第57話 ※青春に恋バナは欠かせません。
今朝の茶番劇から時が経ち、現在は昼休み。
「──それで、抱きついただけなのにほっぺたつねられんだよ? 酷いよね?」
「そ、じゃあ今度からルナは一人で行ってね」
「えぇ!? そんなぁ……」
ここ最近ですっかり聞き慣れた、美少女二人のやり取りを耳にしながら弁当をつまむ。
「だいたいルナはしつこ過ぎるの。人前で抱きつかないでって何度も言ってるでしょ」
「だ、だって……」
その内容も、やはりいつもと変わらず親友が好きすぎる石徹白さんと、そんな彼女に呆れる友戯といったもの。
たいていの場合、やりすぎた石徹白さんが怒られことで目を潤ませた後、
「はぁ……まあ、気持ちは嬉しいから、ほどほどにね?」
「ゆ、遊愛ちゃんっ……!」
何だかんだ甘い友戯に許されるという流れである。
いったい、いつになったらこの様式身に飽きるのかと疑問には思うが、本人たちが楽しいならそれで良いのだろう。
──あれ?
が、そこでふと違和感を覚える。
──大好さんが静かだな。
何故かと言えば、テンプレ通り行くならこの後に大好さんが茶々を入れるまでが定石だったからだ。
何かあったのだろうかと首を傾げ、
「足りないッ……!!」
「っ!?」
直後、机をドンと叩いた大好さんは、迫力のある声でよく分からないことを言い出す。
力を求めて闇に堕ちた復讐者のような様相だが、まさか彼女がそんなことになるとは思えない。
「えっと……どうしたの、レン?」
「だから、足りないんだよッ──」
ではいったい何なのかと、隣に座る友戯が恐る恐る尋ねると、
「──恋バナ成分がッ……!!」
涙をこぼしながら、彼女らしいことをぼやいていた。
「え?」
「だって、男二人に女三人だよ!? なのに、なんで誰も色恋の話をしないのッ!!」
「ちょ、レン……!?」
大好さんの嘆きは相当なものらしく、片足を椅子の上に乗せながら腕を大仰に広げるという、非常に目立つパフォーマンスをし始める。
当然、周囲からの注目は高まり、友戯はそんな友人の奇行が恥ずかしかったのか慌てて止めにかかった。
「離しんしゃいっ! こちとら、友達が女同士でイチャコラしてるとこなんか見たくないんだよぉっ!!」
「え、別にそんなこと」
「してるのっ!!」
「うっ……」
が、あまりの勢いに、あの友戯でさえたじたじになるばかり。
「──そんな……大好氏が百合反対派だったなんて……」
「くっ……このままでは我々の聖域がっ」
ついでに周りの声へと耳を傾けてみれば、景井の言っていた組織と思しき輩が勝手に追い詰められていた。
まさか本当にいるとは思っていなかったが、潰れてくれる分には構わないだろう。
「も、もう大好さんってば、皆見てるから──」
ここで、友戯を援護しようと石徹白さんも介入してくるが、
「──ふん! そんなのとっくに手遅れだから効かないよ!!」
「っ!」
強心臓の持ち主である大好さんにはまるで効果がないようであった。
──まあ、目立つって意味なら石徹白さんが来てる時点でそうだしな。
実際、決して悪いというわけではないが、石徹白さんがメンバーに加わってから視線を感じることは増えている。
そのため、余計に大好さんを止めることは困難となっているようだった。
「だいたいっ──」
結果、なおも憤慨する恋バナ怪獣がさらなる火を吹こうとし、
「待った、大好さん」
「っ!!」
無謀にも待ったの声をかける男が現れた。
「何かなぁ、景井くぅん……?」
男子が相手だからか、大好さんは若干のおしとやかさ──と呼んでいいのかも怪しい何か──を取り戻しつつ、景井へと不気味に問いかける。
──くっ、馬鹿なことをっ……!
愚かな選択をした友に、トオルは焦りを隠せなくなるが、
「俺は、賛成だよー」
「景井っ……!?」
続く発言に、さらに驚かされることとなった。
──どういうことだっ……!?
トオルの予想が正しければ、景井は百合を推進してる側の人間のはず。
それがなぜ、ここで真逆をいくような大好さんの案に乗ろうというのか。
「へぇ、聴こうか?」
「そんなに難しい話じゃないよ。俺はただハッキリさせたいんだ──」
興味深げに尋ねる彼女に、景井はいたって冷静に言葉を紡ぎ、
「──日並とそこの二人には、いっさい恋愛関係はないことをね」
「っ!!」
ザワッ……ザワッ……。
瞬間、この教室にいるほとんどの人間が息を呑んだ。
──まさか、お前っ……!?
反射的に景井の顔を見れば、任せろと言わんばかりに、ニヤリと笑みを作っている。
──そうか、そういうことだったのか……!!
トオルはそれに気がついた時、一時たりとも友を疑ってしまった自分のことを呪った。
そう、景井は最初から裏切ってなどおらず、こうしてトオルを救うための準備をしていたのだ。
「……面白いこと言うね、景井くん。だったら──」
そして、そんな景井の宣言に大好さんも口角を上げ、
「──その勝負受けてあげる!!」
声高らかに応えるのだった。
かくして、教室中が騒然とする中、食事のために集めた机は厳正な議論の場へと変貌を遂げていた。
「さて、景井くんの挑戦を受ける形となったわけだけど……私がやりたいのはあくまで恋バナ。もちろん、三人にも参加してもらうからね?」
景井と対面する形式で席についた大好さんは、厳かに肘をつきながら、説明を始め、
「はい」
「ん、何かな遊愛くん?」
しかし、明らかに不満そうな顔で手を上げた友戯によって中断させられる。
「私、別に話すこと無いんだけど」
「あっ、私もっ!」
どうやら、当人である友戯的にはそもそもこの場で話すことが無いらしく、おそらく同じ意見なのだろう石徹白さんもこれに便乗して手を上げた。
「ふーむ……景井くんはどう思う?」
だが、余裕を崩さない大好さんは議論相手である景井に問いかける。
「そうだねー、彼女たちは否定派の人間だから、自ら話すことなんてないと思うのはおかしいことじゃないかなー。ただ──」
これに、景井は一応の納得を見せつつ、
「──こっちの勝利条件は『変な誤解を解く』こと。そして、それは彼女たちにとっても有利に働くはず。違うかな、友戯さん?」
「それはそう、かな」
試合が放棄されないよう、上手く友戯に促していった。
「なら、流れはこうだ。まず、三人にはそれぞれ話を聴かせてもらう。そして、それを聴いたうえで質問等を行い、議論を交わすんだ」
「へえ、なるほどね。それでボロを出せば私の側に、逆に出なければ景井くんの側に勝利の天秤が傾く、と」
そのまま、続く景井のルール説明に大好さんも頷き、戦いの準備は整ったようだ。
「……なんなの、これ」
「……私にも分からないよ、遊愛ちゃん」
勝手に巻き込まれることとなった二人の少女は、正常な思考が残っているのか突如始まった謎のバトルにひたすら困惑していた。
──まあ、俺も驚いてるけども。
とはいえ、トオルとしても全く気持ちが分からないというわけでもない。
何となく雰囲気に流されて景井を応援しているが、よくよく考えなくとも衆人環視の前で恋バナバトルを行うのは相当に変である。
実際、トオルもこうして注目を浴びるのはあまり得意ではないものの、
──まあ、何か二人が楽しそうだしいいか。
しかし、景井と大好さんがノリノリで楽しんでいるのを見ると、今さらやめさせるのも申し訳ない。
「じゃあまずは──」
結果、大好さんに視線を向けられたトオルは諦めたように頷きを返すと、下手なことを言わないように一つ深呼吸をするのだった。
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