第45話 ※話してみないと分からないこともあります。
不意の来客から十数分が経過した頃。
「ええっとこれが移動ボタンで、これが攻撃ボタン──」
トオルはなぜか、石徹白さんにゲームのやり方を訓えるという、よく分からない状況に陥っていた。
「んっ……ぐすっ……」
しかも、石徹白さんは変わらず涙ぐんでいる状態で、非常に気を遣わされるはめになっている。
──なぜこうなったし。
直接の原因はもちろんトオルが提案したからであるが、そもそもの経緯を辿っていくと複雑過ぎて整理しきれないレベルである。
──まあ、とにかく石徹白さんと友戯を仲直りさせればいいんだよな?
現状分かっていることといえば、目の前の少女を泣き止ませるには友戯の存在が必要不可欠であるということのみ。
──ゲームをきっかけに話す機会を作って、俺が気にしていないことを友戯にアピールする……これしかない!
そうなると、シナリオはある程度決まってくる。
もし友戯が怒っているとしたらトオルに関することで間違いないので、トオル本人が石徹白さんを許すと言えばたぶん許してくれるはずだ。
後はその場を設けるため、石徹白さんに付け焼き刃程度でもゲームのやり方を覚えてもらえばいい。
「じゃあとりあえず、対戦いってみようか」
そんな重要な役割の一つを担わされるゲームはもちろん『大乱戦クラッシュブラウザーズ』だ。
言わずと知れた対戦型アクションゲームであり、子供から大人までカジュアルに遊べる大人気シリーズでもある。
石徹白さんはゲーム自体がほぼ未経験ということなので、操作が比較的簡単でかつ、複数人で楽しめるこのゲームが最適だと考えたのだ。
「わっ……もう動いていいの……?」
というわけで、ひとまず最低レベルのCPUと戦わせることにしたのだが、
「う、くっ、このっ!」
まだまだ慣れていないのだろう、操作するたびに身体ごと動いてしまっているのが、とても微笑ましかった。
「や、やった──」
が、流石に最弱レベルの相手には負けなかったようで、石徹白さんは初めての勝利に喜びの感情をあらわそうとし、
「──っ!」
それを温かい目で見ていたトオルに気がついたのか、顔を赤くしながら視線を逸らしてしまう。
「も、もういいっ」
トオルの術中にまんまとハマったのがお気に召さないのか、石徹白さんは不機嫌そうにコントローラーを投げ出すも、
「まあまあ、友戯と仲直りするためだから」
「……分かった」
こちらから理由を与えてみれば、諦めてゲームへと向き直ることとなった。
それから、石徹白さんの特訓は続いていき、
「わ、強いっ!?」
少しレベルを上げたコンピューターに苦戦したりしつつも、
「はいっ!!」
「おお」
元が武闘派だからなのか、順調に腕前を上げていく。
「じゃあ、次は──」
そしてついに、レベルを5まで上げようとしたその時、
「待って」
「──ん?」
石徹白さんから待ったの声がかかった。
何事かと振り向けば、
「これ、他の人ともできるんだよね?」
「え、まあそれはできるけど」
そんな当たり前のようなことを聞いてくる。
「じゃあ、日並くんとやりたい」
まさか、とは思ったが、やはりそういうことらしい。
正直、まだまだ初心者の範疇を抜け出ていない彼女と対戦しても、一方的な戦いになるのは想像に難くない。
「いや、流石にまだ早いんじゃ」
「い、いいからっ」
だが、石徹白さんの意思は固いようで、早く用意するよう促してくる。
連続で勝利していることから、ワンチャン勝てるとでも思っているのかもしれないが、ゲームというのはそこまで甘くない。
「お、いい攻撃!」
故に、トオルはかなりの手加減をすることを選択するが、
「日並くん、本気でやって」
すぐにバレたうえ、真面目なトーンで注意されてしまった。
「え、でも」
「お願い」
なおも食い下がろうとするトオルだったが、その真剣な眼差しに負けて多少の本気を出して戦うことを決める。
──どうなっても知らないぞ……。
当然、そんなことをすれば結果は火を見るよりも明らかで、
「あっ」
ほとんど攻撃すらさせずに、石徹白さんを場外へと吹き飛ばしてしまった。
「ほ、ほらね?」
これには、トオルも申し訳無さそうに機嫌を伺うが、
「もう一回」
なぜか、石徹白さんは諦める気配がない。
「い、いやいや今ので」
「もう一回っ」
仕方なく、もう一度再戦を行うも、
「っ……」
「ああ……」
結果が変わることなど、ありはしなかった。
「もう一回」
「う、うん──」
その後も、石徹白さんの気迫に圧されて数回対戦を繰り返すが、全て似たような戦績で終わるだけ。
「も、もう、一回……」
にも関わらず、諦める気配をまるで見せない彼女に、トオルはどう対応すべきかと悩まされた。
そんなに自分のことをボコボコにしたいのだろうか。
もしそうだとしたら、あまりの嫌われっぷりに辟易としてしまいそうである。
「あの、石徹白さん、もうそろそろやめにした方が──」
とりあえず、このままやり続けるのも精神的に厳しい。
そこで、トオルは痺れを切らして止めにかかるが、
「──もう、いいの?」
予想外の言葉に、一瞬、思考が固まる。
そもそも、やろうと言ったのは石徹白さんのはずだったからだ。
「いいって、何が」
故にその意図を尋ねるのも自然なことだったが、
「だから、もう満足したのかなって……」
次の言葉に、更なる疑念を抱かされることになる。
──満足……?
