第44話 ※女の子には優しくしましょう。

 屋上での再戦からはや一時間は経過しただろうか。



「ふぅ……」



 全てをやりきったトオルは、何度目かも分からない疲労の息を吐いた。



 ──これで良かったんだよな。



 いくら思い返したところで結果は変わらないが、それでも暇があれば勝手に考えてしまうのが人間というもの。


 あれは本当に正しい行動だったのかと、いつまでも堂々巡りのことに思考を割いてしまう。



 ──ええいっ、ゲームでもして気を紛らわすか。



 最終的に、いつものように手を動かしていれば誤魔化せるだろうと、ゲームソフトがしまってある棚へと向かい、



 ──お、これ懐かしいな。



 一つのパッケージを手に取った。


 おどろおどろしい『呪印』というタイトルの文字に、青白い肌をした女が片目をひん剥いてこちらを見つめるそれは、いわゆるホラーゲームというやつだ。


 昔、自分がもっと小さい時にやったことがあるが、相当に怖かったためにクリアまで到達できなかった覚えがある。



 ──久々にやってみるか。



 なので、今ならば流石にいけるだろうとそれを手に取るのは必然だった。


 古いソフトゆえ、旧世代のハードを引っ張り出さないといけないが、やりたい時にやるのがゲーマーである。



「この女の霊が怖いんだよなぁ」



 やる気満々のトオルは本体やらコードやらを収納棚から取り出しつつ、記憶を思い返していた。



 ──確か、どこかからすすり泣くような声が聞こえてきたと思ったら、いきなり飛び出してきて……。



 想像するだけで、ぶるぶるっと寒気が走る。


 ホラー系のゲームや映画をそれなりに経験してきたトオルだが、やはりこの呪印が持つ和の恐怖は骨に染みるような恐ろしさがあるようだ。



 っ…………ぅっ……。



 その時の記憶が現実に蘇ったのか。


 女性のすすり泣く声がしたような錯覚をし、



 ──そうそう、こんな感じの声で……んっ!?



 不意に怖気を感じたトオルは、バッと背後を振り返る。


 そこには、外から中が見えないように曇ったガラスの窓があり、特に人影も見当たらないが、



 ぅ……っ……うぅ……。



 確かに、そこから何者かの声が聞こえてきていた。



 ──や、やっぱり聞こえるぅ……!?



 ホラーにはそれなりの耐性ができているトオルでも、流石に現実の怪奇現象は御免である。


 そう思い、部屋の隅に寄ってガタガタと震えるが、



 ──聞こえる、けど……?



 しばらくして、全然泣き止む気配を見せないその声に、少しずつ冷静さを取り戻し始める。


 よくよく考えてみれば、単純に外で女の子が泣いているという可能性もあり得ることに気がついたのだ。



「……よし」



 覚悟を決めたトオルはゆっくりと玄関の方へと向かっていく。


 もし外に誰かがいたとして、自分に何ができるのかは分からないが、聞こえないフリをするのも堪えると扉に手をかけ、



 ガチャッ。



 いざ尋常に勝負と外へ飛び出した瞬間、



「──えぇ……?」



 トオルは予想外の光景に、困惑を隠せなくなる。


 何せそこにいたのは、我らが希台高校の制服を着た女子生徒であり、



「石徹白さん……?」



 自身の膝に顔をうずめる、白髪の少女だったのだから。













 この景色ももう三度目かと、場違いな感想を抱きながら、テーブルの上に熱々のお茶を置く。



 ──とりあえず上げちゃったけど、どうしよう。



 そんなトオルは、これまた困った状況に頭を悩まされていた。


 というのも、



「ぅっ……ぐすっ……ぅう……」



 自分の部屋にて、体育座りでガチ泣きする女の子がいるのだから当然というものだろう。



 ──あの後何があったんだか。



 しかも、よりによってその少女が、つい数時間ほど前までトオルを敵視していた石徹白いとしろエルナだというのだから、手に余ってしまう。


 何者かを追ってどこかへと消えてしまった彼女が、なぜトオルの家の前で泣いていたのか。


 心当たりなどあるはずもなく、対処しろと言われてもまるで取っ掛かりが無かった。



 ──うーむ……。



 一瞬、まさか追いかけた相手に酷いことでもされたのかと思いもしたが、あれだけの気迫を放っていた石徹白さんが負けるとも思えない。



「あのぉ……」



 仕方なく、石徹白さんの気持ちがある程度落ち着くまで待ってから、恐る恐る声をかけるトオル。



「…………のぜい……」

「ん?」



 すると、彼女は膝に顔をうずめたままボソリとつぶやいた後、



「びなびぐんのぜいで、ぐすっ……ゆあぢゃんびぎらわれだぁっ……!」



 とんでもない鼻声を出しながら、こちらを睨んできた。


 とりあえず、何を言っているのかよく分からなかったので、ティッシュを箱ごと渡すと、



 ズビーッ!!



