第66話 ※専門家に聴くのがベストです。

 石徹白さんと約束を取り付けた後の放課後。



「一応大丈夫みたいだよ」

「ほ、本当か!?」



 鬼島きじまのもとへと赴いて報告を行えば、肩をガッチリと掴んできながら喜びを見せた。


 ミシミシと骨がきしんで痛いが、それだけ感激しているということなので悪くも言えない。



「やったぞ誠也せいやッ!」

「落ち着けって、まだスタート地点に立っただけだぜ?」



 ちなみに、言うまでもなくあの池林も一緒である。



「石徹白女史だって暇じゃないんだ。一回目で印象を残せないとそれで終わりってこともあるぞ」

「ぐっ、それは確かにっ……」



 彼は前回と同じように要領よくアドバイスを行い、それを受けた鬼島もすぐに緩んだ気を引き締めていた。



「でも、どうすればいいんだっ」

「『敵を知り己を知らば百戦危うからず』って言葉もある。まずは彼女のことを調べてみたらどうだ?」

「え、エルナちゃんのことを……? そうかっ!!」



 どうすればいいのかといった様子で頭を抱える鬼島だったが、友の助言により何かに気がついたようで、



「おいっ、エルナちゃんのことを教えろッ……」



 いきなりトオルに対してメンチを切ってくる。



「そうしたいのは山々なんだけど、実は俺もよく知らなくて……」



 恫喝にしか見えないそれだが、いい加減トオルも慣れてきたのでスルーしてそう答えた。


 実際、彼女との接点は友戯を介したものしかなく、辛うじて知っていることといえば遊愛ちゃんラブなことと、オシャレが好きなことくらいである。



「そこを何とかッ!」

「うーん……」



 しかし、いかにもプライドが高そうな鬼島が頭を下げてお願いしてくるので無碍にもできない。



「分かったよ、ちょっと調べてみる」

「っ! 恩に着るっ!!」



 仕方がないので了承してみれば、再び肩を軋まされることとなった。



 ──まあ、石徹白さんのことを知る良い機会か。



 随分と重い仕事になってしまった気もするが、石徹白さんとは接する機会も多い。


 彼女の趣味嗜好を知っておくのも悪くないだろうと納得しておくことにする。



「それじゃあ、頼んだぞっ!」



 ギラギラとした目を向けてくる鬼島に、この男に教えても大丈夫なのだろうかと、つい心配になるのだった。









 その後、無事に帰宅を果たしたトオルは、



「なあ友戯、そういえば石徹白さんってどんな子なんだ?」

「え?」



 相変わらず遊びに来ている友戯に質問を投げかけていた。


 というのも、やはり石徹白さんのことを知るには、より詳しい者に聴くのが良いと思ったのだ。



「どんな子って?」

「えっと……ほら、好きな食べ物とか、普段はどういうことしてるのか、とか」



 流石にいきなり過ぎたのか、ピンと来ていない友戯に大雑把に説明していく。



「ああ……ルナはなんだろ。すごく女の子してるって感じかな」



 すると、なんとなく聴きたいことを理解したのか、訥々と語り始めてくれた。



「甘いものはだいたい好きだし、オシャレとかも好きだからウィンドウショッピングも良くするね」

「ほうほう、他には?」



 友戯の言葉に相槌をうちつつ、そこに真新しい情報が無いことを理解したトオルはさらに続きを促し、



「後は……そうだ、バッティングセンターとかも行くかも」

「!」



 さっそく、ありがたい情報を入手することができた。


 野球部の鬼島からすれば、これは貴重な接点になるに違いない。



「へぇ、意外だね」



 実を言うと、あの身体能力の高さからそこまで驚くことでは無かったが、ここは話を盛り上げるためにそう答えておく。



「ああでも、バッティングセンターだけというよりかは、身体を動かすの自体が結構好きって感じみたいだけどね。他のレジャー施設とかも結構いくし」



 それが功を奏したのか、友戯は勝手に付け加えて話してくれる。


 これも、話題として提供するのに申し分ないので、心の中で友戯に感謝をしておいた。



「逆にダメなこととかはあったり?」



 とりあえず、好き方面の質問はこのあたりで充分なので、話を次に進めていく。



「うーん、とりあえず日並も知ってると思うけど、長時間外にいるようなのは苦手でしょ?」

「ああうん、それは聞いたよ」



