第41話 ※告白といえば屋上です。

 三階と四階の間にある踊り場から先を見上げたトオルは、そこに広がっていた光景に思わず固まったまま見惚れてしまった。


 夕陽に照らされていることで、どこか温かい色味に変わった純白の髪と蒼の瞳。


 夏服に切り替わったことであらわになった細腕には黒い長手袋がはめられており、どこか妖艶な雰囲気も感じさせた。


 そして待っている間、外の景色を眺めていたのか、そのままこちらを横目で見つめてくる少女の顔はどこまでも美しく、儚げな雰囲気をまとっている。


 

「──ごめんね、急にこんな所に呼び出しちゃって」

「い、いや全然!」



 そんな、そこだけ別の世界なのではないかと錯覚してしまうほどの衝撃を受けていたトオルだが、声をかけられたことで意識を取り戻した。


 その声もまた耳をくすぐるような心地よさがあり、ついほうけてしまいそうになるが、



「それで、なんの用かな?」



 何とか耐えて、本題を促す。


 もちろん、おおよその予測はついているが、これも様式美だろう。



「そうだね……その前に、少し場所を移動してもいいかな?」

「う、うん」



 しかし、その答えは少しお預けとなる。


 目の前の幻想的な少女──石徹白いとしろさんは、真横の扉を開けると、



「付いてきて」



 そう言って視界の外へと消えていく。



 ──あれ、なんで屋上が開いてるんだ?



 トオルは一瞬、当然の疑問に至るが、石徹白さんを待たせるわけにもいかないとすぐに後を追った。



「うわっ──」



 すると、そこには先ほどよりもさらに絵になる景色が映った。



「ふふっ、ちょっとお願いして、借りてきちゃった」



 一面が夕陽の赤に染まる中、お茶目に笑う石徹白さんの姿は打って変わって天使のように愛らしいものとなっている。


 またもそれに見惚れながら、トオルはゆっくりと彼女の方へと近寄っていき、



 ──や、ヤバイヤバイッ!!



 激しくなる鼓動の音に、半ばパニックに陥っていた。


 だが、それも致し方のないことだろう。



 ──ほ、本当に石徹白さんが俺のことを……!?



 何せ目の前にいるのは、自分とは到底釣り合わないはずの絶世の美少女である。


 そんな彼女に向こうから呼び出され、しかもシチュエーションのお膳立てまで完璧な状況ともなれば、否が応でも期待せざるを得ないだろう。



「そ、それで──」



 結果、焦りからか先んじて問いかけようとしてしまうが、



「──ま、待って! ちょっと、だけ……」



 石徹白さんも似たような気持ちなのか、自身の胸に手を当てながら、心を落ち着けるように数度深呼吸を繰り返す。



「……うん、大丈夫っ」



 そして、独り言のようにそうつぶやくと、



「ひ、日並くんっ!」

「は、はい……!」



 勇気を振り絞って、語りかけてきた。



「その、もう何となく分かってるかも、だけどっ……」



 トオルはそれを、少しずつ噛みしめるように反芻していき、



「私、日並くんのことが──」



 石徹白さんの真剣な眼差しをしっかりと見つめ返しながら、



「──す、すき……」



 ついに、核心の言葉がこの世に紡がれたのを、確かに耳にした。


 ぼそりと、視線を逸らしながら、顔も真っ赤にした彼女の姿は、正しく恋する乙女のそれで、



「石徹白さん、俺っ──」



 トオルはこれ以上恥をかかせるわけにもいかないと、その答えを返そうとし、



「ま、待って……その、もし答えが『はい』なら、目を閉じてほしい、な」



 直前で止められる。



 ──どういうことかは分からないけど……まあ、いいか。



 その言葉の意味が分からなかったが、しかし答えを出すということに関しては変わらない。



 ──俺は。



 トオルは考えた。


 ここでの正しい回答は何なのかと。


 本来であれば、それは『自分の本心で正直に答える』というのが正しいだろう。


 しかし、あいにく石徹白さんとの付き合いなどほとんど無く、それだけで好きかどうかなど判断することは難しい。


 ならば、どうすべきか。



 ──俺の、答えはっ……!



