第49話 ※ゲームの外で戦わないでください。

 石徹白さんを部屋に連れ込んでからはや十数分。



「あっ、日並くんずるいっ!」

「ははっ、これも戦略ってやつだよ」



 大乱戦クラッシュブラウザーズ──通称クラブラを始めた二人は、さっそくの盛り上がりを見せていた。


 このゲームは『いったいどのゲームのキャラが最強なのか』という思想から生まれたネット上の仮想闘技場が舞台となっており、タイトル通り複数人で乱戦するシステムとなっている。


 内容は至ってシンプルで、相手のファイアーウォール──いわゆるバリア的なものを破壊して場外に吹き飛ばせば勝ちという、石徹白さんのような初心者でもやりやすいカジュアルな仕様である。



「ちょっとっ……! それ連打するのやめてよっ!!」



 が、もちろん経験者が有利であることに変わりはないので、トオルは飛び道具を連打するという小学生並の戦法で相手してあげている。



「いけっ、下僕しもべたちよ!」

「もう、邪魔っ……!」



 ついでに、タイマンよりも乱戦になった方が初心者の勝ち目も増えるのでCPUを入れているのだが、何故か上手い具合に石徹白さんばかりが狙われているせいであまり役に立っていない。



「むかっ──」



 が、あまりにボコボコにされていたからか、石徹白さんは一瞬、ほんわかとした雰囲気を霧散させ、



「──ねぇ、日並くんっ……なんだか、熱くなってきちゃったっ……」

「ぬぅっ!?」



 突如、服の袖を掴んできたかと思えば、上目遣いでそんなことを言ってきた。


 その熱っぽい視線と、大きな胸を強調するようなポーズに、目線が無意識に吸い寄せられ、



「はい、隙ありッ!!」

「うわっ!? せっこっ……!」



 見事、鉄壁の防御を突破されてしまう。



 ──しかたないじゃないか、思春期男子だもの。



 裏の顔を知っているおかげかあまり意識せずに済んでいるが、言ってもこの子は美少女と呼んで差し支えない存在である。


 まさか、ゲーム中に色仕掛けをしてくるなどと予想できるはずもなく、そんな風に不意を突かれれば魅了されてしまうのも当然といえた。



「石徹白さん意外と小狡こずるいね……」

「ふふっ、これも戦略だよ?」



 仕方なく負け惜しみを言うトオルに、石徹白さんは意趣返しとばかりに同じ台詞を返してくる。



 ──そっちがその気なら。



 先に卑怯な手を使ってきたのは向こうである。


 こちらも多少、加減を緩めたところで問題はないだろう。



「ほらほら、どうしたの日並く──」



 逆襲できて楽しそうにしているのを見ると若干申し訳なくなるが、致し方なし。



「──え、わ、ちょっ」



 ステージの端で一方的に攻撃してきていた石徹白さんを掴むと逆側に投げ、



「あ、え……?」



 そのまま特定のコンボを食らわせることで、真下へと落下させてさしあげた。



『ゲームセットッ!!』



 後は、残機を喪失した石徹白さんが呆然としているのを尻目に、CPUを一層して試合を終わらせるのみ。



「いやー石徹白さん上手くなったね! 俺も危うくやられるところだったよ!」

「…………」



 ついでとばかりに盛大に煽っていくが、石徹白さんは何が起きたのかいまいち理解できていないらしい。



「も、もう一回!」



 少しして正気に戻ったところで再戦を挑んでくるも、



「あ、またっ……!?」



 しばらく遊んだところで同じ戦法を味わわせられる。



「分かったっ」



 ここでようやく仕組みが分かったのか、意気込んだ様子の石徹白さんだったが、



「って、なんでキャラ変えてるのっ!?」



 意地の悪いトオルはあえて別のキャラへと変更する鬼畜っぷりを見せていた。



「少しは反省したかい?」

「っ!」



 そして、謎のインテリ風に煽ってみれば、ようやくからかわれていることに気がついたのか、石徹白さんの顔が赤くなる。



「へ、へぇ〜……日並くんってそういうことしちゃうんだ?」



 よほどしゃくに障ったのだろう。


 石徹白さんはこめかみをピクピクとさせながら、怒りの笑顔を向けてくる。



 ──な、なんだ……?



 が、すぐに何かをしてくるわけでもなく、そのせいで逆に不気味さが増していた。


 そこから少しして、再び石徹白さんが劣勢になったところで、



 ──ん?



 不意に横で動く気配を感じる。


 これは何かしらの悪さをしているに違いないと、意識をゲームへと集中させるが、



「なにっ……」



 視界の端に割り込んできた白い布に、トオルは思わず意識を割かれてしまった。



「はぁ……暑いなぁ……」



 何と、いつの間にか立ち上がっていた石徹白さんが、見せつけるように自身の脚をスカートで扇ぎ始めたのだ。


 ロングスカート故に大きく露出することもないが、それ故に少し太ももが見えるだけでもチラリズムの効果が尋常ではなかった。



 ──ふ、ふんっ……! そんな攻撃、二度も通じないんだからねっ!



