第65話 ※相談の後は相談です。

 二人の男子に呼び出されたトオルは、HR《ホームルーム》直前ということもあって廊下で話し合いに応じることとなった。



「えっと、何の用かな?」



 一応、確認のためにと聴いてみれば、



「そんなもん決まってんだろうがぁっ!!」

「はいぃっ!!」



 猛獣のような咆哮が返ってくる。


 何故いきなり怒鳴られなければいけないのかと非常に理不尽な感情を覚えるが、それを言えるほどの度胸もない。



 ──相変わらずおっかないな……。



 実を言うと、トオルは目の前の人物を知っている。


 もちろん、知り合いだからだとかではなく、単純に彼らがクラスメイトだからである。


 この頭を丸刈りにした筋骨隆々の男は、鬼島猛きじまたける


 見た目通り野球部に所属する生徒で、その強面と威圧的な喋り方から約一名を除いて近寄る者がいないことで有名だ。



「おいおいたける、それは頼む側の態度じゃないぞ? 悪いな、こいつはまあ……ちょっと天然なところがあるんだ」

「は、はぁ……」



 そして、その一名というのがこうしてフォローに入ってくる人物──池林誠也いけばやしせいやというわけである。


 背丈こそクラスの中で一番低いものの、その精神性は誰より大人で紳士であるともっぱらの噂。


 何より、その渋いイケメンボイスが良いと女子の間ではカルト的な人気を誇っていた。



「ほら、こっちから呼んだんだ。早く用事を済ませたらどうだ?」

「……おう」



 そんな彼の前ではあの鬼島も大人しくなるほどで、流石はいつも一緒にいるだけはあるなと感心させられる。


 トオルもまた、池林の声に心を落ち着かされながら言葉を待ち、



「その、だなっ……」



 しかし、あれだけ威勢のよかった鬼島は、何故か急に縮こまってもじもじとし始めた。


 ガタイのいい男にそれをされても正直反応に困るのだが、彼にとってはそれだけ勇気のいることなのだろうと思えば気にするのも可愛そうだろう。



「え、え……エルナちゃんに俺を紹介してくれっ!!」



 そして、少しの溜めを作ってようやく発されたのは、予測していた内の一つだった。



 ──石徹白さんの方か。



 トオルは心の中でそう呟きながら、無意識に安堵する。


 それはもちろん、彼が選んだのが友戯の方では無かったからで、



 ──って、何を安心してるんだ俺はっ……。



 慌てて首を振った。


 仮に、彼が友戯のことを好きだったとして、別にトオルには関係のないことだ。



 ──まあ、友戯だと色々と面倒そうだしなっ。



 結果、石徹白さんの方が上手くこなしてくれるからだろうという理由付けをして、ひとまずの納得をする。



「ええっと、もしかして昨日の朝、俺のこと見てたのって」

「ああ、俺だ」



 そこでふと、疑問に思っていたことを確認してみれば、鬼島は縦に頷いた。


 席の位置からしてそうではないかと考えたのだが、道理で一際ひときわ気になったわけである。



「それで、答えはどうなんだよっ!?」

「え、えっと……」



 さてどうするかと悩むトオルだったが、その様子に焦ったのか鬼島は拳を鳴らしながら詰め寄ってきた。


 どう見ても、はいと言わなければ殴られる流れだが、ここは彼の友人である池林を信じるとしよう。



「今すぐはちょっと──」



 いきなり答えを出すわけにも行かない問題のため、素直にそう返そうとするが、



「ダメなのかッ!?」

「──い、いえぇッ!!」



 言い終えるよりも早く胸ぐらを掴まれたので反射的に否定してしまった。



「おい猛、焦るなよ。話は最後まで聴いた方がいい」

「で、でもよぉっ!」



 これは本当に殴られるのではと思うが、池林いわく焦っているだけらしい。


 その情報に少し安心しつつ、



「ご、ごめん。本人に確認してからじゃないとって言おうとしてて」

「っ! な、なんだそうだったのかっ」



 今のうちに誤解を解いておく。


 鬼島もそれで納得が行ったのか、ようやく手を離してくれた。



 キーンコーンカーンコーンッ……。



 すると、タイミングよくチャイムが響き渡る。



「それじゃ、頼んだからな!」



 よほど嬉しかったのか、鬼島は恐ろしい笑みを浮かべながら教室へと戻っていき、



「付き合ってくれてありがとな。今度、飲み物でもおごるよ」

「ああいや……」



 池林もまた、トオルに礼を述べながらその後に続いていった。


