第58話 ※これはたぶん恋バナです。

 1年5組の教室にて、それは急遽開催された。



「証人、名前は?」

「え? あ、ああ日並ひなみトオルです」



 まず大好さんから繰り出された最初の質問に、これはいったい裁判なのか、それともディベートなのかと、よく分からなくなる。



「えっと、じゃあ二人との関係を話せばいいんだっけ?」

「ああ、頼むぜー」



 が、とりあえず言われた通り説明をすればいいことには違い無い。



「まず友戯だけど、普通に小学生の頃に出会った友達だよ」

「うん、それは知ってるね。確かゲームをきっかけに知り合ったんだっけ?」

「はい」



 なので率直に関係性を説明してみれば、流石にこのあたりは過去に話しているのであっさりと流される。


 厳密には幼稚園も同じだが、話したところで余計な疑いが増える要因にしかならないだろう。



「続けて」

「うーん、あと話せることと言ったら……一緒に遊んでたのは四年生くらいまでってことかな」



 促され、遊んでいた期間についても教えると、



「ふーむ、今の通りだとするなら、彼は四年生までしか友戯さんと遊んでいなかったわけだー。果たして、そこからここで再会するまで恋心を抱き続けられると思うかい大好さん?」



 景井はそれを根拠に攻め立てるが、



「それはどうか分からないけど……小学生の時とのギャップとか、会えない時間が逆に恋心を育てたとかって可能性はあり得るんじゃないかな〜?」



 これに大好さんも軽々と切り返した。



「そこのところどうかな日並くん?」

「え、うーん……」



 ここで、大好さんからの質問が飛んでくるが、トオルはすぐに答えを返せない。


 というのも、彼女の言うギャップとやらがあったのは事実で、会えなかった分気持ちが強くなっていたのも間違いではなかったからだ。



「成長したなーとか、久しぶりだからーとか、そういうのが無かったわけではないかな」

「っ! なら!!」



 なので、そこに関しては素直に告げておくが、



「でも恋心があるかっていうと、全然かな」

「なっ!?」



 違うところは違うとしっかり言っておく。



「何て言うんだろうな、俺にとって友戯はやっぱり友達で、それ以上のことは求めていないというか」

「ぐっ……!」



 本心からの言葉ゆえ、そこに嘘が見受けられなかったのか、大好さんは焦った様子で顔を険しくしていた。



「なあ、あれは本当にそうなんじゃないか?」

「ああ、あのタイプのやつなら嘘をついていたらもっとどもるはずだ」



 外野の方も、若干気になる言い方ではあったが、こちらの意見に傾いているようである。



「じ、じゃあエリーの方は!?」

「石徹白さん? 石徹白さんは──」



 このままではまずいと思ったのか、大好さんはもう一つの可能性の方に賭けてきた。


 が、トオルは石徹白さんとの出会いをはぐらかしつつ経緯を解説し、



「そんな……日並くんはただの喧嘩の仲介人ってこと……?」

「うん。ほら、あの二人の仲の良さ見たら分かるでしょ?」

「た、たしか、にっ……」



 見事、ぐうの音も出ないほどに打ち負かすことに成功する。



「まったく、これじゃあ俺いらなくないかー?」

「まあ、正直自信あったし、しゃーない」



 出番のほとんど無かった景井は苦笑していたが、トオルからすればただ事実を言うだけなので、大したことはなかった。



「は、あははっ……!」



 ところが、大好さんは何故か笑い出すと、



「中々やるね日並くんっ……でも、私の勝ちは揺るがないよ?」

「え、それはいったい──」



 先ほどまでの焦りなど無かったかのように体勢を立て直していた。


 その余裕ぶりに、トオルの背筋には寒気が走り、



「次の証人を召喚するわ! カモン遊愛!!」



 そんなことは構わずに戦いは次の段階へと進んでいく。



「はぁ……まあいいけど、すぐに終わらせてよ?」

「うんうん、分かってるって!」



 呼び出された友戯は、仕方ないといった様子でそれに応えた。



「? あれ、友戯さんなら大丈夫そうだけどー……」



 その様子を見た景井は、おそらく彼女のポーカーフェイスぶりを買っているのだろう。


 大好さんの余裕に疑問を覚えていたが、



「違うんだ、景井……」

「え?」



 トオルにはその理由が何となく理解できていた。



「確かに、友戯は表情が分かりづらくて、クールなイメージがある。あるが──」



 故に、景井にだけ聞こえる程度の声で、



「──腹芸ができるタイプではないんだっ……」

「っ!」



