第48話 ※嵐の前の静けさです。

 翌日、学校が休みの土曜日ということもあってトオルは昼までゴロゴロと過ごしていた。



 ピンポーンッ……。



 が、そこへ来客を示す音が鳴り響く。



「どうぞー」

「こ、こんにちは日並くん」



 相手はもちろん、石徹白エルナその人である。


 先日の約束どおりやって来た彼女は、少しぎこちないながらも、多少の調子を取り戻しているように感じられた。



「お邪魔しま〜す……?」



 そんな彼女はマスクを取りながら廊下の奥を窺うような仕草をし、



「あれ、今日もいないんだ?」



 今回で四度目だからか訝しんだ様子を見せる。


 

「ああ、うちの両親は暇があれば外に出かけるから。確実に家にいるのは朝と夜くらいしかないよ」

「へぇ〜……あっ」



 そういえば説明していなかったかと改めて事情を教えるが、それを聞いた石徹白さんは何かを思いついた様子。



「だ、ダメだよ日並くんっ……いくら日並くんでも、まだそういうのはっ……」



 すると突如、自分の身体を抱くような動きをしつつ、頬を赤くしながら恥ずかしそうにチラチラと見てきた。


 そうと知っていればあからさまな演技に、からかわれていることを理解したトオルは、



「そんな今さら……石徹白さんにそんなことしないよ」



 呆れながらハッキリと否定しておくが、



「…………そっ」



 この対応に石徹白嬢は不満なようである。


 ジトッとした視線を向けてきたあと、ぷいっと顔を背けられてしまった。



 ──あえて乗っかってあげたほうが良かったのか?



 乙女心というものは複雑と聞いていたが、石徹白さんは特に面倒そうな部類に入っていそうだ。


 いつか彼女を恋人にする人は、きっと苦労させられることだろう。



「えっと……そうだっ、その服いいね!」



 とりあえず、今日の石徹白さんを接待するのは自分なので、思い出したことをさっそく実践していく。


 以前家へ来たときに服の感想を尋ねられたのをしっかり覚えていた自分に感謝するトオルだったが、



「ふーん……例えばどこらへんがかな?」



 付け焼き刃だったのを見抜かれたのか、作ったような笑顔を向けられてしまった。



 ──え、ええっと……!



 この返しは予想外だったため、トオルは僅かに返答に困るも、



「あ、その、白いワンピースが凄い似合ってるというか、石徹白さんの髪が白いのもあって、本物の天使みたいというかっ。麦わら帽子も定番だけど可愛いし、でも、その黒い手袋とかは逆に大人っぽさというか色気みたいなのもあるし……あ、だからって変とかじゃなくて、えっとっ──」



 空気に耐えられず、とにかく目に入ったものを手当たり次第に褒めちぎっていく方針で乗り切ることにした。



 ──や、やばい……自分でも何言ってるのか分からん。



 陰で『あいつ、女の子の服褒めるとき早口になるんだよね……笑』と噂されかねないほどの捲し立てをしてしまっている自分に戸惑うが、



「──それでっ……ん?」



 しばらくして、石徹白さんからの反応が無いことに違和感を覚えたことでようやく舌が止まってくれる。


 ふと意識を前に向ければ、麦わら帽子を深く被って顔を隠す少女の姿が映った。



「あの石徹白さん、もしかして──」



 まさか、あまりの気持ち悪さに気分を害したのかと思ったトオルは下から覗き込もうとし、



「──ぇがっ!?」



 しかし、強い力によって顎を上へと押し返されてしまう。


 それが、石徹白さんの手に掴み上げられたことによるものであると理解した直後、



「な、何がかなっ!?」



 下から突き上げるような声が響いてきた。



「ふぉ、ふぉうひたの?」



 石徹白さんの意図が掴めなかったトオルは『指柔らかいなー』という場違いな感想を抱きながら尋ねる。


 一瞬、照れ隠しかもしれないとも思ったが、流石にあの早口言葉で照れるということは無いはずだ。


 しかも、相手はあの石徹白さん。


 引かれるだけならまだマシな方で、逆に毒舌を吐かれてもおかしくないくらいだろう。


 そう、例えば……



「も、もうっ日並くんってばっ! あまり変なこと言ってると口を縫い合わすよっ!?」

「で、でふよねっ!?」



 こんな風に、実現させてきそうな脅し文句を放ってきたり、



「だいたいっ、日並くんみたいなのに口説かれて不意に、と、ときめいたりする子がいたら可愛そうだと思わないかな!?」

「おっしゃうとおりえっ!!」



 おまけとばかりに精神攻撃を仕掛けてきたり、



「あとっ!! 日並くんって結構ちゃんとした服着るんだねっ、まあまあ悪くないと思うよっ!!」

「あ、あふぁっす!!」



 あえて飴を与えることで死なない程度に調整してきたりと、まるで隙が無い連撃をかましてくるのだ。


 これには、トオルのメンタルもゴリゴリと削れ、



 ──ん?



