第61話 ※水と油みたいなものです。

 不意に突きつけられた言葉に、鼓動が激しくなるのは当然のことだった。



『やっぱ付き合ってるよね二人とも?』



 その質問自体は別に動揺に値するものではない。


 実際、何度も聴かれたことがあるので慣れているうえ、本当にそういった関係ではないのだから。



 ──このタイミングってことは、まさかっ……。



 だが、こと今に関しては、それの意味するところが大きく変わってくる。


 何せ、疑っていない側だったはずの彼がそんなことを聴いてくるということは、



「いや、そんな驚かなくても……というか、もしかしてさっきのバレてないと思ってたの……?」



 つまり先ほどの一部始終に気づかれていたということであるのだから。



 ──や、やっぱりっ……。



 それを理解させられた瞬間、自分でも顔面が蒼白になるのが分かるほどに熱が引いていき、



「さ、さっきのはそのっ……」



 直後、今度は恥ずかしい行動がバレていたという事実に顔が沸騰しそうになるという、忙しない状況となってしまった。



「それじゃ、片想いとか?」

「そ、れもちがうっ……」



 何とか否定しようとするも、この慌てようではまるで説得力がないだろう。


 むしろ、誤解を助長させてしまったのではとさらに焦る遊愛だったが、



「んー、そっかー」

「……え?」



 彼は何故か、深く追求してくる気配がない。



 ──よく分からないけど、これはチャンスかも。



 とりあえず、誤解を免れるためには弁解する必要がある。



「じゃあやっぱり友達ってことなんだね」

「え、うん、そうだけど……」



 そう考えた遊愛だったが、声を発するより先に確認されてしまう。


 とりあえず、全くもってその通りなので頷いておくと、



「……よし、分かった」



 彼は真剣な顔で考え込んだ後に顔を上げ、



「悪いけど友戯さん、これだけは言わせてもらうよ」

「……なに?」



 何やら意味深な言葉を放ってきた。


 いったい何を言うつもりなのかと彼を訝しみ、


 

