第64話 ※朝っぱらからカオスです。

 友戯と景井が喧嘩をした翌日の明朝。



「おはよう日並」

「日並くんおはよ!」

「おはよう、二人とも」



 相変わらずの白黒コンビを見つけて、挨拶を交わす。


 友戯は昨日のことを引きずっている気配が無く、石徹白さんはいつも通り上機嫌そうにニコニコしていた。



 ──あまり引きずりすぎないのも、友戯のいいところだな。



 友戯の隣にいるだけで幸せそうな石徹白さんは置いておいて、友戯本人が壮健そうでなによりである。


 トオルからすれば友人に色仕掛けをしたという事実はかなりの黒歴史確定なので、友戯のそういう単純さはある意味で羨ましい。



「──それで……お?」



 と、そんなことを考えながら他愛もない話に興じていると、進行先に景井の姿を見つける。



「おーい、景井〜」



 丁度いいと彼にも声をかけてみれば、



「ん? おお、仲良しご一行じゃないですかー」



 少しからかうような調子でこちらへと近づいてきた。



「あ……」



 これに、友戯は一瞬怯むが、



「その、ごめんね昨日は」

「ああいや、あれは俺も悪かったから」



 ちゃんと謝罪を述べることに決めていたようである。


 もちろん景井もこれに応え、互いに謝ったところでこの件は完全に解決だ。


 やはり平和が一番だと一人頷いていた時、



 ──ん?



 後ろから袖をちょいちょいと引っ張られる。



「何かあったの?」



 その正体はもちろん石徹白さんである。


 そういえば、彼女は今回の件を知らなかったなと思い出したトオルは、



「昨日、家に来た二人がちょっと喧嘩したみたいで──」



 正直にそう説明するが、



「へぇ?」

「っ……!?」



 喧嘩という単語を聞いた途端、石徹白さんの気配が冷たいものに切り替わってしまった。


 本当に遊愛ちゃんラブだなと一種の尊敬を抱きつつも、



「ほ、ほら! もう仲直りしてるし大したことじゃないよ」

「ふーん……」



 このままではいけないと慌てて宥めに入る。


 すると、石徹白さんは目を細めながらも、前方で和やかに話す二人を見て納得したような様子を見せ始め、



「ちなみに、なんで喧嘩したの?」

「え、それは──」



 最後にとばかりに、そもそもの原因を尋ねてきた。


 トオルはこれに答えようとして、



 ──い、言ったらダメな予感がする……。



 つい言いよどんでしまう。


 それもそのはず、喧嘩の理由がトオルの奪い合いだなどとのたまった日には、石徹白さんの嫉妬を受けることは想像に難くない。



「へえ、私に言いにくいことなんだ?」

「うっ……」



 だが、そんな風に沈黙していたところで追求は免れられず、



「その、俺の一番の友人はどちらか……みたいなのらしい……」



 せめてもの抵抗にぼそぼそと口にするしか無かった。



「え、何それ? 遊愛ちゃんが日並くんを取り合ったってこと? そんなの、私にしてくれたことないけどなー?」



 結果、石徹白さんは予想通りの反応を見せ、ハイライトの消えた目のまま小首をかしげてくる始末。


 呪いの人形のような禍々しさを放つ彼女に戦々恐々とさせられたトオルだったが、



「……二人で何してるの?」

「っ!?」



 ここに来てさらなる増援が迫ってきた。



「き、昨日のことを説明してたんだよ」



 振り向けばそこにいた、普段よりも細いジト目を向けてくる友戯に慌ててそう返すも、



「ふーん、それにしては随分と楽しそうだったけど?」



 いったいどこを見ていたのかと疑わしくなるほどの節穴っぷりを証明してくるばかり。



 ──こ、この状況はまずいっ!



