第51話 ※これで一安心です。
下手をすれば完全な絶交もあり得る──そんな一触即発の状況から一転、
「その、大丈夫、ルナ?」
「ん……」
現場には非常にしんみりとしたムードが漂っていた。
ひとしきり泣いた石徹白さんは未だに心が落ち着かないのか鼻をすすっているし、友戯もそれに気を遣っているせいかどこかぎこちないのである。
──これ、ゲームの選出ミスったのでは?
それを見ていたトオルは、今さらながら対戦型のゲームを選んだことに若干の不安を抱いていた。
確かに、みんなでわちゃわちゃやるゲームとして面白いのは間違いないだろう。
──どんな気持ちでやるんだろこれ……。
しかし、せっかく仲直りしたばかりの二人をゲームの中とはいえ、殴り合わせるのはいかがなものかという疑念が湧いてきたのだ。
それにそもそも、余計にヒートアップしてしまう可能性を考慮せず、喧嘩している相手同士にやらせようとしてた時点ですでにおかしかったことにも気がつく。
「そ、それじゃあ、普通に三人でやるか!」
とはいえ、ここで他のゲームを持ち出すのも石徹白さんに練習させていた意味が無くなるので、もうなるようになれと話を進めることにした。
「ん、いいよ」
「わ、私も大丈夫」
そして、全員がキャラを選択して準備を完了したところで、いざ尋常に勝負が始まるが、
──と、とりあえずは友戯を狙いに行くか。
この試合は普通の戦いではない。
ゲームの持ち主であるトオルは当然として、友戯も何度かこのゲームをプレイしたことがあるのだ。
そこに、ゲーム自体ほとんどしたことのない石徹白さんが加わっているので、その実力はとてもまばらなものとなっており、普通にやっていたら順当に勝敗が決まってしまう。
もしもその結果、石徹白さんがボコボコにされるようなことがあれば、再び気まずい状況になる可能性も否めない。
一応、アイテムを加えることで多少のランダム性を増やしてはいるが、あまり信頼するわけにもいかないだろう。
「うわっ、今のなにっ」
「はっはっ、さて、何かな?」
そんな風に一人、バランスを保つために奮闘するトオルだったが、幸い一試合目は上手く展開することに成功する。
「さあ、残るは石徹白さんだけだ!」
「う、うんっ」
石徹白さんとのタイマンではもちろん手加減をするが、これには友戯もツッコミを入れることはない。
友戯との戦闘で消耗しているため、状況も石徹白さんに有利。
「わっ、勝った」
「おお、やるねルナ」
結果、技や動きをある程度縛ってることもあって、トオルはごく自然に負けることができた。
「じゃあ次の試合いくよ──」
が、しかし、
「──……ねぇ、日並」
「え、なに?」
次の試合の中盤、さっそく問題が発生してしまう。
「さっきから私ばっかり狙ってない?」
「え!?」
なんと、こういう時だけ勘の良い友戯に図星を突かれたのだ。
「そ、そんなことはっ」
「ふーん……」
慌てて否定するが、そのぶすっとした顔を見ればはっきりと分かる通り、明らかに機嫌を損ねていた。
──いや、仕方ないじゃん!?
