第42話 ※もはやホラーです。

 時刻は夜の九時。


 あれだけ美しかった夕陽もすっかり沈み、窓の外はすっかり黒い暗幕に包まれていた。



「はぁ〜……」



 それによって時間の流れを実感させられていたトオルは、黄昏れるように重いため息をつく。



 ──もう何がなんだか……。



 無論、理由は明らかである。



 ──友戯とは連絡がつきそうにないし。



 未だに既読すらつかないマインのメッセージに、



 ──石徹白さんは凄い勘違いしてそうだし。



 豹変した石徹白さんに脅されたという事実を思えば、冷静でいられる方がおかしいだろう。


 特に、石徹白さんの件に関しては何から何までが想定外であり、



 ──いや、何あのパワー? 顔も感情の無いアンドロイドみたいでめっちゃ怖かったし……てか盗聴されてたよね完全にッ!?



 そのことを考えるだけで頭がパンクしそうになる始末。


 何せ、つい昨日までは見た目も性格も紛うことなき天使であったはずの彼女が、あそこまでの変貌を見せたのだ。


 あれが本性なのかとか、友戯とはどういう関係なのかとか、どうやって誤解を解けばいいのかとか、考えることは山ほどあった。



 ──一番手っ取り早いのは友戯から本当のことを説明してもらうことだけど……。



 そして、そんな石徹白さんをどうにかするには、これまた嫌われ中の友戯の協力が不可欠というこんがらがりよう。



 ──マインがダメなら直接いくしか……いや、駄目だっ!!



 何か打開策はないかと考えるものの、上手くいかない。



 ──あの石徹白さんの雰囲気、友戯に近づいたら本当にヤバそうだ……。



 石徹白さんの誤解を解くには友戯の協力が必要で、その友戯に接触するには石徹白さんの誤解を解く必要があるという、最悪のループが存在するからだ。


 言葉にするなら、正に八方塞がり状態である。



「あぁ〜もういいや! ゲームやろ!」



 そうこう考えるうち、どうあがいても絶望ということに気がついたトオルは、現実から逃避することに決める。



 ──まあ、時間が解決してくれるっしょ!



 結局、そんな消極的な発想をもとにゲームを起動したトオルは、



「お、ししょーやってんじゃん──」



 ネット友達の一人がログインしているのを確認して、悩みを誤魔化すように少しテンションを上げるのだった。














 翌日の朝。


 いつも通りにマンションの一階へと降り立ったトオルは、



 ──い、いる……。



 エントランスの外で待つ友戯の姿を確認し、思わず影に隠れていた。



 ──ど、どうする?



 まだまだ避けられると思っていた故、まさかこうして待っているとは予想できなかったのだ。


 何をすべきかと怯むトオルだが、選択肢はそう多くない。



 ──よし、ここは声をかけ……はっ!?



 イエスかノーか、前者を選び前へと足を踏み出そうとした直後、殺気を感じて動きを止める。


 恐る恐る友戯がいる方向の更に先、道路を挟んだ向こう側を注視してみると、



 ──ひぇっ……!



 電柱の影からこちらを見つめる、白い悪魔の姿が映り込んだ。


 その顔は人形のように無機質な薄ら笑いを浮かべており、やはり昨日の出来事が現実に起きたものであるのだということを如実に突きつけられる。



 ──し、仕方ない。



 ここで下手に動いて石徹白さんを暴走させるような危険は冒せない。


 そう考えたトオルは急いでスマホを取り出し、友戯に『もし待ってたら先に行ってくれ』という旨のメッセージを送る。



「──はぁ……」



 すると、少ししてため息をついた様子の友戯は、大人しくその場を立ち去ってくれた。



 ──すまん、友戯っ……!



 おそらく、仲直りのきっかけを作ろうとしていたのだろうことを思うと心が痛くなるが、今はタイミングが悪い。



 ──これは、何とかしないとな。



 とはいえ、友戯が接触を試みてくれているのだ。


 このままトオルの側が避け続けるのは申し訳ないので、すぐにでも改善しなければと決意する。









 が、しかし、現状はそこまで甘いものではなかった。



「おっす〜ご飯食べよ〜」



 例えば昼休み、大好さんが意気揚々と駆け寄ってくるも、



「日並──」

「あ、あいたたたっ! ごめんっ、お腹痛くなってきたから先に食ってて!!」



 友戯が声をかけてきた瞬間、廊下の方から視線を感じて席を立つはめになり、



「──ねえ、ひな」

「す、すまん! 今日は急用があるから先に変えるわ!!」



 放課後、意を決して話しかけてきた友戯を前にした時は、教卓の裏から目だけを覗かせて殺気を飛ばしてきたりと、ことごとく石徹白さんが付きまとってきたのだ。



 ──くそっ、どうしたら……そうだっ!!



 挙句の果てには、帰宅後にこっそりマインで連絡すれば良いのではということに気がついたトオルが、スマホを手に取った瞬間、



『非通知設定』



 画面に威圧感のある五文字が表示され、



『まさか、マインで連絡取ればいいとか思ってないよね?』



 念の為に出てみれば、恐ろしく冷たい声に先回りされることになっていた。



「い、いやー、まさかっ……」

『そう? 良かった〜♪ もしそんなことしてたら、日並くんのご両親に挨拶しなきゃいけないところだったよ〜。それじゃあねっ──』



 こちらの行動を全て把握しているのではないかという恐ろしさに、冷や汗を流しながら答えるトオル。


 石徹白さんは釘を刺すように脅しの言葉を残すと、一方的に通話を切り、



 ──……ん?



