第62話 ※それはもうバチバチです。
至近距離まで顔を近づけてくる友戯と、その横からひょこっと顔を覗かせる景井。
意図せずして二択を迫られることとなったトオルはただただ戸惑うことしかできなかった。
──なんなんだいったい……。
友戯も景井も放つ気迫は凄まじいもので、自分を選べと言っているようにさえ錯覚させられてしまう。
ラノベやマンガではこんな感じでヒロインに取り合われるといったイベントがあるが、その時の主人公の気持ちが少し分かったような気がした。
──まあ、そういうことではないと思うけど。
とはいえ、実際には彼らが自分を取り合っているというわけでもないだろう。
そもそも景井が男であるという点は置いておくとして、現実的に考えて一人の友人を巡って争うには対象がちょっと弱すぎる。
せいぜいちょっとゲームが上手い程度で、何か大きい恩を売っているわけでもないトオルからすれば、それは当然の思考のはずだ。
「じゃあ、二人でやってみたらどう?」
故に、ふたりとも単純にこのゲームがやりたいのだろうと友戯にコントローラーを譲り渡すが、
「む……」
いつもより柔和だった友戯の表情が、平時の気分よりも下へと急降下していってしまう。
──あ、あれ?
一応、差し出されたものを無碍にもできなかったのかコントローラーは受け取ってくれた友戯だが、明らかに不満そうな態度である。
「あー……うん、そうだなー……」
また、景井は景井で声の調子が一段落ちており、
「…………」
「…………」
結果、トオルの部屋にはゲームの戦闘音と、コントローラーがカチャカチャと鳴るだけの時間が流れていった。
「ご、ごめん……いきなり二人はやりすぎたよな……」
これには、采配を間違えたと慌てて謝罪するも、
「っ、ぜ、全然っ! た、楽しい、よね? 景井くんっ……」
「あ、ああ! めちゃくちゃテンション上がってるぜー?」
今度は逆に声を張り上げてきた。
「なんだ、それなら良かった……」
急な転換に若干の違和感を覚えつつも、ひとまず安堵の息をこぼすと、
「ははっ……日並の親友だぜ、当然だろっ」
「日並は心配しすぎ、私たち親友でしょ」
彼らも気にしていないことを強調するように笑ってくれる。
若干、一部のアクセントが強かった気がするが、それは気にするほどのことでもないだろう。
──流石は友戯と景井だな。
直接の接点が無いとはいえ、二人ともトオルと仲良くしてくれている人物であることに変わりはない。
共に自分が認める親友なだけあって、こういった状況でもしっかりとした気遣いをしてくれてるらしい。
「……あっ」
と、一人勝手に感心していると、敵の群れに囲まれた友戯がダウンさせられてしまう。
以前に経験があるとはいえ、難易度はまるで違うので致し方ないことだろう。
「どんまい友戯」
「う、うん、ごめん」
トオルの励ます声に、友戯は少し恥ずかしそうにするが、
「あららー、まあ仕方ない仕方ない!」
「っ!」
景井が同じように声をかけた途端に雰囲気が変わる。
漠然ではあるが、どこか機嫌が悪くなったような、そんな印象を受けたのだ。
──ど、どうしたんだ?
まさか煽られたとでも思ったのだろうか。
景井がそんなことをするとは思わないが、友戯自身がどう思うかは本人にしか分からない。
「うわっ」
そうして考えている間もゲームは進み、景井の方もやられてしまう。
「あ、景井くんでもダメなんだ?」
すると、くすりと笑う程度には友戯の機嫌が回復し、
「まあ、流石に一人じゃキツイよねー」
今度は景井が不機嫌そうに言い訳をしていた。
──ん?
そこでようやく、何か思い過ごしをしているのでは無いかということに気がつき始める。
「友戯さんがもう少し生きてればワンチャンあったなー」
「ごめん、日並とやるくらいだからもっと強いのかなって思ってて」
後ろからなので二人の表情は窺えないが、その口調と声色からしてどう考えても和やかな会話には聞こえず、
「うわっ!?」
「あ、ごめん、そっちの方に敵がいたから」
友戯が明らかに故意にしか見えない誤射をするわ、
「っ、なんかこっちの敵多いっ……」
「気のせいじゃないー?」
景井が乗り物を使って一人で逃げ始めるわで酷すぎる状況に成り果てていた。
二人の背中からは重々しい効果音が鳴っていそうなほどの怒気が立ち上っており、トオルは思わず戦々恐々とさせられる。
──と、止めないと!