 トオルはそれを確信した直後、静かにまぶたを閉じた。


 簡単な話だ。


 この告白、トオルからすれば断るべき理由より、断らない方が良い理由の方が圧倒的に多かった。


 そもそも、断るべき理由などいつかに話した『恋愛など面倒』という適当なものしかない。


 一瞬、友戯の顔が脳裏をよぎったがすぐに振り払う。


 彼女はあくまで友人であり、少なくとも目の前の少女に恥をかかせる理由にはならないだろう。



 ──さあ、来いっ。



 そうこう考えてるうちに、目を閉じさせてきた理由にもあたりがついたトオルは覚悟を決めて待ち受ける。


 男女が二人きりで目を閉じる理由など、アレしかない。


 そう、それは互いの唇を重ね合わせて行う、恋人の契りで……









「──え?」



 そこまで考えたところで、トオルは思わず間抜けな声を漏らした。


 それもそのはず、来たるべきファーストインパクトに備えて目をつむっていたトオルの身体は、



「うおぉっ!?」



 何故か、無重力空間にでも来たかのように宙に持ち上げられたのだから。


 予想外の事態に、トオルは慌てて目を開き、



「つかまえた……♪」



 そんな猫なで声が不気味に思えるほどの、感情のない表情を向けてくる石徹白さんの双眸と目が合った。


 そして、自分が彼女の両手でワイシャツの襟を掴まれ、持ち上げられていることに気がついたトオルは、



 ──エ、ナニコレ……?



 あまりの急展開に、自身もまた感情を失ったかのように呆然とするのであった。












 目と目が合う瞬間、人は気づくことがあるらしいが、トオルも今それを如実に実感させられていた。



 ──ぜ、絶対好きとかじゃねえッ!?



 ぎりぎりと、首が苦しくなるほどの圧力で持ち上げられるトオルは未だに状況を掴めていなかったが、少なくとも告白がどうとかいう雰囲気でないことだけは瞬時に理解する。



「え、ええっとっ──うわっ!?」



 ひとまず、この場で一番事情を知っていそうな人物に声をかけようとするが、次の瞬間には視界がぐるりと回り、



「ど、わ、ぶっ……!?」



 地面を転がされてうつ伏せに止まったところで、ようやく自分が投げられたという事実に気がついた。



 ──し、視界が回る……。



 その犯人であろう少女──石徹白エルナの姿を確認しようと顔を上げたトオルだったが、先ほどの投げ技と完徹による眠気で視界がぼやけ、ぐわんぐわんと揺れる。



「残念……本当に残念だよ、日並くん」



 辛うじて視線の先に捉えた石徹白さんはといえば、後ろで手を組みつつ、トオルの周りを回るようにしながら話しかけてきた。


 しかし、トオルはただその様子を這いつくばったまま見ていることしかできず、



「途中までは信じかけてたんだよ? この人は遊愛ちゃんが惹かれるくらい、本当に良い人なのかもしれないって」



 続く言葉に知った名前が出てきたことに驚かされる。



 ──なんで、友戯の名前が。



 石徹白エルナと友戯遊愛──記憶を振り返るも、その二人の間に関連性は見出だせない。


 また、それ以外の言葉からもまともな情報は得られなかった。



「い、いったい何の話をしてるんだ、石徹白さんっ」



 故に、トオルは勇気を出して尋ねるが、



「ぐっ!」



 顔の横にしゃがんだ石徹白さんに髪を掴み上げられ、



「まだ分からないんだ? なら、ハッキリ教えてあげるっ」

「うわっ……!?」



 人形のように冷めた表情で怒りをぶつけられてしまった。


 ついでに、急に手を離されたことで危うく顔を地面にぶつけそうになるが、それは何とか耐える。



 ──えっと……ん?