 ここで上手く返せない自身のクソ雑魚コミュ力に若干へこみつつ、トオルも自分の席へと帰るのだった。








 それからしばらくして、昼休みのこと。



「どうしたの、日並くん?」



 昼食を食べ終えた後、トイレに行くフリをしつつマインで石徹白さんを呼び出したトオルは、人通りの少ない階段の踊り場で例の件を相談しようとしていた。



「えっと、ものは相談なんだけど」

「嫌かな♪」

「はやっ!?」



 が、最初の一言目にして笑顔で拒否されてしまう。



「少しは聴いて欲しいです」

「えー? だって、その様子だとろくな事じゃないんでしょ?」

「うっ」



 流石にこれで諦めるわけにもいかないので丁寧にお願いしてみるも、心でも読んだかのように図星を突かれ、



「当ててあげよっか?」

「え、いや」

「多分だけど、男子に私を紹介してくれとか頼まれたんじゃないかな?」

「っ!」



 挙句の果てにはその内容まで当てられる始末。



「な、なんで分かったの?」

「私、心読めるから」

「え!?」



 驚きを隠せず尋ねてみれば、とんでもないことを言い始めた。


 普通なら冗談だろうと切り捨てるところだが、彼女に関しては本当にそうでもおかしくないと思わせるだけの過去がある。



「くすっ、嘘に決まってるでしょ?」

「び、ビビった……」



 ところが、流石にこれはジョークだったようだ。


 思春期男子には知られたくないことがたくさんあるので、これにはホッと一安心である。



「本当は朝、廊下に呼び出されるとこ見てただけだよ」

「なんだ、そういうことだったのか……」



 胸に手を当て息を整えていると、石徹白さん自ら解説してくれた。


 確かに、石徹白さんは友戯目当てに教室に来るので、その現場を目撃していても何らおかしくないだろう。



「でも、よく見てたねそんなとこ」

「それはだって……あっ──」



 故に、少し褒めるつもりでそう言ってみたのだが、石徹白さんは突如ハッとしたような表情に変わり、



「──べ、別に日並くんを見てたわけではないけどっ!?」

「え、うんっ……!?」



 顔を赤くしながら怒ってきた。


 どうやら、トオルが勘違いをしたのではないかと思ったようだ。



「日並くんのそういう自意識過剰なとこ、陰キャっぽくて良いよねッ!!」

「ご、ごめんなさいっ!?」



 それこそ誤解なのだが、捲し立てるように皮肉をぶつけられればただ謝ることしかできない。



「はぁっ……はぁっ……わ、私もういくねっ!?」



 そして、何がそんなに疲れたのか、息を切らした石徹白さんがきびすを返そうとするので、



「ま、待って!!」



 慌ててその細い手を掴んでみれば、



「ぴっ!?」



 何故か変な声を上げながらピンと伸びた。



「て、手っ……!!」

「あ、ごめんっ……でもその、まだ話は終わってないから!」



 石徹白さんはよほど嫌なのか、腕をぶんぶんと振るうので大人しく離してあげつつ、言いたいことをちゃんと口にして伝える。


 頼まれた以上、最低限のことはしてみせるのがトオルの心情だったからだ。



「一回で良いから、話してみない?」



 意を決してそう確認すると、



「……日並くんはどう思う?」



 真剣な雰囲気が伝わったのか、息を一つ吐いて冷静になった石徹白は逆に質問を投げかけてくる。



「え? うーん……」



 これにトオルは逡巡し、



「そうだね、俺はもちろん、石徹白さんのことを大事にしたいかな。だから、嫌なら嫌で断ってくれて構わないよ」



 そう、正直に打ち明けた。


 正しくは『石徹白さんの気持ちを』だったが、大体の意図は伝わってくれるだろう。



「……石徹白さん?」



 しかし、何故か顔を赤くしたままの石徹白さんは呆けたように反応がない。



「おーい!」



 仕方なく、耳もとで大声を上げてみれば、



「っ!? え、あっ、うん!! 良いと思うよっ!?」



 やっと気がついたのか、慌てた様子で了承の返事をくれた。



「そっか……! ありがとう石徹白さん!」

「え」



 何が響いたのかはまるで分からないものの、とりあえず答えがイエスだったことに感謝したトオルは、



「それじゃあ、細かいことはマインで連絡するから!」

「あ、待っ──」



 これ以上友戯たちを待たせるのも不自然だろうと、廊下を急ぐのだった。

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