後、容赦なくドアを閉じてやった。


 ドアの向こうからはなおも喚く声が聞こえてくるが、そのまま放置していれば勝手に諦めてくれるだろう。


 そう考えた遊愛はベッドへと飛び込むことで、ようやく落ち着いて頭を回す準備が整った。



 ──まさか、とは思うけど。



 議題はもちろん、先ほど行われた質疑応答の本意はどこにあるのかというもの。


 最初、何の気なしに質問に答えてしまっていたが、よくよく考えてみればあの行動は唐突としか思えなかった。


 何故、あのような質問をしてきたのか。


 遊愛の知る限りでは、一つしか思い浮かばない。



 ──やっぱりそういうことなの?



 何せ、今まで日並がこうした話を振ってきたことは無かったのだ。


 それこそ、同じ女子というのであればレンもそうであるはずなのに、である。


 では、二人にどんな差があるのかといえば、



 ──つまり、ルナの方には興味があるってことだから……。



 やはり、片方に少なからぬ好意を抱いているとしか思えなかった。


 当然、だからなんだという話ではあるのだが、



 ──何かモヤモヤするっ……。



 気になってしまうものは仕方がない。


 本来であれば、親友である日並の恋路は応援して然るべきなのだろう。


 しかし、何でか分からないが負の感情ばかりが湧き出てきてしまうせいで、とてもそんなことはできそうになかった。



 ──だいたい、教えてくれてもいいのにっ……。



 結果、遊愛が導き出したモヤモヤの答えは、『日並が親友である自分に隠しごとをしているから』であった。


 こうなったら直接文句を言ってやるとスマホの画面を開く遊愛だったが、



 ──だ、だめっ……絶対変な勘違いされるっ!



 マインに文字を打っている途中である懸念が生まれ、断念する。


 画面には『ルナのこと好きならそう言えば?』と今の感情が乗った冷たい文章表示されているが、もしこんなものを送ろうものなら、



『え? もしかして友戯、俺のこと……その、ごめん……』



 だなどと勝手に解釈されて、告白したわけでもないのにフラれることになりかねない。



 ──もっと柔らかく、さりげ無い感じでっ……。



 そんなこんなで、熟慮に熟慮を重ねて出来上がったメッセージが、



『好きなら好きで、全然いいと思うよ。だから、ちゃんと教えて欲しかったかな? ルナは良い子だと思うし、日並ならきっと上手くいくだろうから、本当は応援したかったんだけど、私に隠そうとしたのはちょっとモヤッとしちゃった』