確かに、自分だけ一方的に狙われると嫌になる気持ちも分かるが、もう一人は超初心者の石徹白さんである。
「日並くん、私のこと気にしなくていいからね?」
故に、そう言って気を遣われるのはありがたかったが、
「あっ」
それを信じて公平にやってみようものなら、今度は彼女が可愛そうなくらい序盤に場外へと吹き飛ばされてしまう。
「…………ぐすっ」
その後に待っているのは、悲しみがぶり返して鼻をすんすんとすすり始める、哀れな少女の姿のみ。
「ち、ちょっとトイレ行ってくるわ! 二人でやってていいよっ!」
「あっ、日並──」
これには堪らず、トオルは自ら場外へと逃走を図る。
その勢いたるや、咄嗟に止めようとする友戯の声が間に合わないほど。
「ふぅ……」
トオルは緊急避難に駆け込んだトイレで、一息をつく。
この場所はなんでこうも落ち着くのかと、現実逃避気味に関係のないことを考えつつ、
──どうしたものか。
しっかりと、ここからどう動くかも考えることにした。
とりあえず、先程までより悪化することはないと思うが、できるなら早く自然な関係に戻ってもらいたいところではある。
──いっそのこと、別ゲーを用意するか? いや、それとも……。
そうしてしばらくの間トイレに籠もっていたトオルだったが、
──だ、駄目だ……経験が無さすぎてさっぱり分からん……。
結局、具体的な案が思いつくこともなく、渋々部屋へと戻るはめになっていた。
せめて、飲み物だけでも持っていってみるかと冷蔵庫を経由し、
──ん?
部屋の前まで戻ったところで、ふと足を止める。
「──こう、かな?」
「そうそう、いい感じ」
理由は単純で、中から聞こえてくる声がどこか明るさをまとっているように感じられたからだ。
「それで、こうして……ん、どうしたの?」
「あ、ううん……最初、遊愛ちゃんがゲーム好きって聞いた時は驚いたけど、本当だったんだなって」
気になったトオルは、そのまま耳を澄まして二人の会話を盗み聴く。
「まあ、中学の頃はやってなかったからね……で、ルナはどう? やってみた感想」
「わ、私? 私は、そうだなぁ……遊愛ちゃんはどっちだと思う?」
すると、やはりというべきか。
二人の声色はとても穏やかなもので、聴いているこちらもつい安心してしまう程度には気兼ねのないものだった。
「うわ、めんどくさ、じゃあもういいや」
「ええっ!? い、言うからっ! 言うから聴いてっ!!」
そんな二人のやり取りはとても微笑ましく、トオルもついくすっと笑ってしまい、
「おーい飲み物持ってきたぞっ──」
自分もそこに混ぜてもらおうと、勢いよく扉を開けるのだった。
それからしばらくして、
「すぅ……すぅ……」
すっかり疲れ切ってしまった石徹白さんが眠りこけたことを機に、ゲームの方も中断と相成っていた。
「ふふっ……ほんと、寝てると天使みたいだよね」
「え? ああ、うん」
見れば、クッションに埋まる顔は安心したように緩んでおり、確かに天使と形容するに相応しい可愛らしさを感じる。
トオル個人としては、その頬をつんつんする友戯の慈愛に満ちた表情も素晴らしいと思ったが、流石にそれは気恥ずかしいので内緒にしておくことにした。
「そう言えば、どうやって入ってきたの?」
「え、普通に開いてたよ? 窓の方から聞き覚えのある声が聞こえてきて、つい入ってみたらああなったわけ」
「ああ、なるほど……」
ふと、気になっていたことを尋ねてみると、トオルの不注意が原因だったようである。
ただ、結果的に見れば変な疑念を持たれたまま帰られるよりは、この方が良かったのかもしれない。
「それにしても大丈夫だった?」
「ん?」
「だから、ルナのこと」
一人そう納得しながら二人を微笑ましく眺めていると、友戯も気になることがあったのか、石徹白さんとのことについて尋ねてくる。
一瞬、何のことかと頭を回すトオルだったが、
──そう言えば……。
そもそも、友戯と二人きりで話すこと自体がしばらくぶりであることに気がついた。
当然、石徹白さんとどんなやり取りをしていたのかなど友戯が知るはずもなく、事の詳細を知りたくなるのもごく自然なことだろう。
「ああえっと、そうだな……」
とはいえ、どこまで話せばいいのかも悩みどころ。
