第47話 ※乙女心は複雑です。
持ち慣れていない機械を手にして、カチャカチャと音を立てる。
視線の先では、見た目で適当に選んだ球体に手足を付けたような可愛らしいキャラが、敵を吸い込んでいるところが映っていた。
──はは……何してるんだろ、私。
あれから──情けなくも涙を流したあの時から、時間を経て冷静さを取り戻し始めたエルナは、ふと現状の不可解さに苦笑してしまう。
横を見れば、あれだけ目の敵にしていた少年の、横顔が映るが、それだっておかしな話だ。
──なんで、そんなに楽しそうなの。
テレビの画面に夢中になる彼──日並トオルは、先ほどまで涙を流していたはずが、一転して子どものように楽しげな笑みを浮かべている。
そもそも、彼が泣くようなことは無かったはずなので、随分と感受性が豊かなのだろう。
──なんで、何も言わないの。
しかし、エルナにとってそんな情報はどうでも良かった。
それよりも、本来嫌われて然るべきことをしでかした自分が、こうして同じ部屋に捨て置かれていることの方が、よほど重大な事である。
「ねぇ」
故に、気がつけば声をかけてしまっていた。
「ん、どうしたの」
こちらの方を一度ちらりと振り向きながら反応したので、
「なんで、私なんかに優しくするの?」
真正面から質問を飛ばす。
「なんでって……まあ、放っておけないから、だけど」
単刀直入な質問に、少し考える素振りを見せてから、日並トオルはあっけらかんと答えた。
その態度がまた、エルナのモヤモヤとした感情を強め、
「でも、日並くんからしたら私は嫌な人のはずでしょ。そんな相手に、こんな接待みたいなことするなんて理解できない」
先ほどからずっと思っていたことをぶちまけてしまう。
しまった、と思ってももう遅い。
恐る恐る彼の反応を窺うが、
「いや、そう言われても……そもそも、家の前で泣いてたの石徹白さんだよ?」
「っ!」
不意に、正論によるカウンターをもらってしまう。
「そ、そうだけどっ……!! 適当に追い払うことだってできたでしょっ!」
かーっと、顔が熱くなるのを誤魔化すようにエルナは声を張り、
「いやいや、流石に見知った女の子が家の前で泣いてたら事情を聴きたくなるよ」
「うっ……ま、まあ、それはそうかも、だけど……」
しかし、これまた論破されてしまった。
確かに、考えてみれば自分の行動がどれだけ構ってちゃんだったのかと自覚させられ、余計に恥ずかしくなってくる。
「それに、全然泣き止む気配なかったし──」
「も、もう大丈夫っ!」
なおも追撃してくる日並トオルに、自分から尋ねたにも関わらず、堪らず静止にかかった。
「──でも、そうだな」
はずなのだが、彼は何故かそのまま話を続け、
「強いて言うなら、石徹白さんが友戯のことを大切に想ってるのが伝わってきたからかもね」
「え」
何の恥ずかしげもなく、そんなことを言ってきた。
「ほら、石徹白さんが俺に絡んできたのって、友戯が酷い目に遭ってると思ったからでしょ?」
でも、それはつまり、彼にとってはそれが自然に出る言葉ということであって、
「それが分かってたから、きっと悪い人じゃないんだって思えて」
彼の素直な心そのものを表しているわけだから、
「この子には泣いてほしくないって思ったんじゃないかな──」
今、こうして向けてくる優しい微笑みだってきっと、紛れもない本物のはずで……
──あっ。
それに気がついた時、不意に心臓が跳ねた。
──なんで、気づかなかったんだろう。
彼がわざわざ、こんな自分に尽くしてくれる、その理由に。
──あの時も、そうだ。
わざと傘を壊してシャワーを借りた時も、服が壊れて色々と借りた時も、ずっと。
こんなにも簡単で、純粋な答えだったのに。
──なに、これっ……。
直後、目に見えない何かで胸の奥が満たされていく。
温かくて、でも少し怖い、そんな不思議な感覚を味わい、
──し、心臓がバクバクしてっ……。
すると、どうだろうか。
何とも思わなかったはずの平凡な男の子の顔から、急に目が離せなくなる。
──身体が、熱いっ……。
人の優しさとは、ここまで染み渡るものだっただろうか。
思い返してみても、無二の親友から感じたそれとも違うということしか分からない。
…………さん?
考えれば考えるほど頭がクラクラして、意識もぼうっとしてくるばかり。
……しろさんっ。
気がつけば視界は揺らぎ、世界がひっくり返りそうになるが、
「石徹白さんっ!」
「──ふぇ……なっ、あっ!?」
次の瞬間、肩に触れた手によって現実へと引き戻された。
──ち、ちかひっ……!?
倒れるエルナの肩を支えようとしたのだろう。
見上げれば、先ほどまでよりも近くに、彼の心配そうな顔が迫っていた。
「っ!!」
「うわっ!?」
これ以上は危険だと理性で判断したエルナは、一瞬で体勢を立て直し、即座に距離を離す。
──し、心頭滅却っ、心頭滅却っ……!!
さらに、のぼせた頭を冷やすため、いつもやっているように呪文を唱えるが、
──ぐっ、な、なんでっ!?
