第63話 ※慣れないことをするものではありません。
景井が部屋を去ってから少し、
「──で、いきなりあんなポーズを取り始めたと」
「う、うん……」
友戯から事情の説明を受けたトオルは、思わず頭を抱えてしまっていた。
──いやまさか、本当にそうだったとは……。
それもそのはず、まさか自身の友人であるあの二人が喧嘩になるとは思いもしなかったのだ。
──友戯と景井ってそんな相性悪かったのか?
一見、どちらも攻撃的な性格はしていないはずなので、先ほどのような光景は非常に衝撃的であった。
少なくとも、トオルに対してそういった態度を取ってきたことはほとんどなく、例え喧嘩が起きてもほんの些細なレベルでしかなかった。
「ひ、日並……?」
そして、諍いが起きた原因を改めて反芻した時、自身の顔が熱くなるのを感じたトオルは両手で顔を隠し、
──てか、もうほぼ告白ぢゃんッ……!!
心のなかで正直な感想を吐き出す。
友戯の言い分である『一番になりたかった』という言葉もそうだが、そのために色仕掛けまでしてくるというのが友達としての領分を明らかに超えていたからだ。
いったい、一番になるためならどこまでするのだろうかと、ドキドキしてしまうのも仕方がないはず。
もし仮に日並が、
『なあ、もっと見せてもらうことってできるのか?』
と言ったとして、
『うん……日並が喜んでくれるなら──』
立ち上がった友戯が自らスカートをたくし上げようものなら……
「ン゛ッ!!」
「!?」
そこまで妄想して、思わず咳き込んだ。
本人を前にしているうえ、今までの言動から意外と現実味があるせいで余計にダメージが大きかった。
「ああ、いや、そういうこともあるよな、うん」
「そ、そうだよねっ……」
が、いつまでもそうしているわけにはいかず、こちらの挙動におろおろしている友戯を安堵させるために声をかけてあげる。
本音ではそんなこと普通はやらないと言いたかったが、余計に辱めるのも可愛そうだろう。
「にしても、まさか二人がそうなるとはな……」
「うっ……でも、最初に言ってきたのは景井くんだし……」
とりあえず、この状況をどうするべきかと困っていると、友戯が何やら言い訳をしてくる。
その態度が子供みたいでまた可愛かったが、
「だとして、友戯も張り合ったんだろ?」
「それは、そうだけど……」
ここは平等に注意しておくことにした。
景井が先に口出ししたというのが意外だということは置いておいて、どちらかに加担するというのはあまり良くないと思ったのだ。
「とりあえず、景井にも話を聴かないと──」
そう考えたトオルはスマホを手に取り、マインでメッセージを送ろうとするが、
「──ん?」
タイミング良く通知音が鳴り響く。
トオルのスマホからではなく、友戯の方からである。
「あ」
視線をやると、スマホの画面を確認した友戯が声をこぼし、
「景井くんからだ……」
件の男から連絡が来たことを口にする。
「なんて?」
「えっと……」
気になったトオルは友戯の横へと回り込んで覗き込み、
『さっきはごめん。ちょっとからかうつもりが熱くなりすぎてしまった(汗)』
そこに景井からの謝罪文が載っていることを確認した。
どうやら、本気で喧嘩をしていたわけでは無いらしかったことに安堵の息をつく。
「なんだ、良かったじゃないか」
「え、うん……」
これで一件落着だと思ったトオルは、
「景井が大人で助かったな……」
「っ!」
つい、そんなことをつぶやいてしまい、
「……なにそれ」
「え、あっ!?」
自身の失態に気がついた時にはすでに手遅れだった。
横にいる友戯の表情が急激にしかめっ面へと変わっていくのを目の当たりにしたトオルは、
「今のはそのっ」
思わず言葉に詰まり、
「私が子供だって言いたいの?」
ジトッとした目で睨んでくる友戯に迫られ、
「ちょ、近いって……!?」
「やっぱり、景井くんの方が上なの?」
彼女に触れないよう身体を下げていくうち、為すすべもなく地面に倒されていた。
──な、なんかまずい気がっ!?