「日並の親友枠……それは譲れないねっ!!」

「っ!!」



 直後に告げられた親友枠という単語に、遊愛は揺さぶられることとなった。



「え、それって」

「もちろん、日並と最も仲のいい友人は誰なのか、ということさー」



 確認のために訪ねようとするも、その必要もなく食い気味に答えが返ってくる。



「そんなの──」



 反射的に自分に決まっていると答えそうになったが、



 ──でも、会ってない時間も長い。



 日並と疎遠になっていたという事実があることを思い出し、言葉に詰まってしまった。


 だが、



「──私の方に、決まってるしっ……」



 最終的には目の前の男に負けたくないという意地が勝ち、気がつけばそう口にしていた。



「へー? この中学三年間ほぼ毎日遊んでいたこの俺に勝てると?」

「何それ、時間で言えば私の方が長いと思うけど?」



 そして、挑発するような彼の言葉に応戦してみれば、



「なるほど、確かにそうかもしれない。でも、俺と友戯さんの間には決定的な差がある」

「ふーん……?」



 随分と余裕そうに返されてしまう。


 何か秘策でもあるのだろうかと次の言葉を待ち、



「そう、それは俺が男子で、君は女子という点だ!」

「っ……!」



 思わず動揺させられることになった。



「日並とて男。どれだけ仲が良くとも女子には話せない、できないことがたくさんある……そうは思わないかい?」

「へ、へぇ……?」



 彼の言葉は最もなもので、実際に日並からそういった気遣いを感じることも少なくない。


 そのため、納得していないような素振りはするものの、痛いところを突かれたと内心では動揺が強くなっている。



「例えば、下ネタ関係なんかはそうだ。日並の性格的に、女子の前で下ネタを話すようなことはできないはずだからねー」

「ぐっ……」



 さらには具体例まで出され、



「それに、屁をこきたくても気を使って我慢するだろうし、リラックスしてるように見えて色々と耐えてるんだとは思わない?」

「そ、それは……」



 流石に反論に窮してしまう。


 しかし、それで諦めるほど、日並への想いは弱くない。



「でも、私の方が日並のこと楽しませられるからっ!」

「ほう」



 反論ができないなら、利点を突きつけてあげればいい。


 遊愛はそう考え、



「例えば?」



 様子見するように尋ねてくる彼に対し、



「私は日並とくすぐり合いができるっ」

「な、に……?」



 堂々と言い放ってやった。


 内容の恥ずかしさに、若干顔が熱くなるが、この際そんなことは気にしていられないだろう。



「それに景井くんよりも、私の方が見た目も声も保養になるだろうし?」



 いつもの自分であればまず言うことは無いが、もはやなりふり構わず外面までをも武器にしていく。



「な、なるほどー……でも、やっぱり気兼ねが必要ないのは俺の方じゃ──」

「気兼ねがどうこうじゃなくて、大事なのは満足度で──」



 そうして、互いに負けじと言い合っているうち、



「っ!」



 部屋の外から、水を流す音が聞こえてきた。


 じきに、日並が戻って来ることだろう。


 その考えは同じだったのか、共に口を閉ざして静かになる。



 ──負けないから。



 心の内に闘志の炎を燃やすのだった。









 トイレにこもってから十数分。



 ──ふぅ……やっと落ち着いてきた……。



 予想以上に腹の調子が悪かったトオルはようやくスッキリとした心持ちとなり、狭い部屋から抜け出す目処が立っていた。



 ──二人は大丈夫かな……。



 心配なのは、結構な時間待たせることとなった友戯と景井の両名のこと。


 トオルにとっては共通の知り合いではあるが、二人が特別仲がいいという印象はない。


 ここ最近、昼休みや下校時に会話を交わすことはあっても、彼ら二人だけで盛り上がるといったところは見たことが無かったのだ。


 故に、こうして時間がかかってしまったことに対して非常に申し訳ない気持ちになってしまう。



 ──気まずいことになってなければいいけど。



 そう祈りつつ、少しでも早く戻ろうとトイレを流したトオルは扉を開けて洗面所へと向かった。


 そして、素早く手を洗いつつ壁にかかったタオルで水気を拭くと、



「ごめん、お待た──」



 足早に部屋へと戻り、



「──せ……?」



 直後に強い違和感を覚える。


 扉を開け視界に入ってきたのは、もちろんあの二人であったのだが、



 ──これは気まずい空気……なのか?



 そこに漂う妙な空気に、疑念が湧いてしまった。


 確かに、顔も合わせていなければ一言も発していない二人の姿はとてもじゃないが仲良くしているようには見えない。


 かといって、単純に気まずくなっているといった風にも見えず、トオルはその原因を測りかねた。



「ああ、全然いいよー」

「ん、気にしてないよ」



 加えて、トオルに気がついた瞬間、彼らの雰囲気が急に和らいだせいでますます奇妙に感じてしまう。



「な、なんか優しいな?」



 思わず、気になったことを聴いてみるも、



「そう? いつもこうだと思うけど」



 友戯はとぼけたようにそう答え、



「はは、親友なら当然だろー?」



 景井は心なしか爽やかな声で返してきた。



「お、おう……」



 これに、トオルは疑問を挟むわけにもいかず、仕方なく納得した体をとっておくことにする。



 ──まあ、別に問題があるわけでもないか。



 優しくされる分には良いことしかないはずだと、そう考えたトオルだったが、



「それじゃ日並、一緒にやろっ」

「え、ああ──」



 ずいと景井との間に割り込んできた友戯に見つめられ、



「──まあまあ友戯さん。このゲーム結構難しいからもうちょっと見てた方がいいんじゃないー?」



 その後ろから、宥めるような声が聞こえてくる。


 互いの意見が反発しているため、どうしようかと悩んでいると、



「私これやったことあるし、大丈夫」

「最高難易度も?」

「それは無いけど……でも、やってみないと分からないでしょ?」



 何故か、二人のまとうオーラが急激に変化していき、



「ね、日並?」



 一段と迫ってくる友戯と、



「もう少しやろうぜー、日並」



 なおも催促してくる景井の板挟みになったトオルは、



 ──いや、どうしたの二人ともッ!?



 経験したことのない状況にひたすら困惑させられるのだった。

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