 ふと、気配を感じて窓の方を見てみれば、モザイクガラス越しに黒い人影が映る。


 しかし、不自然にその場で止まると、手を振るような動作をしてから立ち去っていった。


 身長、頭部の輪郭、小首をかしげる可愛らしい所作──そのどれもが、ある一人の人物を指し示しており、



 ──こ、こえぇ……っ!!



 それに気がついた瞬間、トオルはガクガクと震えながら腰を抜かす。


 誰が、こんな近くに潜伏していると思うものだろうか。


 震える手でスマホの電源を落としたトオルは、恐怖から逃れるようにゲームを起動し、



 ──大人しくしてよっと……。



 結局、何の解決にも至らないまま、ただ時間だけが過ぎていくのだった。














 とある日の昼休み。


 ここ、1年5組の教室は相変わらず多くの生徒が談笑する声で賑わっていた。



「最近ずっとだね〜日並くん」



 が、ただ一つのグループに限っては、少しばかり控えめな雰囲気で、



「お腹痛いって言って全然帰ってこないけど、どうしたんだろ? 景井くん知ってる?」

「いや、俺も聞いてないなー。夜には普通にゲームとかやるんだけど……」



 女子二人に男子が一人──そんな青春真っ只中な組み合わせにも関わらず、いまいち盛り上がりにかけている。


 もちろん、その理由は分かりやすいもので、本来ここにいるはずのもう一人の男子がいないからだ。


 彼はここ数日、腹痛を訴えては一人どこかへと消えるという不審な行動を繰り返しており、友人である彼らは何があったのかと心配に思っているのである。



「…………なに?」



 そんな事情を持つ三人だったが、そのうちの二人は何となく原因が誰にあるのかを突き止めていた。


 それが、二人が今ジーッと見つめている少女──友戯遊愛ともぎゆあだ。



「ねえ、いい加減白状したら〜? 日並くん、どう考えても遊愛のこと避けてるでしょ」

「あの様子は間違いなくそうだよねー」



 訝しんだ様子で詰め寄ってくる二人に対し、



「……私だって分かんないよ」



 当人の遊愛は拗ねたようにぼそりとつぶやく。



「心当たりもないの?」

「まあ、少しは……」



 それもそのはず、遊愛自身はここまで避けられている理由に関して、本当に知らなかったのだ。


 どちらかといえば、避けていたのはそもそも自分の方であったはずで、まさかそこから数日間も件の彼──日並ひなみトオルと接触できないとは思うはずもない。



「へぇ、どんなの?」

「そ、それは……」



 しかも、それを解決しようにも相談できる相手がいなかった。


 発端となったのが、日並家にて互いにくすぐり合った結果、自分が怒って帰ったというものだからだ。


 今思うと流石にやっていることが子ども過ぎたうえ、日並の家に通いまくっていることも説明しなければならない。


 そんなことをすれば絶対に話がややこしくなるので、仲のいい他の友人には話すことができなかったのだ。



「はぁ……こりゃダメだ」



 しばらくして、遊愛が完全に口を閉ざしたことを理解した少女──大好恋花おおよしれんかは、諦めたように首を振る。



「よく分からないけど、早めに解決しなよ?」

「ん……」



 そして、少し心配そうに忠告だけしてきた後、遊愛を放って前の男子と会話を始めた。



 ──どうにかしないと。



 改めて、そう意識した遊愛だったが、



「──えぇッ!? それマジ!?」



 思考に集中しようとした瞬間、廊下側から驚くような声が聞こえてきために中断されてしまう。


 僅かにびっくりさせられた遊愛は自然と機嫌を悪くし、



「馬鹿っ、声大きい!」

「わ、悪い……でも、あの石徹白さんがそんな……」



 その会話の中に混じったある名前に、ピクリと耳を動かした。



「何かの間違いじゃないのか?」

「いや、それがマジっぽくてさ。いろんな人が見たって言ってるらしいぞ──」



 普段、他人の話にあまり興味のないはずの遊愛も、思わず盗み聞きに意識を集中させ、



「──石徹白さんがうちの学校の男子を付け回してるとこ」

「っ!」



 続く発言に、別の意味で驚かされることになる。



 ──あの子が付け回すような相手……。



 壁際で雑談をする男子たちが注目している人物──石徹白エルナに、遊愛はとある疑念を抱いていたためだ。



 ──……まさかっ。



 そしてその疑念と、男子たちの会話の内容が一つに結びつき、途端に全ての謎が解けていく。



「見間違い……は無いよな、あの髪だし。やっぱり、そういうことなんかな……」

「まあ、普通に考えたらそうだろうなぁ……」



 一方、男子たちは何やら色恋ごとだと確信しているのか、たいそう落ち込んでいる様子だった。


 が、彼らにとっては幸運なことに、遊愛はむしろその逆だと予想し、



 ──調べないと。



 決意を胸にしながら、ようやく昼食へとありつくのだった。

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