 あまりに渾身の長文で、



 ──長すぎるし重すぎるッ……。



 遊愛は堪らず顔が熱くなった。


 先ほどの文よりも余計に感情がこもってしまっており、これでは勘違いどころかドン引きされること間違いなしであろう。



 ──け、消そっ……。



 見ているだけで恥ずかしくなるそれを、さっさとこの世から抹消しようとした遊愛だったが、



「ああ!?」

「っ!?」



 その最中、背後から聞こえてきた声に心臓が飛び出そうになる。



「まだ読んでないのに〜!」



 横を見れば、いつの間にか部屋に侵入してきていた美愛の姿があった。



「い、いつからいたの?」

「え、今来たとこだけど……それより、何て書いてたの今!?」



 鼓動が激しくなる中、恐る恐る聴いてみればどうやら内容を読まれたわけではなかったらしく一安心する。



「何って言われても」

「ほら! 好きとか何とか書いてあったでしょ?」



 これはチャンスだとすっとぼけようとするが、流石に最初の方は読まれてしまっていたようだ。


 道理でやけにグイグイ来るものだと思った遊愛は僅かに逡巡し、



「友達の恋愛相談に乗ってあげてたの」

「へぇ〜どんなのどんなの!?」



 それっぽく嘘をついてみれば美愛は疑いもせずに引っかかってくれた。



「だめ、真面目なやつだから」

「え〜? お姉ちゃんのケチ〜」

「はい、分かったら早く出てって」



 とりあえずは誤魔化せたようなので、後は適当に理由をつけて強制退室させるだけだ。



「もー押さないで──わぷっ!?」



 ガチャリとドアを閉め、再び一人の空間を確保した遊愛はベッドへと戻りため息をつく。


 可愛い妹であるのは間違いないのだが、好奇心旺盛すぎるところは直して欲しいものである。



 ──はぁ……なんかどうでもよくなっちゃった。



 ただ、そんな妹のおかげで気が抜けたのか、モヤモヤとした感情もどこかへと霧散していた。


 そもそも、全て遊愛の推測に過ぎず、ただの勘違いである可能性も否めない。


 日並のことを信じるのであれば、そういう大切な話はちゃんと明かしてくれるに違いないと、気持ちを新たにし、



 ──あれ、でも。



 ふと、記憶の中に引っかかる部分があった。


 それは、日並宅での出来事ではなく、



 ──そういえば、今日のお昼。



 学校での昼休み時、昼食を食べ終わった後のことである。


 最初に日並が席を立った後、少しの間を開けてルナも離席したため、同時にいない時間があったことを思い出したのだ。



 ──ま、まさか。



 そこまできて、遊愛はある可能性を見落としていたことに気がつく。



 ──二人はもう……!?



 そう、日並からの片想いではなく、すでに二人が付き合っているというパターンである。


 思い返せば、日並の膝の上にルナが座っていた光景は記憶に新しい。


 あの優しい日並が相手だ。


 遊愛に怒られ傷心していたルナが、うっかり心を惹かれてしまっていても何ら不思議ではないだろう。


 そこから、あのルナがアタックを仕掛けたとすれば、恋人のいない日並が頷いてしまうのも容易に想像がつく。



 ──じ、じゃあお昼の時もっ……。



 おそらく、二人してどこか人気のない所にでも行ったのだろう。



『だ、ダメだよ……こんなところでっ……』



 満更でもなさそうなルナが恥ずかしそうに視線を逸らすも、



『誰も見てやいないさ』

『そうかも、だけど……』



 詰め寄ってくる日並に押され、



『でも、やっぱり恥ずかし──あっ』



 そのまま壁際に追い詰められたところで、



『そんなの気にならないくらい、満足させてやるよ』

『日並くん……』



 二人は吸い寄せられるように顔を近づけていき……









 ──そんなわけないでしょっ……!



 遊愛は思わず枕を壁に叩きつけた。


 そもそも、日並がそんな歯の浮くような台詞を言う訳がないし、あらゆる告白を断ってきたルナがそう簡単に惚れるわけもない。



 ──はぁ、バカバカしいッ!



 湧いてきた愚考を一蹴した遊愛は寝そべると、真っ白な天井を見上げ、



 ──……ま、まあちょっとだけ調べてみよっかな。



 何だかんだ、拭いきれなかった疑念を晴らす方向に決定する。



「……ん?」



 と、直後にスマホから通知音が鳴り響いてきた。


 ベッドの上に投げ出されていたそれを手に取り、画面を確認してみれば、



『どういうこと?』



 そこには日並からのメッセージが表示されていた。


 いったい何のことだろうかとマインを開き、



「えっ」



 そこに表示されていた文字に目を見開く。



『好き』



 たったの二文字なれど、それが持つ意味は計り知れない。


 そして、そんな二文字を送ったのが誰かといえば、もちろん遊愛本人であり、



 ──あっ……!?



 すぐにその原因に気がつく。



 ──さっきの文章、消している途中で美愛が入ってきたからっ……。



 よりによって最初の二文字だけ残して誤送信するとは、なんたる不幸か。


 遊愛は顔が熱くなるのを自覚しながら、慌てて弁解のメッセージを考えさせられることになるのだった。

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