 石徹白さんはそれをかっさらい、盛大に鼻をかんだ。



 ──ええっと、びなびくん……は俺のことか? で、ゆあぢゃんっていうのは多分、友戯のことだから……。



 彼女の鼻がスッキリとするまでの間、先ほどの暗号を解読したトオルは一つの結論にたどり着く。



「ああ、もしかして、さっき追いかけていったのって友戯だったのか」

「っ!」



 声に出してみれば、図星だったのか石徹白さんはあからさまな反応を見せた。



「それでまあ、俺にはよく分からないけど、怒られたと」

「…………」



 嫌われたという言葉と今の石徹白さんの様子から見るに、おそらく間違いないだろう。


 友戯が一体どこまで知っていたのかも、そもそもこの二人がどういう関係なのかも分からないが、少なくとも相当な怒りを買ったことだけは推察できる。



「いやまあ、ご愁傷さま?」

「っ……」



 そこまで理解したトオルは、石徹白さんに対してそれなりにストレスが溜まっていたのか、溜飲が下がった気持ちになっていた。


 石徹白さんはこちらをキッと睨んでくるが、目を赤く泣き腫らした状態では全く怖くない。


 あれだけ恐ろしかったはずの存在も、今では親に叱られた子どものように小さく見える。



「つまるところ、俺と友戯の友情が勝利したというわけか」

「ぐっ」



 調子に乗ったトオルは、これまでの鬱憤を晴らすために、勝ち誇ってみせることにした。


 随分と悔しそうな表情の石徹白さんだが、反論もできないのか、ひたすらこちらを睨むことしかできていない。



「いやー良かった良かった。これで、これからはいつも通り友戯と遊べるわけだ、俺は」

「む、むぐぐっ……!!」


 

 ここぞとばかりに追撃を加えていくトオルだったが、



「いい加減にしてッ!!」

「ひぃっ!?」



 石徹白さんにも我慢の限界が来たのか、急に立ち上がるとこちらへと詰め寄ってくる。


 トオルはやり過ぎたことを後悔しながら、小物みたいな悲鳴を上げるが、



「っ……ぐっ……!」



 当の石徹白さんは眼前まで来たところでピタリと動きを止めていた。


 そして、振り上げようとしていた拳でスカートの裾を握ると、



「う、ぐずっ、うえぇっ……」



 途端に目を潤ませ、再び涙をこぼし始めてしまう。



 ──し、しまった……。



 いくら先に仕掛けられたこととはいえ、泣いている女の子相手に何をやっているんだと、トオルは反省させられた。



「ご、ごめんっ! 今の冗談だから!」



 何とか宥めようと、近寄りながら慌てて弁解を図るも、



「うぅ……うるざ……ぃいっ……ぐすっ」



 手を振り払う動作であしらわれた挙げ句、そっぽを向かれてしまう。



 ──え、ええっと、こういう時は……!!



 完全に嫌われたことを悟ったトオルは、ただでさえ女の子の泣き止ませ方を知らないため、これでもかと慌てふためき、



「──げ、ゲームしようっ!?」



 困った時の最終的兵器を持ち出した。


 もちろん、それが誰にでも通じるような代物でないことは分かりきっていたが、



「…………?」



 突拍子も無い発言だったからか、石徹白さんの挙動が一瞬だけ止まる。


 そして、その隙を見逃すほどトオルも馬鹿ではない。



「ほ、ほらっ! 友戯のやつ、ゲーム好きだからっ、これやれば仲直りできるかもよっ!?」



 トオルは気を引ける言葉を混ぜつつ、勢いだけでゴリ押しを試み、



「ぅ、ぐすっ…………」

「…………」



 結果、石徹白さんの嗚咽だけが流れる長い沈黙の後、



「ん……ぅっ……」



 たった一音だけの返事と、こくりという頷きが返ってくるのだった。

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