いつまで経っても落ち着く気配がない。
「ど、どうしたの?」
どうにもならないまま、ぱっと彼の方を見てみると、そこには平凡な顔立ちの少年が、困惑しているような間抜け顔でいるだけだ。
白馬の王子様よろしく、絶世の美男子がいるわけではない。
──うん、大丈夫。大丈夫だよ、エルナ。
それを確認して、エルナは安堵の息をこぼす。
先ほどの動悸は、今日一日の疲労が一気に溢れ出しただけだ。
そう自分に言い聞かせるも、
「ははっ、石徹白さんってもしかして、結構変な子だったりする?」
「はぅっ……!?」
何がおかしいのか、無邪気に笑う彼の顔を見た暁には、心臓の病を再発させられてしまっていた。
ここまで来れば、もう偶然で済まないことは明白であったが、
──こ、こんなのおかしいっ!!
しかし、事実かどうかと、納得がいくかは別の問題である。
それもそのはず、エルナは今まで異性に興味を持ったことなど無かったのだ。
つまり、どんなにイケメンだろうと、サッカー部のエースだろうと、惚れられることはあっても、自分が惚れることはないという自負があった。
それが、ちょっと優しくされただけでコロッと落ちたなどと、チヤホヤされるうちに膨れ上がっていたプライドが許すはずも無い。
「あの、本当に大丈夫……?」
「え、う、うん! も、もう大丈夫だよっ、色々ありがとうねっ……」
これ以上の醜態を晒すことは認めることと同義。
そう考えたエルナは歯を食いしばり、いつもの調子へと精神を回帰させていくと、
──大丈夫……まだ、1トゥンクだからっ……1トゥンクなら誤作動かもしれないからっ……!
都合のいい謎単位を思いついたところで、逃れるようにゲームへと意識を戻すのだった。
石徹白さんとのゲーム会が始まってからどれほど経っただろうか。
外はすっかり真っ暗になり、もうじき親が帰ってくる時間へと突入していた。
「日並くん今日はありがとうねっ」
玄関まで見送りに向かったトオルは、
「えっと、その感じでいくんだ?」
「ん、何のこと?」
先ほどから気になっていたことを尋ねる。
しかし、本人はとぼけているのか、以前のように天使のような笑顔を浮かべるばかり。
──調子狂うな。
正直、あの恐ろしい一面と子どもみたいな不器用な一面を知っている関係上、今さら取り繕われても対応に困ってしまう。
「ああいや、いいんだけどね」
とはいえ、石徹白さんがそう決めたのなら言えることもない。
「そうだ、結構暗いし送ろうか?」
「え、う、うんっ──」
故に話を切り替えてそう提案するが、
「──ン゛ッ!!」
「えっ!?」
照れるように声を小さくしたと思った次の瞬間、彼女は何故か思いっきり咳き込んだ。
「も、もう日並くんっ、誰にものを言ってるのっ!? あまり調子に乗ってると絞め落とすよっ!?」
「こっわ……!?」
そして、愛嬌たっぷりの表情はそのままに、殺意たっぷりの発言を繰り出してくる。
「わ、分かった、もう言わないよ」
これには堪らず、今後注意することを誓うも、
「えっ──う、うん、そうだねっ。薄情な日並くんにはそれがお似合いだねっ」
「理不尽ッ……!!」
微かに悲しみをにじませた後、いわれのない罵倒を受けることとなった。
「ん、んっ……冗談はさておき、本当に大丈夫だから」
「そ、そっか」
随分と恐ろしい冗談だなと思いつつも、反撃されるのは怖いので大人しく頷いておく。
──まあ、このくらいの方がちょうどいいか。
少々おっかない感じはあるが、これが多少なりとも気を許してくれた証なのだと思えば可愛いものだろう。
「それじゃあ──」
そうして、一通り話すこともなくなったところで、別れを切り出そうとするトオルだったが、
「あ、そのっ」
口にするよりも早く、石徹白さんが割り込んできたので、なんだろうかとトオルは次の言葉を待つ。
「明日、なんだけど……本当にいいの?」
「ああ、うん、気にしないでよ」
そして、不安そうに確認してくる彼女に、特に気負いもなく答えた。
明日、というのはもちろん遊びの約束に関してだ。
実は、友戯と対峙する時のために少しでも慣れておきたいらしく、先ほどゲームをしていた時にお願いされていたのである。
「でも、遊愛ちゃん誘ったりとか……」
が、石徹白さん的には気になることがあったらしい。
確かに、普段であれば他の友人を誘って遊ぶという選択肢もあるが、いつだって優先すべきものというのはある。
「それは、石徹白さんの件を解決してからにするよ」
当然、トオルには一度乗りかかった船を途中で放棄する気もなく、
「あと、俺ももっと石徹白さんと仲良くなりたいなって思ってたし」
故に、しれっとそんな言葉が出てきたが、
「……そういうこと、普通に言うんだね」
「え、あぁっ……!?」
直後につぶやかれた石徹白さんの言葉に、失敗したことを悟る。
この流れは、調子に乗ったトオルにカウンターが飛んでくるパターンだと身構え、
「……そ、その…………りがとっ…………」
結果、その心配は杞憂に終わった。
「え──」
「じ、じゃあねっ!」
気がつけば、うつむきながらぼそりとつぶやいた石徹白さんの背はすでに遠くへと走り去っていた。
──何だったんだ……?
よく聞き取れなかったトオルは見たことのないパターンに戸惑いつつ、
──それにしても速えぇ……。
あまりの足の速さに呆然と立ち尽くすのだった。
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