いったい、何のことだろうか。
「それはどういう──」
皆目検討もつかないトオルは再び質問を行おうとし、
「──だからっ! これでスッキリしたのかなって聴いてるのっ!!」
突如、彼女の張り上げた声に遮られてしまった。
──石徹白さん……。
その目には涙が滲んでおり、呼吸も落ち着かなくなっている。
トオルにはそれが、怒っているというよりも、やり場のない感情が漏れ出てしまっているだけのように映った。
「スッキリって──あっ」
するとすぐに、今までの行動の理由にもあたりがつく。
──そういうこと、だったのか。
なぜ、先ほど煽った時に手を止めてくれたのか。
なぜ、こうして勝てない勝負を挑んできたのか。
そして、
──なんで、わざわざ俺の家までやって来たのか。
ここに来て、トオルは大きな勘違いをしていたことに気がつかされる。
──友戯に怒られたから、慰めて貰いに来た? 友戯と仲直りしたいから、協力を仰ぎに来た? 違う、そんな打算的なことじゃない。
自分がどれだけ、表向きのイメージで彼女のことを見ていたのかが、よく分かる。
最初は天使のようだと持て
だが、本質はどちらも、一つの点において同じである。
それは、つまり……
「──石徹白さん」
「っ!」
最終確認を行うため、トオルは彼女の名前を呼んだ。
怒られるとでも思ったのか、肩をビクリと跳ねさせるその姿を見て、心が痛む。
「ゲームっていうのは楽しむためにやるものだよ。だから、弱いものいじめをしたってスッキリなんてしないさ」
「そ、それじゃあ……」
トオルの説明を聞いて、石徹白さんは落ち込むようにうつむくが、その心配はいらない。
「だからその、お互い今までのことは水に流して、まずはゲームを楽しもうよ」
石徹白さんの心の内を察したトオルには、もはや彼女に対して負の感情を抱くこともできなかったからだ。
それ故、全面的に許すことを宣言したのだが、
「むりだよっ……そんなのっ……」
逆に、石徹白さんは声を震えさせながら、ポロポロと涙をこぼし始めてしまった。
「ひ、日並くんにっ……酷いこといっぱいっ、し、したん、だよっ……!?」
きっと、泣き慣れていないのだろう。
言葉のほとんどは細切れになっていて聞き取りづらいものとなっていたが、
「ゆあ、ちゃんだってっ……ぐすっ……き、きっともうっ、ゆるしてっ……くれ、ないしっ……」
しかし、嗚咽混じりにも懸命に語ろうとするその姿は、どこまでも純粋な優しさからくるもので間違いはなく、
「わ、わたしっ、だって……き、気が済まな……のっ……!!」
トオルもまた、その感情の強さに影響を受け、
「い、いいんだ、石徹白さんっ……俺も悪いとこ、あったし……!」
気がつけば、目頭を熱くさせてしまっていた。
「なんで……ひなみ、くんまでっ、泣いてるのっ……」
「ご、ごめん……俺、涙もろいというか、感情移入しがちというかっ……」
石徹白さんに指摘され、トオルは何とか涙を引っ込めようとするも、
「あ、ダメだっ……これ止まらないやつだっ……」
彼女がその瞳から涙をこぼす度にもらい泣きは加速していく。
「う、うぅあぁっ……ひなみ、ぐっ……ごめっ、ごめんなざ、ぃっ……」
そして、互いの涙が連鎖していった結果、いつしか石徹白さんは子どものように泣きじゃくり始め、
「大丈夫、大丈夫だからっ……」
居ても立ってもいられなくなったトオルは小さな身体をそっと抱きしめると、あやすような優しさでその背を撫でるのだった。
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