雨の日の相合い傘やシャワーの件に関しては余計なことを考えさせてしまいそうだし、屋上でぶん投げられたこともせっかくの和やかな雰囲気に水を差してしまいそうである。
「まあ今考えれば、本当に友戯のことが大切だったんだなーって思うよ」
「ふーん?」
結果、いい話な風にはぐらかすことにしていた。
ただ、これだけでは少し訝しまれそうだったので、
「でも、一週間も友戯と会えなかったのは流石に寂しかったかな」
「っ!」
ちゃんと本音の方も話しておくことにする。
実際、ここ一週間は友戯と遊ぶことでしか摂取できない成分不足に悩まされていたので、改めて彼女の存在は生きていくうえで必要不可欠であることを学ばされることとなっていた。
「へ、へぇ……そうなんだ……」
が、それを聴いた友戯は腕で口元を隠すと、ふいと視線を逸らしてしまう。
流石にクサい発言過ぎたかと心配になるも、
「友戯?」
「も、もう大丈夫っ。日並が気にしてなさそうで良かった!」
顔色を窺おうとしたところで、友戯自らその不安を払拭してくれた。
「それにしても驚いたかも。ルナがあんなとこ見せるなんて」
「え?」
そして、そのまま話を切り替えてくる。
「ほら、さっき遊んでた時にさ、日並に対して結構素直に喋ってたでしょ? 普段は猫被ってるというか、あまり本心で話さないタイプだと思ってたから」
聴いてみれば、どうやらトオルに対する石徹白さんの態度が意外なものだったらしい。
確かに、初対面の時から考えると想像できないようなところをたくさん見てきたので、その感想は的を得ていると言えた。
「ああ……まあ、友戯の時と違ってキツイ方向にけどね」
「あはは、それはしょうがないよ。日並って結構、そういうとこ? あるし」
「いや、どういうことよそれ……」
残念ながら、友戯のように優しい扱いではないものの、トオルとしても嫌ということはないので、問題は無いだろう。
「後はそう……ありがとね、いろいろ」
と、そんな風に会話を交わしていると、友戯がいきなり感謝を述べてくる。
「正直言うと、ルナのこともずっと気にしてたんだよね。言っても、三年間ずっと一緒だったわけだし」
そのまま、続けるように言葉を紡いでいき、
「でも、日並のことで揉めたのがずっと引っかかってたから、素直になれなくて。逃げるように後回しにして、気がつけば何ヶ月も経ってて……」
後悔していたのだろう、本心の部分を教えてくれた。
「だから、こうして仲直りできたのは日並のおかげ」
「いや、何もしてない気がするけどな俺……」
そこまできてようやく感謝された理由が分かったトオルだが、本人としてはあまり実感が湧かない。
実際、基本的には振り回されていただけで、意図的にやったことと言えばゲームを教えたくらいなものである。
それも役に立ったかと言われると大分怪しいところであり、これでお礼を言われても素直に喜ぶのは難しかった。
「ちゃんと、してるよ」
「そうか?」
「うん、してるしてる」
「そうかー」
が、しつこく言ってくる友戯に負けて、徐々にそんな気もしてくる。
「──ぅ、ぐすっ……」
と、その時。
背後から不意に、すすり泣く声が聞こえてきた。
おそらく、どこかのタイミングで起きて、話を聴いていたのだろう。
「ふふっ」
「ははっ」
それを理解したところで友戯のほうを見ると、向こうも同じことを思ったのか、互いにくすりと笑い合ってしまう。
窓の外も暗くなり始めているので、ちょうどいい頃合いだろう。
「それじゃあ、私たちそろそろ行くね」
「おう」
友戯が立ち上がり、トオルもそれに応える。
そして、友戯は石徹白さんに声をかけるために背を向けようとし、
「あ、そうだ」
何故か突然、動きを止めると、
「言い忘れてたんだけど──」
顔の近くまで急接近してきて、
「──流石は、私の親友だねっ」
「っ!」
心底嬉しそうな声で、囁いてきた。
白い歯を覗かせながら笑う、その眩しすぎる笑顔にトオルの心臓がトクリと跳ね、
「お、おう……」
思わず返事が上擦りそうになるのを、必死に押さえることになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます