第52話 ※何はともあれエピローグみたいです。
楽しかった時間も終わりを告げ、三人は日並家の玄関前へと集合していた。
「じゃあ、またな」
「ん、またね」
手を振りながら見送ってくれるトオルに、遊愛もまた別れの挨拶を交わす。
「石徹白さんも……って気をつけてよ?」
「うん……今日はありがとうね……日並くん……」
一方、隣にいるルナは未だに眠気が残っているようで、ぽけーっとした様子で返事をしていた。
放って置くと船を漕ぎ出しそうなレベルに見えるので、これは至急帰宅させた方がいいだろう。
「私がちゃんと見とくよ」
「おう、頼んだわ。それじゃ──」
なので、最後にそうとだけ伝えて足を進め始める。
そのままトオルの視界から外れたところで扉が閉まる音を聞きつつ、
「…………」
「…………」
ルナと二人きりになった途端、僅かな沈黙が訪れた。
「ね、ねえ遊愛ちゃん」
「ん、なに?」
少ししてエレベーターを待っている時、先に声をかけてきたのはルナの方だった。
「え、えっと……」
「……?」
しかし、言いにくいことなのか中々はっきりと口にしないので、
「大丈夫だよ、ちゃんと聴くから」
「! う、うんっ」
安心させるように、そう教えてあげる。
おそらく、こちらの気に障るようなことを言うのかもしれないが、ここまで来たら全部受け止めるべきだろう。
そう思いながらルナの方を見るが、
「その、ね。遊愛ちゃんってやっぱ、日並くんのこと好きなのかな……?」
「え?」
飛んできたのは、全く予想していなかった質問だった。
「ご、ごめんね! 変な質問してっ」
「あ、ううん。別にいいけど、なんで?」
故に、すぐには意図が掴めず、質問で返してしまう。
「その、もしそうなら、何か力になれないかなって。遊愛ちゃんが優しいから許されたけど、やっぱりそれだけじゃ私が納得いかないから!」
すると、どうやら彼女はまだ、今までのことを気にしている様子。
「くすっ、その気持ちだけで大丈夫だよ」
「で、でもっ」
それがまた健気で、遊愛はつい笑いつつも首を横に振る。
「それに、私と日並はそういうのじゃないし」
「え、そ、そうなの?」
「そうなの」
ついでに疑惑の方も否定してみれば、ルナにとってはそんなに予想外だったのか、目を見開くほどに驚いていた。
「だ、だって、ずっと日並くんの家に遊びに行ってるし、その、くすぐり合いとかもしたんでしょ?」
「うん、まあそれだけ聞くとあれだけど、本当に何もないよ」
確かに、普通の感性でいくとそれは勘違いしてもおかしくない理屈だったが、実際にその気が無いので仕方がない。
「そう、なんだ……」
そんな気持ちが伝わったのか、ルナは何やら少しずつ飲み込むように納得を見せ、
──……?
ふと、遊愛はその姿に違和感を覚えた。
一見、ただ理解に時間がかかっただけにも見えるそれだが、
──今、笑ってた?
遊愛には一瞬、口角が上がっていたように見えたのだ。
それも、意図的にした優しい笑みというよりは、不意に出てしまったかのような気の緩んだもの。
しかし、遊愛が褒めたりした時に見せるそれとも少し違い、すぐにはその正体が分からない。
──あっ。
が、その時、降って湧いたように一つの考えが思い浮かぶ。
──好きな人について聴く理由って……。
ルナの言葉を信じるなら、それは友人の恋を手伝いたいからということになるだろう。
しかし、
──もし、ルナが日並のことを好きだったら……?
ある可能性のことを考えた場合、今の嬉しそうな笑みにもはっきりと理由がつく。
──いや、でも。
ただ、この理論には一つ問題があった。
何せ、数刻前に本人が『日並くんのことが好きだからやったというのは嘘』と言っていたのだ。
あの真に迫った発言が、さらに嘘だったとはとても思えない。
これはただの思い過ごしかと、遊愛は諦めかけるが、
──っ、待ってっ……!