 しかし、ハニートラップと分かって引っかかるほど、トオルも馬鹿ではない。


 コントローラーを置くという、相手がトオルとザコCPUでなければ成功しないような大掛かりな技だったが、ここは無駄に終わらせてもらう。



「むっ……」



 しばらく様子を見て効果がないことを悟ったのか、石徹白さんは諦めて腰を下ろした。



「えいっ」

「っ!?」



 そう思って油断したトオルは次なる想像以上の攻撃に面を食らってしまう。



 ──あ、脚の上に座るだとッ!!??



 そう、コントローラーを拾い上げた石徹白さんは、あろうことかあぐらをかいているトオルの脚の上に堂々と乗っかってきたのだ。


 当然、質量のある柔らかい物体がもちっと密着してくるうえ、頭髪が近いためフローラルな香りが鼻先をくすぐってもくる。


 さらには、至近距離すぎるせいでコントローラーを持ち辛くされたり、単純に後頭部で視界が制限されたりと物理的な妨害まで複合してくる始末。



 ──やるじゃないのっ……!



 先ほどまでのような色香によるものではない──言うなれば青春を感じさせるようなその攻め方に、トオルも思わずキュンとさせられていた。



 ──だがっ!!



 トオルとて大人しく負けてやる気はない。



「あっ!」



 コントローラーごと石徹白さんの前へと腕を回すことで操作性を改善し、首を肩の横から覗かせる形にシフトすることで視界の面でも改善していく。


 名付けるなら『あすなろスタイル』といったところだろうか。



「っ、ぅ……!!」

「う、うおぉぉっ!!」



 そんなオタク男子の理想形ともいえる体勢をしているうち、試合の方もついに佳境へと突入。


 自然とコントローラーを握る手にも力が入り、汗が滲んでいく。



 ──俺の、勝ちだぁッ……!



 そして、互いに止めの一撃を放とうとした、その瞬間、



「「あ」」



 二人同時に、間の抜けた声を漏らしていた。


 画面を見れば、巨大な爆発に呑まれる二人のキャラと、それを安全圏から眺めるCPUの姿が映っている。


 おそらく、強力なアイテムを投げつけられたのだろうが、するとどうなるか。


 すでにバリアが割れ、瀕死だった二人は共に場外へと弾き飛ばされ、



 ──ふむふむ。



 ステージに残ったよわよわCPU同士の、しょっぱ過ぎる決闘が幕を開けることになるわけだ。


 そこからは、防御をすることもなく互いにペチペチとしょぼいダメージを与え合うだけの、虚無のような映像がただ流れていき、


 

「……なにこれ?」



 つい、正直な感想が口からこぼれてしまう。



「んっ……!」



 それを聞いた石徹白さんは、笑いを堪えるように口を押さえ、



「っ、あははっ……! なんなのこれ、もうっ……!」



 やはり我慢しきれずに、盛大に吹き出した。



「いや、むしろこれがこのゲームの真髄なのかもしれない……」

「んふっ!?」



 それを見たトオルが面白半分で真面目な雰囲気を醸し出すと、これまた石徹白さんにクリーンヒットする。



「争いなんて虚しいだけ、そんな、め、メッセージがっ……くくっ……」

「ひ、ひなみくっ……っ……も、もうっ、いいってっ……!!」



 トオルは調子に乗って追撃を試みるが、もはや自分でも耐えきれずに笑ってしまい、



「あははっ……も、だめっ……! し、しんじゃうっ……!!」



 連鎖していく笑いで石徹白さんの顔が真っ赤になった挙げ句、腹を抱え始めてしまった。



「ははっ……! 石徹白さん笑いすぎっ……」

「だ、だってっ……!」



 トオルもまた釣られるように笑い、しばらく二人の間に和やかな空気が流れる。


 そして、



「あはははっ──」



 どれだけの時間、笑い声が響いていたのか。


 ようやく収まりかけたその時、



「──あ……?」



 ふと、温かい雰囲気とは真逆の、冷たい気配を感じてピタリと動きを止める。


 トオルの脚の上では、まだそれに気がついていない石徹白さんがくすくすと笑っていてたが、そんなことが気にならなくほどの、嫌な予感。


 それがトオルの身体を突き動かすと、無意識に後ろを振り返らせられ、



「え」



 全身が凍りついたかのように固まった。



「──あはは……どうしたの…………へ?」



 そこでようやく、石徹白さんも気がついたのだろう。


 トオルと同じように振り返り、同じように動けなくなっていた。


 だが、それも仕方の無いことのはずだ。



「……随分、楽しそうだね?」



 何せ、二人しかいなかったはずのこの部屋にいつの間にか第三者──しかも、あの友戯が侵入していたことが発覚したのだから。

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