第60話 ※ハイリスクローリターンです。
時間は少し遡る。
日並トオルと景井静雄の両名が二人連れ立って帰った後のこと。
「──あ、ごめん、そろそろ帰るね?」
クラスの女子との会話も一区切りついたところでそそくさと切り上げた遊愛は、珍しく一人で帰路につくこととなっていた。
『ごめんね遊愛ちゃん、今日部室に来てほしいって頼まれちゃって!』
共に下校する候補であるルナが部活とのことなので、仕方なくそうなったのだが、
──あ、そうだ。
その途中、いつものように日並宅のマンション前へと辿り着いた時、ふと衝動的にお邪魔したくなってしまう。
いつものことだろうと言われればその通りだが、行きたくなったものは仕方がない。
──まあ、たぶん大丈夫だよね。
日並のことだ、多少驚きながらも許してくれるだろうとエレベーターを上がり、いざ、呼び鈴を鳴らそうという時、
──あれ、誰かいる……?
ふと、彼の部屋の方から物音が聞こえてきて指を止める。
……ッ…………ははっ……!
まさかと思い窓の方へと向かうと、モザイクガラス越しに何やら楽しげな声が貫通してきた。
窓に耳を近づけそれを確認してみれば、
──景井くん……?
最近、ようやく聞き慣れたばかりの男子の声だということが判明する。
少し考えれば、それは特におかしなことでも何でもなかったのだが、
──何か、私の時より楽しそう……。
彼らの談笑する声が非常に盛り上がっているのを理解した遊愛は、何かもやもやとした感情が芽生えてきてしまい、
ピンポーンッ……。
気がつけば、インターホンを鳴らしてしまっていた。
──あっ……。
後悔したところで、時が巻き戻るということもない。
ここは逃走を試みるべきかと悩んでいるうち、
「──あれ、友戯さん?」
扉を開けて出てきた件の男子──景井静雄によって呼び止められてしまう。
「えっと……」
完全な自業自得だったが、こうなると思って来てはいない。
それ故に言葉に詰まってしまうが、
「もしかして、日並に用?」
「え、あ、うん」
何かを察したのか、向こうから正解を導き出してくれた。
「ごめん、あいつ今トイレだから……」
「あ、そうなんだ、それじゃっ──」
しかし、残念ながら今は出てこれないらしいので、逆に好機と見て撤退を試みようとする。
今ならまだ遊びに来ただけとは思われないはずだと、踵を返そうとし、
「あっ、待って!」
「っ!」
これまた呼び止められてしまった。
「用事があったんでしょ? それなら部屋で待ってたらいいんじゃないかな?」
そして、断るに断れない誘いを受け、
「あ、うん、そうしよっかな……」
仕方なく部屋へと招かれることになる。
──ど、どうしよ……。
当たり前だが、これといった用事などあるはずもない。
「おーい、友戯さん待ってるぞー──」
現在、部屋に一人残された遊愛は居場所もなくひたすらにそわそわするのみ。
本来であれば落ち着けるはずのこの空間が、どうにも居心地が悪いのも決して気のせいではないだろう。
いっそのこと、前から何度も遊びに来てると暴露してしてしまってもいいのではとは思うが、
「──悪い悪いっ、待たせちゃって!」
「あ、ううんっ」
戻ってきた日並の顔を見た直後、その気は失せてしまう。
──私のことはまだしも、日並に迷惑かけたくないし。
昼のことを考えれば彼にその気がないことは明白で、仮に誤解が生まれるようなことをしでかせば自身の好感度が下がりかねない。
「その、この間話してた漫画借りてみようかなって!」
「あ、ああ、そういうことだったのか、びっくりした」
故に、思いつきの理由を作って話してみれば、トオルも遊愛が来たことに驚いたというフリをしてくれる。
「へー友戯さんってゲームだけじゃなくて漫画とかも読むんだ」
「うん、読むよ」
即興の演技ゆえ若干不自然さもあったが、景井くんが気にしているような様子はあまりないのでセーフだろう。
「──それじゃあこれ、借りてくね?」
「おう、返すのはいつでもいいぞ」
「ん、ありがとう」
後は滞りなく本を借りて、いち早く退散すればいい。
それだけのはずなのだが、
「…………」
「友戯?」
漫画本をカバンに詰めた後、立ち去ろうとするも何故か身体が動かなかった。
止まった視界が見つめるのは、テレビに映るゲームの準備画面。
──前に私とやってたやつ……。
そこにあるのは、間違いなく以前に一緒にやったことのあるゲームで、
──きっと、この後も。
遊愛がいなくなってから二人で楽しむのだろうことも想像に難くない。
普通、そんなのは彼らの勝手で、遊愛が口を挟むようなことでは無いのだが、
──いいなぁ……。
冷静な思考とは裏腹に、胸の内は複雑な気分で充満していってしまう。
「あの、友戯……?」
「あ……ご、ごめんっ」
そうして不自然な挙動をしていたからか、日並が困ったような顔をしてしまっていた。
これはまずいと、慌てて歩き出そうとするも、
「あ、もしかしてやりたくなったり?」
予想外の甘美な誘いをかけられたことで、結局は未遂に終わってしまう。
いったい同じ人物に何度足を止められれば済むのだと自分に呆れるが、今はそんなことよりも重要なことがあるだろう。
──早く帰らなきゃ……だけど……。
しかし、その重要なことが果たして今帰ることなのか、それともこの場に残ることなのかで遊愛は判断に迷い、
「じゃあちょっと、だけ……」
結局、最後は誘惑に負けてそう口にしてしまった。
──まあ、向こうからの提案だし、いいよね……?