 しかし、問題はそれだけではない。


 このままでは、友戯の嫉妬に石徹白さんが怒り、その石徹白さんがトオルに食ってかかってくることでまた友戯が嫉妬するというループになってしまうことだろう。



「どうした日並? 早く行こうぜー」



 だが、ここに来てようやく救いの手が差し伸べられる。



「お、おう!」



 やはり持つべきものは友だと、口にしたら友戯に怒られそうなことを思いながら離脱を試みるが、



「あっ、ちょっとっ……!」



 友戯は追尾式らしく、すぐ後ろを付いてくる。



「……なに、やっぱりそういうことなの?」



 そして、景井とは反対側に陣取った友戯は、日並にだけ聞こえる声で不機嫌そうに尋ねてきた。


 もはや景井のことなのか、石徹白さんのことなのかも分からない質問に、トオルはただただ答えに困ることしかできない。



「まあまあ友戯さんやー、そんな日並を攻めないでやってくれよー」

「っ!」



 すると、見かねた景井が横から援護を入れてくれる。



「ふーん……」



 無論、そこに悪意等は無かったように見えたが、当の友戯は明らかに景井への敵意を再発させていて、



「日並くん……?」

「ヒェッ……!?」



 背後からは石徹白さんからの冷たい殺気を浴びせられるという、正面を除いた四分の三面楚歌状態へと突入してしまった。



「ああ結局、そういうことなんだ景井くんって?」

「さあ? 俺は友人として普通の振る舞いをしてるだけなんでー」



 側面では友人同士の縄張り争いが勃発し、



「…………♪」



 背面には無言で背中に『死』の文字を書いてくる友人の友人。



 ──俺、悪くないよね……?



 朝っぱらからカオスな状況に巻き込まれたトオルは、一種の理不尽さを抱きながら天を仰ぐのだった。








 ──づ、づがれだ……。



 そんなこんなで朝から疲労を溜めさせられたトオルはHR《ホームルーム》前の時間を、自身の机の上に死んだようにのびることでやり過ごそうとしていた。


 結局あの後、三人のご機嫌を取るために奔走させられたので、当然のことだろう。


 が、実はこうしている理由はそれだけではない。



 ──この状態の地味な男子には話しかけられまいっ……!



 そう、トオルは昨日の件が原因で声をかけてくる者がいるのではないかと警戒していたのだ。


 友戯や石徹白さんとの潔白が証明されてから一日が経っているため、彼らが考える時間は充分にあったはず。


 いつ、『俺のこと紹介してくれよ〜』という陽キャ男子が出てくるか分かったものではない。



 ──まあ、別に俺がどうこう言える問題でもないんだけど。



 ただ、これは恋敵を増やしたくないとかそういったことではなく、単純に友戯が困るだろうという予測によるものだった。


 トオルの性格上、紹介を頼まれたら断れない可能性も高く、それがきっかけで恋愛に関心の薄い友戯を巻き込むのも気が引けたのだ。


 石徹白さんに関してはよく分からないが、あの性格的にあまり進んで恋愛をするようにも見えない。


 故に、この選択はそこまで間違っていないはずだろうとトオルは結論づける。



 ──さて、そろそろ大丈夫かな?



 そうして顔を伏せてからしばらく経った頃。


 感じていた視線が薄れたような気がしたトオルは、少しだけ顔を上げて周囲を観察する。



 ──よし、みんな諦めてそうだ。



 少なくとも見える範囲ではこちらに意識を向けている者がいないことを確認できたため、こっそりスマホをいじろうとし、



「よう、やっと起きたか」

「っ!?」



 直後、背中から聞こえてきた低い声に肩を跳ねさせられた。


 まさかと思い、ぎこちなく後ろを振り向いてみれば、



「ちょっとツラ貸せや」



 そこには、坊主頭をした背の高い強面の男子と、



「すまんね、ちょっと付き合ってやっちゃくれないか?」



 対称的なほどに低い背と、ロートーンのイケボを放つ男子がいた。



 ──結局こうなるのね……。



 それだけで全てを理解したトオルは、今までの抵抗が無駄であったことを悟り、力なくうなだれるのだった。

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