第59話 ※一難去ってもまた一難です。

 鶴の一声とはこういうもののことを指すのだろうかと、思わず考えてしまう。


 彼女の──石徹白いとしろエルナの声にはそれだけの力があり、



「な、なんだ……?」

「分からない……けど、とりあえず話を聴いたほうがいい気はする……」



 話に流されるだけだった観衆たちも、その正体までは分からずとも自然と静まり返っていた。



「それで、何かなエリー?」



 そんな、緊張感さえ漂い始めたこの状況で、大好さんは未だ気丈に振る舞ってはいたが、こちらからでも分かるくらいには動揺が見え隠れしている。



「うーん……色々言いたいことはあるんだけど……」



 対し、石徹白さんはと言えば、自身の唇に指を当てるあざとい仕草をしつつ、もったいぶるように話し始め、



「大好さんは友達の恋愛事情が気になるからこうして話してるんだよね?」



 じわりと詰め寄るように大好さんへと問いかけた。



「え、まあそうだけどっ」



 これに気圧されたのか、大好さんは素直に答えるが、



「じゃあ、遊愛ちゃんが友達である日並くんの好きな人が気になるのもおかしくないよね?」

「っ!」



 見事、言質をとられてしまうこととなる。



「だってそうでしょ? あんな気になるような言い方したら、誰だってびっくりしちゃうよ〜」

「う、それはっ……」



 しかも腹案まで見抜かれたらしく、図星を突かれたかのように明らかに憔悴した様子を見せていた。


 これには、大好さんに傾いていた聴衆たちも「た、確かに……」と頷いてしまっている。



「それに、二人の関係は私の方が理解してると思うんだけど……聴きたい?」

「うぐぐっ……!」



 さらに、強力な証言ができると脅しかけられた大好さんはにっちもさっちもいかずに唸り声を上げるのみ。



「で、でもっ! 無自覚に恋してるって可能性は全然あるよねっ、ねッ!?」



 だが、ここで諦めるほどやわではないのか、大好さんはもはや石徹白さんにではなく周囲の人々へと問いかけ始める。


 すると、大なり小なり理解できるのか、数人が反応を見せるも、



「どうだろ? 私が見てる限りだと、仲の良い友達って以上のことはないけど……」



 石徹白さんは特に慌てることもなく、やんわりとその説を否定した。



「そんなことよりも、恋バナがしたいなら私がいいの知ってるよ?」

「え……?」



 そして、そのままニコッと可愛らしい笑みを浮かべ、



「ほら、中学生の頃、大好さんがラブレターもらって自慢してきたんだけど──」



 恋バナと思しき話題を立ち上げようとしたその直後、



「──す、ストップッ!!」



 大好さんは慌てて止めに入っていた。


 その額からはだらだらと汗が流れ、どこからどう見ても尋常ではない焦りようで、



「それっ、恋バナじゃなくないッ!?」



 声を荒らげてツッコミを入れるが、



「え〜? じゃあしなくていいの、恋バナ?」

「ぬ、ぐくっ……!」



 ここにきて交渉を持ちかけられてしまう。


 トオルは石徹白さんの策士っぷりに感心しつつ、改めて彼女の恐ろしさの片鱗を味わわされてもいた。



「……ま、参りました──」



 結局、これ以上の戦いは損失の方が大きいと判断したのか、大好さんから頭を下げたことで、このよく分からない議論はあっさりと終結するのだった。









 それからはや二時間ほどが経った頃。



 ──いやー、さっきは石徹白さんのおかげで助かったな……。



 放課後へと突入した教室の中で、トオルは先ほどの出来事を思い出し一人で救世主に感謝していた。


 というのも、



「やっぱそうだと思ったんだよなー。友戯さんならもっと上行けるはずだし」

「分かる、俺も同じこと思ってた!」



 あれだけ蔓延っていた疑惑がすっかり霧散してくれたからだ。



「な、なあ俺らでもいけたりすんのかな……?」

「ど、どうだろ……でも、付き合ってる人はいなさそうだしっ……?」



 故に、ある者は期待を胸に抱いたり、



「どうする? 日並に声かけてみるか?」

「それもありだよな……」



 ある者はトオルをチラチラと見ながら何かを画策していたりと、クラス中の男子の間ではかつてない賑わいが起こっていた。



「──ねえねえ! 友戯さんって、どういう人が好きなの?」

「え? うーん、あんまり考えたことないかな?」


「へぇ石徹白さんと遊愛ちゃんって本当に仲いいんだね〜」

「うんっ、なんと行っても親友だからね♪」



 また、女子の方は女子の方で、元々高かった二人の人気にさらなる火がついている。