直後、決定的な証拠があったことを思い出す。
──そう言えば、詳しく聴いてなかったけどっ……。
何を隠そう、それは、
──男子の脚の上に座るなんて、普通はありえないっ!
遊愛が部屋に乱入した際に目撃した、不自然な光景そのものである。
確かに見たのだ。
あぐらをかく日並の上に、ぴったりとくっついて座る彼女の姿を。
何故そんなことをしたのか、ついぞ聴き損ねてしまっていたが、相手の気を引こうとしてやっていたことであるなら納得がいくというもの。
「──ど、どうしたの遊愛ちゃん?」
「え、あっ……何でもない、よ」
そこまで辿り着いたところで、不意に横から声がかかる。
意識を現実に戻せば、すでにエレベーターは一階で止まっており、外で待っている人たちが降りないのかと怪訝そうにこちらを見ていた。
「す、すみません……」
恥ずかしさをごまかすように、そそくさと外へ出ると、
「…………」
「? 遊愛ちゃん?」
再び、ルナの顔をじっと見る。
そこにはすでに、先ほどの表情は欠片も残っていない。
「ねぇ──」
故に、いっそのこと直接聴いてしまおうかと思うも、
「──っ……」
「だ、大丈夫……?」
口にする直前、言葉に詰まってしまう。
一瞬、自分でも理由が分からず混乱するが、
──もし、本当にそうだったら。
すぐにその原因にあたりがつく──否、ついてしまった。
もしも、彼女が日並のことを異性として好きだと、そう答えた場合、どうなるのか。
──逆に、私が手伝うの? でも……。
それを考えた瞬間、突如としてモヤモヤとした感情が胸の内に湧いてくる。
言葉にするなら、まるで彼らが両想いになることに対して、嫌な気持ちを抱いているようで、
──違うっ……日並は、そういうのじゃない……。
即座にその理論を否定した。
好きというのは、手を繋ぎたいだとか、キスをしたいだとか、もっとその先のことをしたいだとか、そういった感情のことを指すはずだったからだ。
少なくとも、遊愛にはどれ一つ当てはまらず、やはり違うという結論に至る。
「あ、あわわっ……ど、どうしよう……」
「あ……」
そんなこんなで答えの見えない思考に耽っていると、目の前であたふたとするルナの姿に気を取られ、再び現実へと引き戻されてしまった。
「ごめんごめん、ちょっと考えごとしてた」
「も、もうっ、全然返事しなくて怖かったんだからねっ……」
ぷりぷりと怒るルナに苦笑しつつ、流石にこれ以上待たせるのは可愛そうだと、余計なことを考えるのはやめることにする。
──まあたぶん、日並と遊ぶ時間が減るかもしれないのが、ちょっと気になっただけだよね。
そもそも、ルナが日並のことを好きというのも想像でしかないのだ。
「じゃあ、行こっか──」
結局、気にするだけ無駄だろうと、そういうことでまとめた遊愛は、何事もなかったのように帰路へと着くのだった。
友戯と石徹白さんが仲直りをしてから二日後のこと。
ここ数日の悩みが全て解決したトオルは、晴れ晴れとした気持ちで朝を迎えていた。
故に意気揚々と登校の支度を終え、月曜日という事実にさえ臆することもなくエレベーターを降りるが、
──今日はいつもより良い一日になりそうだ!
この時、トオルはまだ知らなかった。
「……え?」
まさか、マンションを出てすぐに、
「おはよ、日並」
聞き慣れた友戯の挨拶を耳にしつつ、
「おはよう日並くん! この間はありがとねっ」
学校一の美少女の声を聞くことになろうとは。
「おい、あれ見てみろよ……」
「なんだあいつ、どう考えても不釣り合いだろ……」
当然、周囲の注目はトオル近辺に集まり、
「え、あの……?」
嫌な汗がだらだらと流れ落ち始めたトオルが恐る恐る尋ねてみるも、
「これからは私も混ぜてよ、ね?」
もはや、拒否を許さない威圧的な笑顔を向けられるばかり。
嫌な予感が全て的中したトオルは自然に天を仰ぐと、
──いや、勘弁してくれッ……!?
これから待ち受けるであろう悲惨な日常を思い、心の中で
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