 相変わらず揺れる視界の中、目の前を歩く石徹白さんの後ろ姿を見つめるトオルは、この異常過ぎる状況に思わず、



 ──これなんてFPS?



 完全に場違いな感想を抱いていた。



 ──俺、いつからゲームやってたっけ……?



 というのも、睡眠不足に加えて視界まで回っているせいで、その手のゲームのイベントシーンを見ているかのような錯覚に陥っていたのだ。


 出血や痛みは無いはずだが、視界の端には血のりが付着しているように見えるし、耳元では『フォォオオン……』的な謎の効果音が聞こえさえしている。



 ──もはや石徹白さんが敵のボスキャラにしか見えん……。



 それもこれも、ゆっくりと歩きながら重い声で語りかけてくる石徹白さんの姿が、まんま敵キャラの動きにしか見えないのが悪い。



「これが何か分かる日並くん? これはね、君の人生を破滅へと導く決定的な証拠なの……この意味くらいは流石に分かるよね?」



 現に今も、冗長な台詞回しで中々結論を言おうとしないという、悪役あるあるを見事に再現していた。



「さあ、何のことかな……?」



 そして、トオルもまたその雰囲気に呑まれ、本当に知らないだけなのに意味ありげな喋り方をしてしまう。



「ふーん、まだとぼけるんだ」



 対し、石徹白さんは侮蔑するような視線を向けてきながら、



「それじゃあ、聞きやすいようにここに置いてあげる」



 そう言って、黒い謎の機械をトオルの前方に置いてから起動した。


 当然、トオルにはそれが何かなど分からなかったが、



『──さあ、覚悟しておけよ?』

『ま、ちょっとっ……!?』



 すぐに、その正体が判明する。


 何を隠そう、その機械から流れてくる音声は二人分ともトオルの知るものだったからだ。



「なっ、これはっ……!?」

「あははっ……やっと気がついたんだ」



 しかも、それはつい昨日の出来事が収録された代物。


 流れてくるのは悪そうに笑う男の声と、そいつに悶えさせられる女の声で、傍から聞くと事件性があるようにしか聞こえなかった。



 ──と、止めなくてはっ。



 テンションが上がっていたときの自分が恥ずかしくなったトオルはそれを止めようと、地を這いずりながら機械へと近づいてく。


 さながら、ボタン連打をしている気分のトオルだったが、



「……本当はね、これでもチャンスをあげたつもりなんだよ? もしかしたら遊愛ちゃんとはそういう仲で、これもそういう演技なのかもしれないって。でも──」



 あともう少しで手が届きそうというその瞬間、



 ──くっ!



 無慈悲にも、石徹白さんの蹴りで機械は遠くへと滑っていってしまった。



「──君はあっさり私のことを選んだ。それってつまり、遊愛ちゃんとは恋人じゃないってことだよね?」



 こうして、為すすべが無くなったトオルは、



「いったい、なんの目的でっ──」



 石徹白さんを見上げながら結論を尋ね、



「いい日並くん? 君に与えられた選択肢は二つ。二度と遊愛ちゃんに近づかないことを誓うか、私に逆らって社会的に死ぬか……どうする?」



 遮られるようにして答えを教えてもらった。



「それじゃ、さよなら」



 それで言いたいことは全て言い終えたのか、石徹白さんは階段の方へと歩いていき、



「ああ、これでも優しい方だよ? 本当は警察に突き出しても良かったんだから。ただ、それは遊愛ちゃんが嫌がるかもしれないでしょ? だから、君はそんな理由だけで生かされてるってこと、ちゃんと覚えておいてね──」



 先ほどの機械を拾い上げたのを最後に視界の外へと消えていく。


 残されたトオルはといえば、先ほどまでの緊迫感などまるで無かったかのようにすっと立ち上がり、



「ふぅ……」



 安堵の息をつきながら服についた砂埃を払い落とすと、



 ──いや、誤解を解けよ俺ッ!?



 あまりに手遅れすぎるツッコミを自身に入れるのだった。

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