そんな言い訳で誤魔化しつつ腰を下ろすと、視界に頭を抱えた様子の日並が映る。
──む……。
まるで困ったやつだとでも言いたげな仕草に、遊愛は無意識に眉間へとしわを寄せてしまった。
彼の態度はそこまでおかしなものでもなかったが、遊愛からすればのけ者にされているような気分がしたのである。
「それじゃあ、これ──」
故に、景井くんがコントローラーを渡そうとしてきたのに対し、
「大丈夫、見てるだけで」
「え、あ、そう?」
つい、反射的に断ってしまった。
何故この場にとどまったのか疑問に思われかねない行動だったが、
「まあ、いきなりはムズいかもだし、それもそうかー──」
彼は一人で勝手に納得してくれたので良しとしよう。
「──うお、ちょ……こっちやばいー!」
そんなこんなで、日並と景井くんの二人プレイが始まったわけだが、
「待ってろ、今行く!」
「おお、助かるーっ」
お互い、最初こそこちらに気を使ってるのかテンションが低めだったものの、
「よしよし……ここ耐えればいけるぞーッ!!」
「任せろ!! セントリー全部置いてやるッ!!」
ミッションが佳境に差しかかると、よほど攻略に苦慮していたのか見られていることも忘れて大はしゃぎし始めていた。
──やっぱり仲いいんだなぁ……。
その楽しげな光景をじっと黙って眺めていた遊愛は、改めてその事実を認識させられ、
──たぶん、私よりも……。
反対にどんどんと気分が落ち込んでいくが、
──でも、私の方がっ……。
一定のところまで下がったところで逆にムカムカとしてくる。
日並との出会いの早さも、遊んでいた時間の長さも、こちらの方が上であることは間違いないのだ。
なのに、目の前の日並ときたら自分と遊んでいる時よりもずっと調子が良さそうに談笑しているものなので、
──……えいっ。
思わずちょっかいをかけたくなるのも、致し方のないことのはずだろう。
そう考え、景井くんに気づかれないよう脚だけをこっそりと伸ばし、日並の背筋をなぞろうとするが、
──あ。
ふと、以前にもこんなことがあったような気がしてぴたりと止める。
──さ、流石にそろそろやめようかな……。
今さらな気もするが、よくよく考えると子どもっぽすぎるような気がしてきた。
ルナに対して散々言ってきたことだが、自分もそうなのではという疑念が生まれてきて急に恥ずかしくなってくる。
「──よし、大型のやつは倒したぞー」
「ナイス景井! これはもういけるぞ!!」
が、やはりこのまま見過ごすのも納得がいかなかったので、
──でもまあ、日並も楽しそうだったし……?
理由の方は無理やり作ることにした。
要するに、相手が良いなら良いのではという理屈である。
「っ!?」
というわけでさっそく、足先で日並の背中を攻撃するが、もちろん反撃への対策もバッチリだ。
何せ、今この場には景井くんもいるのだから、そんな暴挙には出れないだろうことは簡単に予測できたのである。
「よ、よーし敵ラストだし、アイテム回収しようぜっ」
「おーけー」
実際、日並はしばらく攻撃を受けてもやり返してくる気配はなく、くすぐったさをこらえながら懸命にゲームに集中していた。
──今までの分の仕返しっ。
いつも、最後はこちらがやられる終わり方だったので、こうも一方的に攻めることができるのはなんとスッキリするものだろうか。
「よし、クリアッ……と、友戯もっ──」
と思っていると、日並もやられっぱなしでは納得がいかないらしい。
ようやく攻略が完了したのだろうその瞬間、ひとまず遊愛の行動を止めようとでもしたのか振り向いてくるが、
「──っ……」
何故か即座に顔を戻してしまった。
明らかに不審な挙動に、遊愛の頭には疑問符が浮かぶも、
──あっ……!?
直後、自身の失態に気がつき顔が熱くなる。
遊愛が今着ているのは制服であり、そんな格好で脚を上げようものならスカートの下が見えてしまっても何らおかしくはない。
実際に見られたどうかは分からないが、少なくともそんな迂闊な行動をしたという事実に羞恥心が生まれてしまう。
「わ、悪い……またちょっとお腹がっ──」
結果、それが原因なのか、本当に腹痛なのか。
日並はそそくさと席を立ってしまった。
──うっ……またやらかした……。
今までそれなりに上手くやってきたはずだが、日並と関わってからはやたらにミスをすることが多い気がする。
いったい何がそうさせるのだろうかと、一人悩み始めた時、
「──ねえ友戯さん」
不意にかけられた声に思考を中断させられた。
顔を上げてみれば、こちらを向いた景井くんと目が合う。
「えっと、何?」
何の用だろうかと、半ば反射的に尋ねてみれば、
「これ聴いてもいいのか分からないんだけど……」
彼は少しの溜めを作った後に、
「やっぱ付き合ってるよね二人とも?」
「え──」
思わず鼓動が跳ねるような、想定外の質問を投げかけてくるのだった。
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