ここに来て、二人が険悪な関係であることを確信したトオルは、
「ふ、二人とも落ちついて!」
彼らの背にそう声をかけるが、
「どうしたの日並、私は普通だよ? それよりも景井くんにはそろそろ休んでもらった方がいいかも」
「はっはっ、それはどちらかというと友戯さんじゃないかな? まだこの難易度は早いってー」
もはや言葉で収まるほど、容易い事態では無かったようだ。
二人とも何とか声の調子を楽しげに保とうとしているが、普段の彼らを知っているトオルからすれば違和感しかなかった。
「わ、分かった分かった! 一旦休憩にしよう!」
こうなっては仕方がない。
トオルはひとまずゲームを中断させ、事態の収拾を図る。
「日並がそう言うなら……」
「りょーかいー」
すると、両名とも無事に引いてくれた。
しかし当然、部屋の中には沈黙が流れ、
「あー、とりあえず今日は帰るかな」
「あ、景井っ!」
それに耐えかねたのか景井は腰を上げると、そそくさと部屋を去っていってしまった。
「…………」
「…………」
残されたのは、気まずい空気と相変わらずの静寂のみ。
「ね、ねぇ日並──」
その状況を良しとしなかったのか、友戯はいきなり声をかけてくると、
「──な、なんか今日、暑いね……?」
「エッッ……!?」
こちらに身体を向けて脚を崩し、胸のボタンを一つ多く外し始めた。
スカートの裾からわざと白い太ももを覗かせ、決して小さくはない胸の谷間をチラつかせてくるその姿は、もはやただのセクシーポーズでしか無い。
──な、何してるのこの子は……!?
冷房がついているこの部屋はそこまで暑くないので、それがあえて行われているということは分かりきっていたが、それでも目を奪われてしまうのが男の悲しい性である。
見えそうで見えない絶対領域の奥に、確かに異性であることを感じさせる柔らかそうな胸の質感。
そのどれもがトオルの理性を溶かし、無意識につばをゴクリと飲んでしまうが、
「あの、顔真っ赤だけど……?」
「っ!」
ふと、彼女の顔を見てみれば、耳まで真紅に染まっていることに気がつき、冷静さが僅かに戻ってくる。
「いや、恥ずかしいならやらなきゃいいのに……」
何故そうまでしてこんなことをするのか分からず指摘してみるも、
「べ、別に恥ずかしいとかじゃ……ただちょっと、暑いだけで…」
友戯は認めようとしなかった。
──本当になんなんだ?
今の突拍子のない行動といい、先ほどまでの景井とのやり取りといい、不可解なことが多すぎる。
「どうしたんだよ友戯、らしくないぞ?」
「っ……」
故に、正面から尋ねてみれば、図星を突かれたのか僅かな動揺を見せた。
そして、
「だって……」
隠し通すのは無理だと考えたのか、小さな声でぼそりとつぶやき始めた友戯は、
「日並の一番は私が良かったんだもんっ……」
「っ!?」
拗ねたような様子でドキリとさせられることを言ってきた。
──『だもん』ってなにッ!?
これにはトオルも、驚きの可愛らしさに困惑させられてしまう。
──てか『一番』って、これ告白じゃないよね!?
加えて、その内容はといえばほぼ告白と言ってもいいレベルの代物であり、嬉しさと恥ずかしさまでもが同居してくる始末。
いったい何がどうなれば、いきなりそんな発言が飛び出してくるというのか。
小一時間は問い詰めたい気分であった。
「ど、どゆこと? それって、景井も関係あるやつ?」
「……ん──」
とりあえず、理由を聴かねば話にならないだろうと声をかけるトオルに、友戯は小さく頷くと訥々と言葉を紡ぎ始めるのだった。
そこら中でセミが鳴き、アスファルトからは
見るからに暑そうなその景色を前にしながらも、帰路につくためにマンションのエントランスから外へと足を踏み出した。
──あぁ……あちー……。
ちりちりと陽光に髪を焼かれながら、ただくだ道を行き、
──柄にもないことしたなー。
暇になった脳は先ほどまでの自分の行動を反省し始める。
自分で言うのも何だが、あまり周囲に流されないという自負はあった。
そのはずだが、こと親友のことに関するとそうも行かないらしい。
──にしても、『私に決まってる』か……。
思い出されるのは、日並の親友であることを譲らなかった少女の姿。
整った顔立ちに加え、異性とは思えないその距離感は、年頃の男子からすればドキマギはさせられど、嫌という者はそういないだろう。
幼い頃の知り合いということもあって、日並にとってはきっと大きな割合を占めている友人であることは間違いないだろう。
──どうなんだろうな。
しかし、思うところはあった。
何せ彼女は、日並が再び交友を深めたいと思うほどの人物であると同時に、過去に日並と疎遠になった存在でもあるわけで……
──ま、日並がいいならいいか。
そこまで考えたところで、余計な詮索はやめておこうと打ち切る。
結局のところ、どうするかを決めるのは日並自身だろう。
──さて、何するかなー。
こういう時、すぐ切り替えられるのが自分の良いところのはずだ。
そう考え、帰った後のことに思考を切り替えながら、足を速めるのだった。
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