気がつけば、視界にはこちらを見下ろしてくる友戯と白い天井が映り、蛇に睨まれた蛙のごとく身動きが取れなくなる。
友戯の目からはハイライトが消えており、何をしでかすか予測のできない雰囲気を醸し出されていた。
「もしそうなら、そのっ……証明してみせるからっ」
「え、まっ、友戯さんッ!?」
が、そう告げてきた友戯の目はぐるぐると回り始め、顔は耐えきれないように赤く染まっていく。
いったいこれから何を証明しようというのか。
彼女の震える声と、自身の制服のボタンに指をかける動作を見れば否が応でも分かろうというものである。
「お、落ち着け友戯ッ! それは友達ちがうっ!!」
流石にこれ以上はまずいだろうと制止を試みるも、
「み、見てて日並、私の覚悟をッ……!」
まるで話を聴かない友戯は高らかに宣言してしまった。
これはもう止められないのかもしれない。
そう思ったトオルはせめて彼女の覚悟を受け止めてやろうとその顔を見つめ、
「あ、ああ、分かった」
こちらも同じように決意を込めて返した。
友戯の感情がどういったものなのかまだ確証は得られないが、ここで引いては男がすたるというものだろう。
故に、後は黙して彼女を見守るだけだ。
「い、いくよっ……?」
最後通牒のようにそう確認してくる友戯に頷きだけを返し、
「本当に、やるからね?」
ごくりとつばを飲むが、
「あの、じゃあ……その……」
一向に事態は進まなかった。
あれだけ意気揚々と宣言していた態度はどこへやら。
時間が経つにつれ、徐々にしぼんでいった友戯の威勢は、
「とも」
「ま、待ってっ! も、もう少しでいける……と思う、からっ……」
ついに、最低値までだだ下がりになっていた。
日並の上にまたがったまま、あたふたとする友戯の姿はいつもの彼女から想像できるそれで、
「ぷっ……あははっ!!」
「っ!?」
無意識のうちに吹き出してしまっていた。
「と、友戯っ……お前なにやってんだよっ……!」
「っ!! なにって、だからっ……うぅ……」
自身が笑われていることに気がついた友戯は、ただでさえ赤くなっていた顔をさらに上気させる。
何とか反論を試みようとしているが、この様子では上手くいくことはないだろう。
「やっぱ、友戯に色仕掛けは向いてないよ」
「うっ……」
先ほどまで蠱惑的に見えていた雰囲気も霧散し、昔の小さな友戯を見ているような錯覚さえしてしまう。
「それに、友達として競うならそれは完敗みたいなもんじゃないか?」
「…………」
そして、ずっと言いたかった正論を告げてやった頃には、友戯の口は完全に沈黙していた。
「まああれだ……正直に言うと気持ちはめちゃくちゃ嬉しい」
「っ!」
ただ、そのままにしておくのも可愛そうなので素直にそう教えてあげ、
「でも、一番とか二番とかそういうのはそもそも考えたこと無いよ。友戯は小学生の時にたくさん遊んだ友達で、景井は中学でずっと一緒だった友達っていう、それだけなんだ」
流れのままに本心を語った。
実際、順位をつけろと言われてもトオルにはできそうにないので、結局こう言うことしかできないだろう。
「……ん…………分かった……」
そこまで言われてはもう何も言え返せないのか、友戯は諦めたようにこくりと頷いてくれた。
その態度が親に叱られた子供のようでまたおかしくなるが、笑うのは何とか堪える。
──学校のみんなが見たら驚くだろうな。
彼らが知るクールな友戯とは真逆の姿にそんな取り留めもない感想を抱きつつ、自分だけがそれを知っているという事実に、ほんの少しの優越感を覚えるトオルなのだった。
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