 すると、予想通りというべきか、やはり最初は紫外線に関するものだった。


 石徹白さんは体質的に日光が苦手なので、ここは最も注意すべき点だろう。



「後は、似たような理由で眩しいところも苦手みたい」

「なるほど……」



 トオルは補足に頷き、



「他にも虫とか、雷とか、怖いのとかもダメだし……あっ、だから暗い所とかも──」

「も、もう大丈夫だ、ありがとうな友戯っ!」



 容赦なく弱点をバラしまくる友戯のせいで、石徹白さんに若干の同情を覚えてしまった。


 トオルのことを信用してくれているからなのかもしれないが、流石にこれ以上は聴くのが申し訳無さすぎる。



「そう? じゃあ、他に聴きたいところとかは?」



 しかし、トオルに頼られるのが嬉しいのか、友戯は未だに乗り気なご様子。



「ええっと……それなら、恋愛関係とか?」



 ならばこれもいけるのではないかと直球勝負を挑んでみるが、



「え」



 返ってきたのは、短くも確かに驚くような声。



「ほ、ほら! 石徹白さんってすごいモテると思うんだけど、そういう噂は聞かないからさっ、ちょっと気になって!」



 訝しまれるのもまずいとトオルは慌てて説明を入れる。



「ああうん、そういうこと」



 何とか一応の納得を引き出すことに成功したトオルだが、まだ油断はできない。


 他人の恋路というデリケートな問題なのだ。


 例え親友の友戯であっても、おいそれと明かしてしまってもいいようなものでは無いのだから、ここかららは注意して話を進めていかなくてはいけないだろう。



「確かに無いかもね、私の知る限りではだけど」

「へぇ、やっぱりそうなんだ」



 ひとまず、すでに相手がいるといった情報が出なかったことに感謝しつつ、



「なんでだろう、単に興味が無いからとかかな?」



 その理由が気になって尋ねてみれば、



「それもあるとは思うけど……見た目で寄ってくる人にうんざりしてるとこもあるのかも」

「なるほどな……」



 友戯なりの見解を知ることができた。


 確かに、マンガやラノベの世界ではよく見る理由ではあるので、現実においても嫌気がさすという可能性は充分にあり得るだろう。



「ありがとう友戯、参考になったよ」



 これだけ聴けば鬼島へのアドバイスは充分である。


 質問ばかりでは友戯も飽きるに違いないので、ここで話を打ち切ることにすると、



「そ? それなら良かった」



 友戯も嬉しそうに頷いた。



 ──これで一安心だな。



 明日への準備も整ったトオルは一息つきつつ、友戯との遊びに戻るのだった。








 すっかり慣れ親しんだ、親友の部屋。



「うわっ、マジかっ!?」

「やったっ……!」



 そこでくつろぎながらクラブラをしていた遊愛ゆあは、日並の操るキャラクターを場外に弾き飛ばし、勝利に酔いしれていた。



「くっそー、今のは結構本気だったんだけどな」

「まあ私もそこそこやらせてもらってるからね。たまにはこういうこともあるよ」

「うわ、めっちゃ勝ち誇ってるっ」



 明らかな格上である日並を倒したことに気持ちよくなった遊愛は、彼の肩に手を置く。


 それもそのはず、今まで手を抜いた日並に勝ったことは幾度かあったが、今回の手応えからして相当に力を出していたに違いないのだ。


 これで喜ばないのは、むしろ嫌味というものだろう。



「あーもうやめやめ!」

「ちょっと、拗ねないでよ」



 そんなこんなでお開きになったので、遊愛もそろそろ帰ろうかと考えるが、



「そうだ、さっきの質問なんだけど」

「え、ああ、どうした?」



 ふと、気になったことを確認してみる。



「なんで急にルナのこと知りたくなったのかなって」



 それは至極単純な疑問で、特に大した理由もなかったのだが、



「……その、ちょっと、色々あってっ」



 日並の反応はどこかぎこちなくて、



 ──あれ?



 遊愛は奇妙な引っかかりを覚えてしまった。



「ま、まあ大したことじゃないよ!」



 そして、それが何なのかを考えようとした時、



 ──まさか、ルナのこと……。



 一つの可能性に行き当たり、鼓動が強く跳ねた。

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