 ふと、違和感を覚える。



 ──なんか……。



 それが何なのか探ろうと思考へ意識を集中させるも、



「それより、早くいこ! こんな所で日並くんと喋っていられるほど暇じゃないんだからっ」

「え、あ、うんっ」



 急ぎ足で部屋へと侵入していく石徹白さんに釣られ中断させられる。



 ──まあ、いっか。



 少し気になりはしたが、大したこととも思えない。


 そう判断したトオルもまた、彼女に続いて部屋へと戻るのだった。














 窓から差し込むカーテン越しの暖かい日差しに、ゆっくりと目を開けていく。



「ん、んぅ……」



 が、未だ微睡んでいる意識がそれを許さない。


 寝返りを打って陽光から視線を逸らすと、再び目を閉じてうとうととし始める。



「──えっ……うわ、もうこんな時間……」



 そして、そんなことをしているうちに少しずつ目が覚めてきた少女──友戯遊愛は、スマホの画面を見て驚かされることとなった。


 何せ、時刻はすでに正午を回っており、普段ならとっくに起きて活動を開始している時間だったからだ。


 もし今日という日が休みで無かったら、盛大に遅刻していたに違いない。



「ふわぁ……」



 その事実に若干の安堵を覚えた遊愛はあくびをこぼしつつ、ようやく寝台の上から這い出ることに成功する。


 とりあえずと部屋を出て一階へと向かい、



「あ、おはようお姉ちゃん」



 洗面所へ向かう途中で妹とすれ違った。



「ん、おはよ……」

「今日はいつにも増してずぼらだね?」

「うるさい」



 反射的に挨拶を交わすも、返ってきたのは意地の悪い笑顔。


 構うのもしゃくなので適当にあしらいつつ顔を洗う。



「お父さん、おはよ」

「ああ、おはよう遊愛、随分と遅かったね」



 そして、リビングで待っていた父にも声をかけるが、やはりツッコミを入れられてしまった。


 見れば、ソファーに腰かけながら、コーヒー片手に穏やかな声色で話すその姿が映る。



「ああ、うん。ちょっと夜更ししちゃって」



 相変わらず様になっているなとくだらない感想を抱きつつ、ちょっとした言い訳をこぼすが、



「……なに、美愛みあ?」



 何故かニヤニヤした表情の妹が視界に割り込んできた。


 当然、嫌な予感のする遊愛だったが、



「そうそう、彼氏さんと仲直りしたくて悩んでたんだよね〜」

「ぶっ──」



 何をできるでもなく、意味不明な爆弾発言を投下されてしまう。


 これには、いつも冷静な父も思わずコーヒーを吹き出していた。



「は? 何言って……まさかっ」



 最初、いったい何のことか理解できなかった遊愛だが、すぐにその原因にあたりをつける。



「いやーでも既読無視はダメだよ。あれじゃトオルくん……だっけ? に嫌われちゃうよ?」

「美愛ッ!」



 おそらく、寝落ちしていた時にでもスマホを覗き見たのだろう。


 実に楽しそうに好き勝手言っているが、遊愛からしたら根も葉もない風評なので勘弁してもらいたかった。



「ゆ、遊愛……その、トオルくんというのは……?」

「え、ええっと……」



 案の定、真面目な父が震えた声で事実確認をしてくる。



 ──そうだ。



 しかし、幸いにもここでふと妙案が湧いてきた。



「トオルくんじゃなくて、トオルちゃんだよ。勘違いされやすいけど」



 正直、名前的にかなり厳しい嘘ではあったが、



「な、なんだ、そうだったんだね……」

「えぇ!? なにそれつまんな〜いっ!!」



 実際、二人が上手く騙されてくれたのでセーフだろう。



 ──……うん、決めた。



 そうこうしつつ、台所に用意されていた一人分の昼食を温め直し始めた遊愛は、改めて決心する。



 ──今日、日並の所に行こう。



 妹の発言に影響されたわけではないが、先延ばしにすればするほど関係が離れていくのも事実。



 ──ルナのこととかも、話さないとだし。



 となれば、話は早い。


 突然の訪問ということにはなるが、彼ならきっと許してくれるだろう。


 そう結論づけた遊愛は早く昼食を取らねばと、レンジの稼動する音を焦れったく思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る