 単純に仲良くなりたいのか、それとも人気にあやかろうとしているのかは分からないが、本人たちが嫌がっている様子もないので問題ないだろう。



「元気出しなよヨッシー、いつものことじゃん」

「そうだよ! ラブレターだと思ったら遅刻の注意文だったなんて大したことじゃないって!」

「酷いっ!! そして何で今バラしたのッ!?」



 そして、敗北者となった大好さんは他の友人らしき人たちに盛大にイジられていた。


 ただ自業自得なところはあるので、多少の憐れみを抱きつつもすぐに意識から外す。



「帰るか」

「おう、そうだなー」



 ふと横から景井の気配を感じたトオルは、往年の付き合いからくる素早い意思疎通で帰宅の意思を示した。


 いつもであればここに友戯が付いてきて、さらに石徹白さんも部活が無ければ一緒に来るという流れが定番だったが、



 ──友戯たちは……まあ、無理そうだな。



 残念ながら彼女たちは忙しそうである。



 ──まあ、たまにはいいか。



 なので早々に諦めたトオルは席を立つと、教室の外へと歩いていき、



「そうだ、今日遊ぼうぜ」

「おーけー」



 せっかくだからと、久しぶりに景井と二人で遊ぼうかと提案するのだった。









 というわけで、さっそく帰路へとついた二人はわずか数分で日並家へと辿り着く。



「おじゃましまーす……って、なんか数年ぶりくらいな気がしてきたわ」

「そんなには経ってねえだろ」



 大げさに言う景井に軽くツッコミを入れつつ、何だかんだと手慣れた様子で部屋へと入っていく彼の後を付いて行った。



「よっしゃ、じゃあ何やるかっ!」

「そうだなー、最近はずっとZPEX《ゼペ》しかやってないし、何かライブ感を楽しめるやつとか?」

「そんじゃ、防衛団の最高難易度でも攻略しようぜ!」

「お、いいねー」



 そして、流石は三年間組んでいたコンビというべきか。


 あっという間にやるゲームを決めると、早速とばかりに準備していく。



「あれ、そのデータなんだ?」

「え、あーそれは何となく最初から始めてみたやつ」

「ふーん?」



 途中、友戯と遊んでいた時のデータについて聴かれた時には少し焦りもしたが、そこまで気にしているわけでもないのだろう。


 後はすんなりとプレイ画面へと移り、多くのプレイヤーに苦汁を舐めさせた凶悪な難易度『インフェルノ』へと挑むことと相成り、



「あごめんしんだわ」

「オイ早いってぇっ!?」



 開始早々、無惨な結果に終わっていた。



「あれ、こんなにムズかったっけこれ……?」

「当たり前だろ、前回ここで詰んでるんだから……」



 それもそのはず、この難易度はその名の通り地獄級の難しさを誇っており、生半可な実力ではクリアができないのだ。


 敵の耐久力、速度、攻撃の苛烈さなど、どれを取っても理不尽な仕様に跳ね上げられているため、



「おおい全然減らないぞー!?」

「ダメだここっ、耐えるのに向いてなッ──うっふぁっ!?」



 戦う場所や使う武器をよく考えないと、このように数の暴力でゴリ押されてしまうというわけである。



「これは……ちょっと武器集めないか?」

「ああ、そうだな……」



 その後も散々な目にあった二人は、挑戦回数が五回を超えそうになったあたりで方針転換を図ることにした。


 このゲームは武器がランダムで手に入る仕様なので、他の楽なミッションをクリアして強力なものを集めるという寸法だ。



「あ、すまん、ちょっと腹痛くなってきた……」

「おお、そうか、じゃあソロでやっとくわー」

「悪い!」



 が、ここでお腹が痛くなってきてしまったため、急いでトイレへと駆け込んでいく。



 ──何だかんだ景井と遊ぶのが一番落ち着く気はするなー。



 そして、そんな風に身動きが取れなくなったところで自然と考え事に耽っていると、



 ピンポーンッ……。



 扉の外からインターホンの音が聞こえてきた。


 反射的に誰だろうかと考えるトオルだったが、



「ちょっと見てくるわー」



 景井の声が聞こえてきた瞬間、嫌な予感が急速に最大まで上昇する。



 ──こんな時間に来るのって……まさか。



 が、そう気がついた時にはもう遅い。



「……あれ──」



 声をかけて止める間もなく、景井は玄関へと向かい、



「──友戯さん……?」



 見事に、トオルの予想は的中してしまうのだった。

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