 残念な現実を教えることになっていた。


 何を隠そう、友戯は意外と素直な性格をしており、ひねった行動には弱いのだ。


 当然、大好さんもそれを理解しているのだろうことは想像に難くない。



「で、何を話せばいいわけ? さっき日並が言ったことでほとんどなんだけど、ルナとのことでも言えばいいの?」



 しかし、友戯は深く考えていないのかただただ面倒くさそうに尋ねる。



「──それはノー、私がしたいのは恋バナなのでね」

「じゃあいったいなんの──」



 そして、焦れた様子で先を求めた結果、



「ぶっちゃけ日並くんのことが好きである、イエスかノーか」

「…………」



 まさかのド直球な質問をぶつけられていた。



「何そのしつも」

「イエスかノーか」

「……まあ、イエスだけど、あくまで友達としてだからね?」



 これに、友戯は冷静に答え、



「なら、もし告白されても付き合わない?」

「それも、まあ」



 次なる質問にも堂々と返した。


 すると周りの観衆も若干のどよめきを見せ始める。


 中には「これは本当にワンチャンあるのでは……?」と、期待に胸を躍らせる男子諸君もいた。



「そっか、じゃあこれが最後の質問──」



 しかし、それでも平静さを崩さない大好さんに嫌な予感を覚えたその直後、



「──もし、日並くんに好きな人がいたとしたらどうする?」

「えっ」



 まるで本当にそうであるかのような意味深な話し方に、友戯は初めて露骨な反応を見せてしまう。


 それはごく小さいものではあったものの、確かにトオルの方をちらと見てしまっていて、



「あ」



 そこで失態に気がついたのか間の抜けた声をこぼし、



「い、今のはそのっ」



 自分でも誤解を招きかねないことをしたと察したのか、慌てて軌道修正を図ろうとしていた。



「ふっ、見ましたか裁判長! 今のはどう考えても無自覚系のそれです!!」

「違うからっ!」



 が、時すでに遅し。


 罠にかけた大好さん本人はとても楽しそうに存在しない人物へと語りかけている。



「う、嘘だろ……?」

「いや、だが幼馴染み系にはよくある展開な気も……」



 否、その代わりとなりうる者たちはいた。


 先ほど以上にざわざわとし始めた教室内は、大きな波となって一気に大好さんの側へと傾き始めているのだ。



「〜〜ッ!! だからッ──」



 我慢しかねた友戯は顔を赤くしながら反論を試みようとするも、



「──知りたくないの?」

「っ、べ、別にっ……?」



 上手い具合に阻止されてしまう。


 そのリアクションもまた、そうとしか見えないような疑わしいもので、



「くっ、すまん日並……もはやここまでかもしれないっ……」



 隣にいた景井までもが雰囲気に呑まれ、諦めムードを醸し出していた。



 ──いや、本当に何もしてないじゃん君……。



 熱い弁護士かのようにこの状況を仕立てた男の、あまりの役に立たなさにトオルは思わず呆れてしまう。


 まあ実際のところ、彼は今の状況を何とかしようと立ち上がっただけなので、その心意気だけでも買うべきなのだろう。



 ──てか、本当に違うよね……!?



 さらに言えば、トオル自身も友戯の本心を測りかねているので人のことは言えなかった。



 ──いや、流石に無いとは思ってるけどっ……でも、ゼロでは無いんだよなぁっ……!!



 ここではっきりと「友戯はそんなんじゃないよ」と言えるほどに信じることができれば正しく主人公なのだが、残念ながら現実はそうもいかない。


 それほどまでに、目の前であたふたする友戯の姿と過去の疑わしい事象がややこしくしているのだ。



「……どうやらこの勝負、私の勝ちみたいだね?」

「くっ……!」

「う、うーん……」

「ほ、本当に違うんだってっ……!」



 そんなこんなで、勝利ムードに酔いしれる大好さんと、三者三様に同様を見せる者たち。


 こうして、突如開催された謎の戦いは、多くの生徒たちに禍根を残す結末となる……









「──ねえ、ちょっといい?」



 そのはずだった。



「石徹白、さん……?」



 突如聞こえてきたのは、ひたすらに沈黙を貫いていた白髪の少女の声。


 透き通るようなその音色に、ざわついていた教室は一瞬で静まり返り、



「え、あ、うん、いい、よ……?」



 トオルと、おそらく大好さんの二人だけは、彼女の奥底から滲み出る覇気のような何かに、無意識に怖気を走らされるのだった。

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